15.リリスの小さな卒業
――息が、苦しい。
でも、それ以上に胸がいっぱいだった。
リリスは両手を軽く広げながら、部屋の中央でへたりこんだ。床の冷たさが伝わる。肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……や、やった……」
言葉にならないほどの達成感。
自分の部屋を、ぐるりと一周――たったそれだけのことなのに、まるで世界を一つ征服したような気分だった。
ほんの数ヶ月前までは、ベッドの端から机まで歩くのさえ苦しくて、
たった三歩で倒れそうになっていたのに。
今は、こうしてちゃんと自分の足で歩いている。
(……すごい、僕。ちゃんと成長してる)
息を整えながら、胸の中で呟く。
体調もまだ安定しているとは言えない。
でも、“前よりできるようになった”――それが、嬉しかった。
部屋の隅では、ミレーユがそっと手を胸に当てて見守っていた。
その姿は、まるで幼い子どもの初めての一歩を見届ける母親のようだ。
心配そうな瞳の奥に、ほんのりと安堵の色が滲んでいる。
「リリス様……大丈夫でございますか?」
「……ぅん、だいじょうぶ……ちょっとだけ、すこし……ふらふらする」
「無理をなさらないでくださいませ。お身体は、まだ……」
「……でもね、ミレーユさん。これで、ちょっとじしんついたんです」
リリスはにへっと笑いながら、
ベッドの柱に手をついて立ち上がる。
その目は、何かを決意したようにまっすぐだった。
「えっとね……今日は、おねがいがあるんです」
「お願い……ですか?」
ミレーユが首を傾げる。
リリスはもじもじと指先をいじりながら、小さな声で続けた。
「……となりの、へや……に、いきたいんです」
「隣の……?」
ミレーユは一瞬考え――そして、はっと気づいたように瞬きをした。
リリスは顔を真っ赤にして、視線を床に落とす。
「……と、トイレ……です……」
その声は、か細くて、暖炉の火の音に消えそうだった。
(うぅ……言ってしまった……)
恥ずかしさで耳まで熱くなる。
今までずっと、体が弱いから仕方がないとミレーユが用意してくれていた。
けれど――やっぱり、ちゃんと自分で行きたい。
(だって……この歳でオムツって……いや、まあ六歳くらいだけど……いやいや、それでも……!)
心の中で言い訳を並べながら、リリスはそっとミレーユを見上げた。
彼女は少し驚いたような表情をした後、すぐに柔らかく微笑む。
「……なるほど。そういうことでしたら」
その言葉を聞いた瞬間、リリスの胸がどきんと跳ねた。
「い、いってもいい……ですか?」
「もちろんです。ただし――私がご一緒します」
「えっ……!」
即座に返事ができず、リリスはあたふたと手を振る。
「そ、そんな、だいじょうぶですっ! ひとりで!」
「いいえ。廊下はまだ冷えますし、もし倒れられたら大変です」
「で、でも……っ」
「ふふ。安心してくださいませ。後ろから見守るだけです」
ミレーユの微笑みは完璧だった。
けれど、リリスにとっては羞恥の極みだった。
(うぅぅ……見られるのはもっと恥ずかしいんだけど……!)
それでも、ミレーユの優しい目を見ていると、
なぜだか逆らえない気持ちになる。
結局、彼女の支えを受けながら、リリスはゆっくりと歩き出した。
足取りはふらつくけれど、確かに前へ進んでいる。
「リリス様、ゆっくりで構いません。急ぐ必要はありませんよ」
「……はい」
小さな声で答える。
――ただの廊下。ただの隣の部屋。
扉の向こうには、少しの自由と、少しの誇り。
顔を赤くしながらも、リリスはしっかりと歩いていった。
―――――――――――――――――――――――――
リリスはドアの取っ手に手をかけ、ぐっと力を込めた。
足が少し震えていたけれど、それでもちゃんと立っている。
ミレーユが背後で静かに見守っていた。
「……あの、ミレーユさん……ここからは……ひとりで……」
僕は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、そう言った。でも、ミレーユは首を横に振る。
「申し訳ございませんが、それはできません。リリス様が途中で倒れられたら、私の責任です」
「で、でも……」
「それに――」
ミレーユは私の目を真っ直ぐ見つめた。
「リリス様は今、オムツをお召しになっています。お一人では脱ぐことも難しいかと」
顔が真っ赤になった。恥ずかしい。とても、恥ずかしい。
「……ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はございません。では、失礼いたします」
ミレーユはそう言うと、僕のドレスの裾をゆっくりと持ち上げた。
「ひゃっ……!」
思わず声が出てしまった。冷たい空気が、太ももに触れる。ミレーユの指が、僕の腰に回された白いオムツのテープに触れた。
「……少し、冷たいかもしれません」
そう言って、彼女はゆっくりとテープを剥がし始めた。
ぺり、ぺりっ、という小さな音。
「ん……っ」
恥ずかしさで、目を閉じた。
オムツがゆっくりと下ろされていく。ミレーユの手が、太ももや腰に触れる。彼女の手は冷たいけれど、優しい。
「……では、便器にお座りください」
ミレーユが私の身体を支えながら、便器の上に座らせてくれた。冷たい便座が、小さなお尻に触れる。
「では、どうぞ」
ミレーユはそう言ったが――彼女は、トイレの個室から出ていかなかった。
それどころか、私の目の前に、膝をついて座っている。
「……ミ、ミレーユ、さん……?」
「はい、なんでしょうか」
「……あの……その……」
恥ずかしくて、言葉が出ない。
ミレーユは僕の顔を静かに見つめている。
「お嬢様が途中で倒れないよう、見守らせていただきます。どうぞ、お気になさらず」
「で、でも……」
「大丈夫です。私は何も気にいたしません」
そう言って、ミレーユは微笑んだ――気がした。彼女の表情はいつも通り、ほとんど変わらないのだけれど。
僕は、真っ赤な顔のまま、小さく頷いた。
「……わかり、ました……」
でも、ミレーユの視線を感じると、どうしても出ない。
身体は、出したいって言ってるのに。
「……で、でない……です……」
「緊張なさっているのですね。では――」
ミレーユはそう言うと、私の小さな手をそっと握った。
「私が手を握っていますから、安心してください」
ミレーユの優しい声と、温かい手のぬくもり。
それで、少しだけ、緊張がほぐれた。
「……ん……」
私は目を閉じて、力を抜いた。
ちょろ……ちょろろ……
小さな音が、静かなトイレの中に響いた。
恥ずかしい。ミレーユさんの前で、こんな……。
でも、止められない。身体が、自然と……。
ちょろちょろちょろ……しゃあああ……
音が少しずつ大きくなっていく。
「……ん、ぁ……」
思わず、小さな声が漏れた。
ミレーユは何も言わず、ただ手を握ってくれている。
しゃあああああ……
便器の水に当たる音が、トイレ中に響く。
「……ん……」
出してる……ミレーユさんの前で……。
しゃあああ……ちょろ……ちょろろ……
少しずつ、勢いが弱くなっていく。
ちょろ……ぽた……ぽたぽた……
最後の数滴が、ぽたぽたと落ちた。
「……で、出ました……」
僕は真っ赤な顔で、小さく呟いた。
ミレーユは優しく頷いた。
「はい、よくできました。では、拭きましょうね」
そう言って、彼女はトイレットペーパーを手に取った。
「……ぁ、じ、自分で……」
「いいえ。リリス様はまだ体調が万全ではありません。私にお任せください」
ミレーユの手が、僕の股の間に伸びてきた。
「ひゃ……っ!」
柔らかいペーパーが、僕の敏感なところに優しく当てられる。
ぽん、ぽん、と優しく押し当てるように拭かれる。
「ん……ぁ……」
くすぐったいような、恥ずかしいような……。
「……もう少しですから」
ミレーユは丁寧に、何度も拭いてくれた。
最後にもう一度、優しく押し当てて――
「……これで、大丈夫です」
ミレーユは使い終わったペーパーを便器に流した。
「では、お立ちください」
彼女は私の身体を支えて、便器から降ろしてくれた。
「……ありがとう、ございます……ミレーユさん……」
「いいえ。では、新しいオムツをつけましょう」
ミレーユはそう言って、新しいオムツを手に取った。
僕は真っ赤な顔のまま、ミレーユに身を任せた。
――――――――――――――――――――――――
ミレーユに助けられつつもトイレを用を足せたことに感動していた。
「ご自分の足で、しっかりと歩けましたね。――立派です、リリス様」
その一言が、胸の奥にじんわり染み渡った。
これは“自分の力で掴んだ一歩”だった。
(……できた。ほんとに、できたんだ……!)
たかがトイレ。
けれど、今のリリスにとっては大きな戦勝だった。
少し前まで、ベッドから降りることすら許されず、
眠るたびに他人の手に頼っていたのだから。
無事に済ませて、戻ってくるころには、
リリスの胸は小さく高鳴っていた。
頬が熱い。息も上がっている。けれど、それは疲れではなく、誇らしさのせい。
「……ミレーユさん」
呼びかけると、ミレーユはいつものように膝を折り、視線を合わせてくれた。
その眼差しは、雪のように静かで、どこまでも優しい。
リリスは、もじもじと指先をいじりながら、意を決して言った。
「えっと……その……あの、ね……」
「はい。どうされました?」
「……オムツ、もう……やめたいです」
言ってから、自分の声がかすかに震えているのに気づいた。
心臓が、どきん、と大きく跳ねる。
言葉が部屋に落ちると、暖炉の火がぱちりと鳴った。
(あぁぁ……言っちゃった……!)
頬が一気に真っ赤になる。
視界の端で、ミレーユが一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
けれど、すぐにその表情はやわらかくほどけて、
静かに微笑みを浮かべた。
「……そう、ですか」
その言い方が、まるで“子の成長を見守る母親”のようで、
リリスの胸がぎゅっと締めつけられる。
「リリス様は、もうそれだけの力をつけられたのですね」
「え、えっと……が、がんばりました!」
勢いで言いながらも、顔が熱くてたまらない。
ミレーユは少しだけ目を細めて考えるような仕草をした。
ほんの数秒が、やけに長く感じられる。
そして、静かに頷いた。
「……わかりました。では、オムツは卒業なさってもよろしいでしょう」
その瞬間、リリスの顔がぱぁっと明るくなった。
「ほ、ほんと!」
「はい。ただし――無理をなさらないこと。
もしも体調が悪い時は、きちんとお知らせくださいませ」
「う、うん! がんばります!」
ミレーユが軽く頭を撫でる。
その指先の感触があまりにも優しくて、
リリスは思わず目を細めた。
「……おめでとうございます、リリス様。小さな一歩ですが、大きな成長です」
「えへ……えへへ……」
リリスはくすぐったそうに笑いながら、
胸の中で“卒業”という言葉を何度も反芻した。
(そつぎょう、かぁ……なんだか、大人になった気分)
たかが布の違い。
それでもリリスにとっては、“自分の意思で選んだ初めての変化”だった。
これまで、誰かに守られ、与えられるだけだった自分が、
初めて“自分で決めた”のだ。
(……少しだけでも、姉様に近づけたかな)
そんな考えがふと浮かぶ。
セレヴィアのように堂々とはいかないけれど、
小さな世界の中で、できることを一つずつ増やしていく――
それが今のリリスの“冒険”だった。
「では、今日から新しい下着を用意いたしますね」
ミレーユがやわらかく笑う。
「リリス様にふさわしいものをご用意致しましょう」
「んぅ……ありがと、ございます」
そういうと、ミレーユは部屋を去りほんの数刻ほどで、戻ってきたようでノックして静かに扉を開けた。
「リリス様。ご用意ができました」
「……ごようい、ですか?」
ミレーユは一歩近づき、膝を折って箱を差し出した。
中に入っているものの正体は、わかっている。
それでも――息を飲む音が小さく響いた。
布をめくると、そこには小さく畳まれた下着が入っていた。
白い布地。縁には繊細なレース。
陽光が当たると柔らかく光を反射して、まるで雪の結晶のように見える。
(……そ、そういえば。こういうの……)
前世では、見慣れたはずの“女性用”という形。
けれど、自分のものとして差し出されるのは――初めてだった。
リリスは指先でそっと触れる。
布は驚くほど滑らかで、軽い。
(……どうしよう。なんか、変な気持ちだ)
この体は女の子だとわかっている。
わかっているのに――実感が、まだどこか遠い。
でも、ここで躊躇うのも違う気がした。
自分で“卒業したい”って言ったのだ。
なら、最後までちゃんとやらないと。
「……あの、ミレーユさん」
「はい」
「ちょっと、じゅんび……します」
「もちろんです。――必要でしたら、外でお待ちいたします」
「……おねがい、します」
ミレーユが静かに部屋を出ていく。
扉が閉まる音がして、部屋の中に静寂が落ちた。
リリスは息を吸い込み、そっと箱を開けたまま膝の上に置く。
だが、次の瞬間、頬が一気に熱くなる。
(な、なんかこれ……僕が着るの……?)
無意識に視線が下に落ちる。
自分の脚。
この世界に来てから、何度も見慣れたはずなのに――
今日は、やけに“女の子の脚”に見えた。
(……大丈夫。これは、普通のこと。
ミレーユさんも言ってた。少しずつ慣れていけばいいって……)
手の中の布を、ぎゅっと握る。
小さく息を吐きながら、目を閉じて、ゆっくりと。
「……よし」
リリスは顔を真っ赤にしながら、決意を込めて身につけた。
布が肌に触れる感覚が、これまでとはまったく違う。
柔らかくて、軽くて、でも不思議と落ち着かない。
胸の奥が少しだけくすぐったくて、
自分の身体が本当に“自分のもの”じゃないみたいに感じる。
(……でも、なんだろ。変だけど、悪くない……)
ほんの少し、鏡を見た。
そこに映るのは、いつもより少しだけ“この世界の少女らしい”自分。
リリスはそっと息を整え、
箱のふたを閉じた。
外から聞こえるミレーユの声が、やさしく響く。
「リリス様。お着替えはお済みですか?」
「……は、はい。だいじょうぶです……」
声が少し震えたけれど、
今のリリスには、その震えさえも――確かな一歩だった。
――――――――――――――――――――――――――
……ん……目が覚めた。
窓から差し込む月明かりだけが、部屋をほんのりと照らしている。
目をこすりながら、身体を起こそうとした。
「……ん……?」
下腹部に、違和感。じわじわと、押し寄せてくる感覚。
尿意だ。
いつもならオムツをつけているから、そのまま出しても――
今日から、オムツじゃない。普通のパンツだ。
「……ど、どうしよう……」
パンツのままじゃ、漏らしちゃう。
お手洗いに、行かなきゃ。
でも――
リリスはベッドから降りて、部屋を見回した。
ミレーユさんを起こすのは……悪い気がする。
「ひとりで……いける……」
僕は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
深夜の魔王城は、とても静かで……怖い。
尿意が、さらに強くなってきた。
震える足で、一緒に寝ていたアイリスを手に取った。
アイリスをぎゅっと抱きしめると、少しだけ勇気が出た。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりと回す。
「あら、リリス様?」
扉の外で声がした。
「ひゃっ……!」
僕は驚いて、思わず人形を落としそうになった。
そこには見知らぬメイドさんが立っていた。
「こんな夜中に、どうなさったのですか?」
メイドさんは優しい声で聞いてきた。
「……あ、あの……トイレ……」
僕は恥ずかしさと不安で、小さな声で答えた。
「それは大変。では、ご案内いたしますね」
メイドさんは僕の手を取って、歩き始めた。
でも、足が震えて、うまく歩けない。
それに、身体が重い。すぐに息が切れる。
「はぁ……はぁ……」
「リリス様、大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶ……です……」
でも、本当は大丈夫じゃない。
尿意が、どんどん強くなってくる。
もう、限界に近い。
アイリスをぎゅっと抱きしめる。
「はぁ……はぁ……ん……っ」
やっと、お手洗いのドアが見えてきた。
あと一歩。あと、一歩で――
「……ん……っ!」
その瞬間。
限界が、来た。
ちょろ……
「……ぁ……」
股の間から、温かいものが流れ出した。
ちょろちょろちょろ……
「……や……っ……だめ……っ」
でも、止められない。
しゃあああああ……
勢いよく、おしっこが出てきた。
「……ぁ、あ……っ! や……っ……!」
パンツが、どんどん濡れていく。
太ももを伝って、足元に流れ落ちる。
ぽた、ぽた、ぽたぽた……
床に、水たまりができていく。
しゃあああああ……ちょろちょろ……
「……ひっ……ぐすっ……」
涙が出てきた。恥ずかしい。
頑張るって、約束したのに。
しゃあああ……ちょろ……ぽた……
少しずつ、勢いが弱くなっていく。
ちょろ……ぽた……ぽたぽた……
「……ひっく……ぐすっ……うぅ……」
僕は泣きながら、漏らし続けた。
前世の記憶が、頭の中でぐるぐると回る。
あの時は、大人だった。
成人男性として、ちゃんと生きていた。
今は六歳の、病弱な女の子の身体で、トイレの目の前で、おもらし。
「……ひっく……だめ……」
こんなの、情けなさすぎる。
ぽた……ぽた……
最後の数滴が、床に落ちた。
パンツも、ナイトドレスも、足も、全部びしょびしょ。
床には大きな水たまり。
「……ぐすっ……ひっく……」
「リ、リリス様……大丈夫ですか……?」
メイドさんが、困った様子で声をかけてきた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
僕は震える声で、何度も謝った。
アイリスを抱きしめたまま、床に座り込んで、泣き続けた。
前世の記憶があるからこそ、余計に辛かった。
大人として生きていた自分が、こんな失敗をするなんて。
「……ひっく……ぐすっ……うぅ……」
僕は一人、濡れた身体のまま、床に座り込んで泣き続けた。
「リリス様……」
メイドさんは、何かを呟いた。
それは――魔法の詠唱だった。
私の頭に、柔らかい光が降り注いだ。
「……え……?」
視界が、ぼんやりと霞んでいく。
「お嬢様、大丈夫ですよ……すぐに、楽になりますから……」
メイドさんの声が、遠くなっていく。何か、忘れてしまいそうな……
…………………………………………………………
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。
僕はゆっくりと目を覚ました。
身体は少し重いけれど、昨日よりは調子が良い気がする。
「……おはよう……ございます……」
ベッドサイドには、いつものようにミレーユさんが立っていた。
「おはようございます、リリス様。よくお眠りになれましたか?」
ミレーユさんの、いつもの落ち着いた声。
「……はい……ぐっすり……でした……」
なんだか、夜中に何かあった気がする。
でも、思い出せない。夢を見たのかな……?
「それは何よりです。では、お着替えをいたしましょう」
ミレーユさんは、いつものように優しく微笑んで、私の世話を始めた。
昨日の夜……何かあったような…?
「お嬢様、今日の朝食は何がよろしいですか?」
「……えっと……スープ……が……いいです……」
「かしこまりました」
ミレーユさんは丁寧にお辞儀をして、部屋を出て行った。
私は一人、ベッドに座ったまま、窓の外を眺めた。
今日も、穏やかな一日になりそうだ。




