7話 大きな勘違い
俺は今裁判にかけられている。自宅で。
「あんた、この子とデートしたらしいわね」
「楽しかったよねぇ、幽太君っ」
雛実ちゃんは状況を理解していないらしく、俺に微笑みかけてくる。
それが月見里さんを刺激する。
「私、言ったよね?この子を変な目で見たら殺すって」
「…決して変な目では見てないのですが」
俺の否定を邪魔するように『幽太君が手繋いでくれたの嬉しかったなぁ』とさらに刺激する。
「あら、おあつらえ向きに立派な包丁があるじゃない。最初に捌くのが人間なんて、可哀想な包丁」
「待て待て待て!俺と雛実ちゃんがデートしたら、月見里さんに何があるんだよ!!」
一瞬の走馬灯を見た後、俺は叫ぶ。すると、包丁を逆手で持つ月見里さんの動きが止まる。
「私はまたデートしたいなぁ」
「うん、デートはまたしようか。でも今は、俺の命が危ないから静かにしてようね」
『は〜い』と手を挙げる雛実ちゃんの横で、月見里さんが座る。
「雛実ちゃんはオブラートに包んで言うけど、馬鹿みたいに天然なの」
「それはオブラートの意味ある?」
向けられた刃先に俺は黙ることしか出来ない。
「そこにあんたみたいな歩く18禁が近づいたら、何が起こるか分からないじゃない」
俺をなんだと思っているのだろうか。仮に俺が雛実ちゃんとそういう関係になったとしよう。そうなったからと言って、月見里さんにとやかく言う筋合いは無いはずだ。
「あ、聞き忘れてたけど雛実ちゃんは何歳なんだっけ?」
「えぇ〜っとね、うーん…あっ!今年でちょうど20かな?多分っ」
良かった、これで捕まることはないな。だとすれば、尚更止める理由などない。
「成人なら問題は無いだろ?」
「私が言いたいのは、あなたみたいな変質者に雛実ちゃんを汚されたくないってことっ!」
ほんとに俺をなんだと思っているんだ。ここまで言われると、さすがに少し腹が立ってくる。
反論をしようとすると、俺と月見里さんの間に雛実ちゃんが入ってくる。
「2人とも喧嘩はダメだよぉ、せっかく同じアパートに住んでるんだから仲良くしよ?」
この時の感情は、珍しく月見里さんとリンクしているだろう。
「ごめんね雛実ちゃん、言いすぎたわ」
「俺こそ、もう少し変質者らしさを減らすよう努力するよ」
雛実ちゃんは『うんうん』と大きく頷き、俺たちの頭を交互に撫でてくれる。
「よしっ、ならあとはお互いにごめんなさいしてねっ。私はそろそろ寝なきゃっ。おやすみぃ〜」
そう言い終えると、雛実ちゃんは俺の部屋を飛び出して行った。俺と月見里さんを残して。
「えと、お茶でも飲む?」
無言のまま動かない月見里さんにボトルのお茶を手渡す。
「こういう時にペットボトルって」
ブツブツ文句を言っているが、喉が乾いていたのかしっかりと飲んでいる。
「ありがと」
少し落ち着いたのか、素直な感謝をもらう。
気まずい空気を誤魔化すため、雛実ちゃんとの出会いについて尋ねてみる。
「私がここに引っ越してきたのは去年の夏ぐらい。越してきた時にアパート前でたまたま会って、一緒に夜ご飯を食べたの」
俺と話す時はいつも眉間にシワを寄せているが、雛実ちゃんの話をしている時は口元が緩んでいる。
「久しぶりに机を囲んで食べたご飯がとても美味しかった。だから、あなたにあの子を近づけたくない!!」
「今そんな話してなかったろ!?なんか雛実ちゃんの話で和やかな雰囲気だったじゃんか!」
いきなり狂気性を見せつけてきた月見里さんは、俺に掴み掛ってくる。寸前で両手を掴んだが、防戦一方。
「あんたみたいな童貞野郎は、何しでかすのか分からないじゃない!」
『童貞』と言う言葉に俺も頭に来る。
「みんな俺に向かって童貞童貞って…そういう月見里さんは、経験あるのかよ!」
月見里さんは嘲るように眉をあげる。
「当たり前じゃないっ、昨日も朝までシテたから肩が痛いわよ」
「相場は腰じゃないか?」
一瞬の静寂が訪れる。
「っうるさいわね!言葉狩りばっかりして、だから童貞なのよ!」
「はぁ〜?俺はプラトニックを重要視してるんだよ!」
掴み合いは膠着し、一瞬の隙を突かれ、押し倒される。
そんな状態の時に、タイミングが良いのか悪いのか雛実ちゃんが戻ってくる。
「寝ようとしてたのに、2人ともうるさいよぉ…あ、私お邪魔だったかな?2人とも手なんか繋いじゃってぇ」
雛実ちゃんは顔を手で隠すが、その指の間からこちらを覗いてくる。
「私は部屋に戻るね?でも…そういうことするなら、声は抑えてね?」
雛実ちゃんは勘違いをしたまま帰っていった。
その背中を見送ったあと、月見里さんと目が合う。
「月見里さん…優しくしてね?」
俺のボケは、ビンタというツッコミによって昇華された。




