11話 誠意のある『お願い』
今後、何の役に立つのか分からない講義を受けながら、あくびを噛み殺す今日この頃。小テストが来週あるということで、教室内に今まで見た事ない顔ぶれが増えている。いつも、後ろの席で悠々自適に時間を潰していたのだが、今日ばかりは周りの目を気にしてしまう。
「ここに武装したやつが入ってきたとしたら、手に持った武器を掴んで……」
この妄想だけは昔から止められない。すると、教室のドアがゆっくりと開かれる。ついに俺の妄想が現実に!?と心を踊らせるが、入ってきたのはただの学生だった。
しかし、やけに可愛いな。あ、月見里さんだ。
月見里さんは人の多さに一瞬動きを止め、見惚れていた俺と目が合う。
「はぁ」
あいつ絶対ため息吐いたぞ。分かりやすく肩を落とした月見里さんは、俺の席の方向へと歩いてくる。
「……横いいかしら」
「月見里さんのために取っておきましたよ」
『はぁっ』やっぱりこいつため息ついてやがる。俺の横に座るのがそこまで不服なのか。こちらが見つめても一切の反応を示してくれない。
「俺の部屋で朝まで寝てたくせにぃ」
「っ語弊のある言い方しないでくれる!?」
教室内に絶叫が響く。『コホンっ』と教授が喉を鳴らす音に、月見里さんは『……すみません』とみるみる顔を赤くしていく。
「月見里さん、講義中は私語厳禁だよ?」
「っそれは…あんたが悪いんでしょっ」
月見里さんのデコピンが飛んでくる。この痛みも、嫌いじゃなくなってきている自分が恐ろしい。
教授の言った単語を配布された資料に穴埋めしていると、月見里さんはペンで小突いてくる。
「悪いんだけど、さっきまでのところ見せてくれない?」
空白の部分を指さしながら、講義に遅れてきた月見里さんは、珍しく頼んでくる。
スっとプリントを差し出すが、月見里さんが手を伸ばした瞬間に引っ込める。
「こんな機会中々ないし、もう少し誠意のある『お願い』が見たいなぁ」
俺のちょっとした嗜虐心が溢れてしまい、月見里さんの困る顔が見たくてたまらない。
「ならいいわよっ」
フンと視線を戻した月見里さんだが、さらに進んでしまったスライドを見ると、背に腹は代えられないといった様子で、こちらに身体を向けた。
「…幽太さん、講義に遅れた私に先程までのメモを見せていただけませんかっ?」
丁寧な口調で笑顔なのだが、声色から内心ブチギレていることが分かる。
ここまでの高揚感は久しぶりだ。いつも酷い扱いを受けていることもあり、腹いせが成功したことがとても喜ばしい。
パシャリ。思わずその姿を写真に収めてしまった。
「ちょっと!撮る必要ないじゃない!」
再び教授の咳払いが響く。この恥じらいの顔も写真に収めたい。
ここまで頑張ってくれた月見里さんには、ご所望のプリントを見せてやろう。
「……後で絶対殺す」
今はどんな暴言も俺には効かない。しばらくは気分が良さそうだ。
「では、今日の講義で説明したところから中心に小テストに出題するので、復習をしっかりすること」
いつの間にか講義が終わっていた。来週のテストもこの気持ちのまま頑張ろうと、プリントに視線を落とす。
「……メモるの忘れてた」
月見里さんにしてやったりと、頭の中はそればっかりで大事な講義を聞くのを忘れていた。
その時『もしかしてぇ〜メモ取るの忘れてたんじゃないかしらぁ〜?』と、月見里さんは眉を上げながら、プリントをピラピラとひらつかせる。
「あの…見せてもらったり?」
「私、『誠意のあるお願い』が見たい気分なんだけど?」
こいつ、仕返しのつもりだ。月見里さんは『見たいなぁ〜』と憎たらしい笑みで覗き込んでくる。
「月見里さん……講義中上の空だったこの木偶の坊に、月見里さんのプリントを見せていただけないでしょうか」
歯を食いしばりながら、下手くそな笑顔を作る。
「んふふっ…あははっ!」
月見里さんのツボに入ったのか、お腹を抑えながら机に顔を埋める。
「はぁっ〜、いい顔見せてもらったし」
そう言うと、月見里さんはプリントを写真に撮らせてくれた。
「ありがとう…ございます」
再びツボに入った月見里さんは、おもむろにスマホを取り出すと『パシャリ』と音を鳴らす。
「なんで撮ったし!?」
スマホを見ながら『んふっ』と笑う月見里さんは『お返しっ』とスマホに映る俺を見せつけながら帰って行った。
「あいつ絶対、今後擦ってくるつもりだっ」
怒りを抑えながら、プリントの写真を見ようとすると、指が触れ画面がスワイプする。
「俺にはこれがあったか」
画面には、スマホを撮ろうと手を伸ばし、頬を染めながら怒りを露わにする月見里さんが映っていた。
後で雛実ちゃんにも見せてやろう。




