3話 事故物件の真相
俺の人生史上最高の夜を味わいながら、夜道を歩いていると、視線を変えずに月見里さんは口を開く。
「勘違いしないで、あんたの印象は変わらず、変質者野郎だから」
短いスカートが捲れないかと、少し姿勢を下げていた背筋をピシッと伸ばす。
「あと、前みたいに騒がれたら困るから言っとくけど、あのボロアパートに幽霊とか出ないから」
「え、でも不協和音とか物音とかしてたけど」
ため息をついた月見里さんは『アパート着いたら説明するから』と足取りを少し早めた。
「ここって…」
俺の下の部屋の呼び鈴を必要以上に鳴らした月見里さんは、開いていたドアを開く。
「はわわっ!霊華ちゃんいきなり開けないでってばぁ〜」
そこには慌てる下着姿の美少女が居た。
今夜も動画を見る必要は無いらしい。
「あんた何見てんのよ!」
後ろ蹴りを喰らい、よろけているとドアがガチャんと閉められた。
数分後、小さく開かれたドアから先程の美少女が顔を覗かせる。
「…後ろの人は?」
「こいつは何とか幽太、上の階に住んでる変質者よ」
『なるほどっ』とポンと手を叩く美少女は、部屋から出てくるとこちらに駆け寄ってくる。
「変質者さんこんばんはっ、私は影森雛実だよっ、よろしくねっ」
初対面だがおそらく天然だということは分かった。
月見里さんは影森さんの頬を揉みながら、説明する。
「不協和音の正体はこの雛実ちゃん、何回言ったら歌の練習やめてくれるのかしらぁ?」
されるがままの影森さんは、抵抗しながらも結果的には諦めていた。
「…ほっぺが取れちゃうかと思ったよぉ。あ、あと変質者さん」
「…なんでしょうか?」
呼び方はこれで固定なのだろうか?出来たら『幽太お兄ちゃん』に変更してもらいたい。
「さっき見たのは忘れてね?可愛い下着でも無かったし…」
なんてえっちなセリフなんだ。しばらくはオカズには困らなそうだ。
「じゃあ私シャワー入るからまたねっ」
「遅くにごめんね?でも歌だけは歌わないで」
下半身の傀儡となり、立ち上がれないでいると月見里さんは俺の腕を引っ張り3階へと進んで行く。
「あの子を変な目で見たら殺すから」
その言葉で下半身は大人しくなった。
「またこの音だ」
月見里さんは、昨日と同じ音が響くドアを勝手に開ける。
中は筋トレグッズで溢れかえっており、その中から2メートル近いたくましい男がダンベル片手にやって来た。
「鬼塚さん!筋トレの音うっさい!」
こんな強面の男に強気にいける月見里さんは何者なんだ。
「ごめん、気をつけるね。後ろの子は朝言ってた変質者?殺しとく?」
「それは後でお願いするから」
引越しを視野に入れていると、鬼塚とかいう男が声を掛けてくる。
「僕、鬼塚薫。ここに引っ越して来たんだよね、よろしくね」
「っはい!よろしくお願いします!」
ギャップのある名前に少し、グラップラー味を覚えた。
鬼塚さんが部屋に戻ると、月見里さんは先程よりも大きいため息をつくと呟く。
「ここが事故物件とか言われてるのは、入居者が全員こんなやつだから」
その言葉を聞いて安心したと共に、まだ見ぬ化物たちがいるのかと、引っ越しアプリを次々にダウンロードする。
「…月見里さんはなんでこんなとこに住んでるの?」
紹介された2人を例にすると、月見里さんにはそういった要素は見受けられない。
言ったあとに失礼な質問をしてしまったと、訂正しようとするが、それよりも先に月見里さんは答えた。
「…お金が無いのよ。理由は簡単でしょ?」
少し恥ずかしそうに答えた月見里さんは『もう紹介はいいでしょ?』とこれからは静かにするようにと、警告しながら階段を降りていった。
「無粋な質問しちゃったな」
遅れて階段を降りるが、廊下には既に月見里さんの姿は無かった。しかし、俺の部屋の前で誰かがウロウロしている。
「あれ、影森さん?」
「あ、変質者さんっ!待ってたよ?」
おや、俺のことが好きなのかな?ウキウキで近づくと、影森さんは俺の部屋を指差す。
「中入ってもいいかな?」
「あぁ、もちろんだとも」
いつもよりも2オクターブほど低い声で答え、部屋に2人で入った。
「わぁ〜男の子の部屋初めて入ったけど、想像通りだぁ」
部屋に上がった影森さんは、無邪気に部屋をぐるりと見て回る。頼むゴミ箱だけは見ないでくれ。
「変質者さん」
「…出来たら名前で呼んで欲しいかな」
少し悩んだ影森さんは、頭に電球を浮かべると『幽太君っ』と思い出したのか、可愛く呼んでくれる。
「あ、そうだった!幽太君に質問があったんだったっ」
影森さんの前に座ると、少し照れながら耳元に口を近づけてくる。
「もしかして幽太君って霊感あったりする?」
温かい吐息とお風呂上がりの甘い匂いに悩殺されそうになるが、その質問に目を丸くする。
「…なんでそれを」
影森さんは何故か嬉しそうに『そっかぁ、やっぱりねっ』と身体をゆらゆらと揺らす。
「いきなり変なこと聞いてごめんね?あと私の事は雛実ちゃんでいいからねっ」
用が済んだのか雛実ちゃんは足早に部屋を出ていった。
「なんで分かったんだ?てか、せっかくのチャンスを逃しちまった…」
モヤモヤとする気持ちは数分後、ティッシュと一緒に捨てられた。




