9:〝子ども〟を生み、苦しめる
マザランの能力は、他のトーテムとは一線を画していた。月そのものであるマザランは、宇宙空間から動くことはかなわない。その代わり、無尽蔵の魔力と重力波をもって、トドゥルの大気中の水分を操作。無数の氷の塊を作り出し、重力波で縦横無尽に飛ばすのだ。
実際、アルマは善戦していた。無尽蔵に生み出され、縦横無尽に飛び交う氷塊に襲われ、山麓や学園都市に集結してきた転生主義のトーテムたちは手も足も出ない。大人しくそこで逃げ惑いながら、トドゥル人の復興の準備を進めていくのを、手をこまねいて見るしかない。
だが、何事にも転機はあるものだ。順調にペントハウスの操作盤に指を走らせていくアルマにとって、それは操作盤に表示された山頂部の電波望遠鏡のステータスを示す画面だった。
操作が思うように進まない。
お父さんの腕があるのに、必要な権限が足りないと繰り返し表示されるのだ。
しまいには「嘘。もう天文台が復旧している!」と息を呑む。
復旧が早すぎる。止血したお父さんを置き去りにしたあと、アルマ第三天文台のすべてを壊しきったとは言えないが、学園都市遺構を制圧してトーテムたちを無力化するぐらいの時間は稼いだと思ったのに。今、地球人の観測を始められるのはまずい。計算外だ。
満天の青空に、基盤模様に似た幾何学模様が拡がっていく。大気や天候を操作して、電波望遠鏡の確度を高める天文台の魔法陣。実際には不可視の斥力で、アルマの網膜には、補正されたコンピュータグラフィックスとして処理されている。
……もう、トドゥル人の復元は叶わないかもしれない。ようやく、ここまで来たのに。いまさら、引き返せないのに。
アルマはOSF棟屋上のペントハウスに駆け戻った。
彼の腕は機能しているはずだ。その気になれば、観測作業の強制停止信号くらい――。
「待って……きゃあ!」
頭上に気を取られすぎたせいで、何もないのにつまづき、転ぶ。
いや、何もないってわけないか。
わたしはずっと、つまづいたままなんだ。
「なんで、こんなことになっちゃうのかなあ。わたし、悪いことしたのかなあ」
『したでしょ。親の期待裏切って、これまでの積み重ねをぜんぶ台無しにしちゃったのよ?』
かぐやの声がした。
「あはは、手厳しいなあ」
『仲直り、すればいいじゃない。下手な意地を張るより、ずっといいわ』
「かぐやちゃんはさ、あのとき本当に人類は地球と運命を共にすべきだった思う?」
『思うわよ。あんなヒトたち、滅んで当然よ』
かぐやは吐き捨てるように言うと、アルマの傍らに霊体を現した。アルマと全く同じ服装で顕現したかぐやは、アルマに寄り添うように腰を下ろした。
『人類の生き延びたいという思いがあたしたちのような〝子ども〟を生み、苦しめる』
それってやっぱり身勝手なのよ、とかぐやは言った。
「なら、やっぱり進まなきゃ。わたしはこのトドゥルが好きなんだもの」
『だけど、あたしたちにとってのお父さんは? 久遠くんのことは好きじゃないの?』
「……あの子はお父さんじゃなかったから」
結局、それがこの一ヶ月をともにした生活の答えなのだ。
「あのとき、お父さんは地球で死んだ。ここに来たのはきっと、久遠くんっていう別の子」
『そうね』
「生まれた子にこうであってほしいって押し付ける。わたしは結局、同じ穴の狢なんだよ」
そう自嘲すると、地上で繰り広げられている神獣同士の争いの音に混じって、子守唄の音色が聞こえてくる。かぐやは呆けたように『歌』と呟いた。
力が抜けたようにへなへなと床にお尻をつけて、アルマは空から降ってくる歌声に耳を傾けるしかなかった。これも実際に音として聴こえているのではなく、電波干渉計の相関機を通し聞こえてくる電子通信の旋律だ。アルマの側で、かぐやの霊体が言った。
『電子化した旧人類はそれ自体が長大な音楽情報でもある。まるで鎮魂歌のようだけれど』
「これが宇宙の波動の正体……地球を旅立った人たちのデータ」
星々の海原を旅した歌声が世界中に響いて、新しい世代の幕開けを告げる。
幾光年の狭間を越えて、電波と化した地球人類がトドゥルの電波望遠鏡に届きはじめた。




