4話 白雪とユキ
本作はフィクションです。
登場する団体・人物はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
物語としてお楽しみいただければ幸いです。
放課後。
「俺も一緒に帰る。」
碧が、白雪と芽莉の前に、ひょこっと現れた。当然のようにそう言う碧に、白雪は一瞬だけ迷った。
「……え。」
「私は良いよ!
夕霧先輩と帰れるなんて光栄です!」
芽莉の持ち前の明るさで、自然に三人並んで歩いていた。
「じゃあ、またあしたね!」
「うん、またあした!」
駅で白雪と芽莉が別れると、碧が白雪の横にピタッとつく。
「送ってく。」
「電車くらい乗れるよ?」
「はは。わかってるよ。俺、今、
白雪の家の近くに一人暮らししてんだ。」
「そうなんだ!」
「あぁ。だから…」
「うん。それなら。」
電車に乗ると、他愛のない話をした。
そしていつものように、白雪は門をくぐる。
と、碧の前に黒いスーツの腕が阻む。
――暁斗だ。
「碧さん。何か用ですか?」
「は?送っただけだけど?」
碧は、暁斗の腕を押しのけて、白雪の手首を掴む。
「お茶、ご馳走してよ。」
「え、あ、うん。」
次の瞬間。
「…お待ちください。」
暁斗が、反対側の腕を掴む。
「……へ?」
引かれる感覚に、思わず体が揺れる。
碧と暁斗は睨み合う。
「離せよ。」
低く落とす碧。
「碧さんが離してください。」
暁斗も一歩も引かない。
「は?お前、どういうつもりだ?」
「…俺も婿候補なんで。…邪魔させてもらいます。」
その一言で、白雪の頬が一気に赤くなる。
「――やめて!二人とも離して。」
数秒後、渋々二人は、腕を離した。
「碧、ごめんね。今日は帰って。」
返事を聞かずに、白雪は家へ入っていった。
「…俺も、お前の邪魔するからな。」
「上等。」
碧は暁斗を睨むと、門をくぐって出ていった。
部屋に戻っても、落ち着かなかった。
ドアにもたれるようにして、そのまま座り込む。
「……なんなの、もう。」
小さく呟いて、膝に顔を埋めた。
頭の中に浮かぶのは、さっきの光景。
碧の手。
暁斗の視線。
ぶつかる空気。
(碧は、ああいう人だとなんとなくわかる。
けど、暁斗は――)
「……わかんない。」
ぽつりとこぼれる。
ずっと近くにいたはずなのに、
何を考えているのか、全然見えない。
(確かめてみよう。)
迷いはあったけれど、
このままにしておく方が、もっと落ち着かない気がした。
ドアを開けて、廊下に出る。
「…とりあえず、離れの部屋に行ってみよ。」
暁斗の部屋の襖に手をかけながら、白雪は深呼吸をする。
開けようとしたとき――
「……ユキ。」
低くて、やわらかい声が、耳に届く。
思わず、手が止まった。
少しだけ開いた襖の向こう。
しゃがみ込んでいる暁斗の姿が見える。
黒い毛並みの猫の頭を、ゆっくりと撫でていた。
「……お前は、自由でいいな。」
ぽつりと落ちる声。
いつもの無機質な声じゃない。
どこか、柔らかくて。
ほんの少しだけ、寂しそうで。
(……今、“ユキ”って。)
胸の奥が、かすかにざわつく。
猫の名前。
そう、わかっているのに。
なぜか、自分を呼ばれたような気がして――
視線を逸らそうとしても、逸らせない。
普段見せない表情と知らない声。
(……こんな顔、するんだ。)
知らなかった一面に、戸惑いが広がる。
――声をかけるべきか。
一歩、踏み出しかけたが…
(…やめよう)
白雪は静かに踵を返す。
来た道を戻りながらも、
頭の中はぐるぐると回り続けていた。
つづく。




