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10.眩しい朝に


柔らかな光が、瞼の裏をくすぐった。

 温かい。ふかふかの布団。頬に当たる、やわらかいもの。

 ……やわらかい?


 目を開けた瞬間、リリスは息を止めた。

 すぐ目の前に、銀の髪。

 頬にかかるその髪が、光を受けてほのかにきらめいている。

 視線を上げれば、静かな寝息と、穏やかに緩んだ唇。


「……ね、ねえさま……?」

 声に出しても、返事はない。


 気づけば、セレヴィアの腕の中にすっぽりと抱き込まれていた。

 細い腕なのに、驚くほどあたたかい。

 抱き枕のように胸に押しつけられて、動けない。


 (……え、ええと……な、なんでこうなって……?)


 寝ぼけた頭で必死に昨日のことを思い出す。

 確か、夜に……ちょっとぐずって……。

 「一緒に寝たい」なんて、子供みたいなことを言って……。

 「いいわよ」って優しく言われて……。


 ――そのまま、寝てしまったんだった。


 思い出した瞬間、顔が一気に熱くなった。

 そう心の中で言い訳をしても、抱かれたままの格好では説得力がまるでない。


 セレヴィアの手が、寝ぼけたように動く。

 そのままリリスの頭を撫で、指先が髪をすく。

 「……ん……ぅん……リリス……」

 寝言混じりの声に、心臓が跳ねた。


 体の芯がくすぐったくなる。

 じたばた動こうとしても、セレヴィアの腕が意外と力強く、逃げられない。


 そのうち、セレヴィアのまつ毛がゆっくりと震えた。

 赤と紫の瞳が、朝の光を受けてゆらりと開く。

 まだ夢の続きにいるような、とろんとした目。

 視線が合った瞬間、リリスの鼓動が跳ね上がった。


 「……おはよう、リリス」

 甘い声。

 いつもの凛とした魔王代理の顔ではなく、

 完全に“お姉ちゃん”の顔をしている。


 「ねえさま……っ、あ、あの、これ……!」

 リリスが慌てて距離を取ろうとすると、セレヴィアは腕に力を込めた。

 「逃がさないわよ」

 「えっ、ま、まって、ちかいですっ!」


 セレヴィアはそんな抗議をまるで聞いていない。

 頬を寄せて、リリスの髪に顔をうずめる。

 「ふふ……リリスの髪、いい匂い……」

 「に、におい、はずかしいです……!」

 「可愛い妹の匂いを嗅ぐのは、姉の特権よ」


 (なんですかその特権!)

 心の中で突っ込みを入れながらも、どうしようもなく顔が熱い。

 セレヴィアの指が髪を梳くたび、心がとろけそうになる。


 「ねえさま、もう……はなして……」

 「んー……もう少しだけ」

 セレヴィアが額を軽く合わせてくる。

 静かな朝の中、互いの呼吸が溶け合う。


 リリスは完全に観念したように、ため息をつく。


 ふと、窓の外で鳥の声がした。

 朝の光が少しずつ強まり、部屋の中をやわらかく包み込む。

 金色の光がセレヴィアの髪に反射して、まるで冠のように輝いていた。


 その光を見ていると、不思議と心が落ち着く。

 昨日までの冷たい夜が、遠い出来事のように感じられた。


 「……ねえさま」

 「なに?」

 「おはよう、ございます」

 「ええ、おはよう、リリス」


 ふたりの笑顔が重なった。

 その瞬間、朝の空気がやさしく揺れる。

 まだ子供のような姿のまま、

 でも確かに“家族”の温もりを感じている――そんな朝だった。

 

  しばらくして、セレヴィアは政務のために部屋を出ていった。

 扉の前で一度だけ振り返り、

 「いい子にしていてね」と微笑んで。


 扉が静かに閉まる。

 その瞬間、部屋の中に残った香草の香りと温もりだけが、

 朝の気配を名残惜しそうに包み込んだ。


 リリスはベッドの上にちょこんと座り込み、

 ぼんやりと開いた扉の方を見つめていた。

 (……なんだろう。最近、ちょっと自分でも“リリス”らしくなってきた気がする)


 頬を両手で触ってみる。

 柔らかい。幼い。鏡に映る顔も、声も、表情も。

 それなのに、心のどこかではいまだに“鳴海悠斗”という影が、

 小さく息をしているような気がする。


 (昨日の夜の……あの、抱きついて一緒に寝たいと言った時とか……)

 そこまで思い出して、思わず顔が真っ赤になる。

 「う、うわぁ……やめ、やめ……!」

 枕をぎゅっと抱きしめて、ベッドの上で転げ回る。


 体が熱くなって、心臓が落ち着かない。

 子供の体がそのまま感情を引っ張っていく。

 (僕、前はもっと冷静だったはずなのに……)

 小さな手で顔を隠しながら、リリスはため息をつく。


 それでも、ふと浮かんでくる。

 ――姉様を助けたい。


 その気持ちは、恥ずかしさや戸惑いよりもずっと強かった。

 毎日、誰よりも多忙で、誰よりも強くあろうとする姉。

 その背中が少しでも軽くなるなら、自分も何かできないだろうか。


 「やっぱりまほう……とか」

 ぽつりと口に出してみる。

 氷の兎を作って見せてくれたセレヴィアの姿を思い出す。

 あの時感じた魔力の波――触れるだけで胸が高鳴った。


 「……まずは、体調をなんとかしないと」


 リリスは小さくうなずいて立ち上がる。

 けれど、頭がくらりと揺れた。

 「うわ……」

 慌ててベッドの端に手をつく。視界がふらつく。


 頬に手を当てると、ほんのりと熱がある。

 ミレーユに見つかったら、またすぐ寝かされるだろう。

 (……でも、姉様にばかり頼ってばかりもいけないし)


 ぼんやりと天井を見上げる。

 朝の光が白い天蓋を透かして、きらきらと揺れていた。

 「フィオに剣とか、おしえてもらう、とか……」

 ぽつりと呟く。

 真面目で少しお嬢様っぽいフィオが、自分に剣を教える姿を想像してみる。


 けれど次の瞬間には、再び頭がふらりと傾いた。

 「あれ……ちょっと、めが……まわる……」


 体が勝手にベッドに戻る。

 柔らかいシーツに包まれると、安心感に負けて目が重くなっていった。


 (……姉様みたいに強くなれたらいいのに)

 (少しでも、隣に立てるくらいには……)


 そんなことを考えながら、まどろみの中に沈んでいく。

 光が、まぶしい。


 やがて、リリスは静かに目を閉じた。

 頬に残る温もりだけが、姉の存在をそっと思い出させる。

 そしてまた、短い夢の中で――

 リリスは“何かを変えたい”と、小さく拳を握っていた。

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