8:産んでなんて頼まなかったよね?
鳴り響いた音は二つだった。すなわち、発砲音と金属音。
『やっぱり、あんたたちに賢者の石を預けたのは正解だったわね』
「かぐや!」
そう、突如としてかぐやの霊体が現れ、太刀を握って弾丸を斬り伏せたのだ。
『ここまでは想定どおり。いのりに記憶を戻させて、あたしは太刀に宿って久遠くんを守る』
太刀の発光色が金色に染まっている。
そうか。かぐやの賢者の石は、あの時からずっと挿さったままなのだった。
今太刀に憑依して操っているのは、かぐやだ。
「あなたはいつもわたしの邪魔をする! 同じアルマのくせに!」
『それは心外ね。あたしはアルマ本来の役目を忘れてないってだけよ』
かぐやは『逃げるのよ、久遠くん! この子のねらいはあなたの身体なの!』と叫んだ。
「逃げるって、どこへ!」
『ここは地下室なんかじゃない! 巨大な神獣のお腹の中なの! あたしの号令でこの神獣を天文台に向かわせるから! あなたは天文台に行って、地球人の観測を開始させて!』
「だけどそれって、トドゥル人を見捨てることだって……!」
『トドゥルは滅んでいるのよ久遠くん! アルマや! あなた自身の手によって!』
かぐやは気丈に太刀を構え、震え声で「お願い。行って」と続けた。
『このままじゃあたしたち、なんで五万年前苦しんだのかわからなくなっちゃうでしょ』
「どうして、こうなる……!」
悪態をつき、久遠は走り出した。部屋の反対側のドアを抜け、奥へと進んでいく。弾丸を太刀で弾きながら、かぐやがついてくる。
部屋の外は鉄格子の足場が組まれた機械の中だった。まるで工場の中に似ていたが、久遠はそれが神獣を体内なのだと悟っていた。さっきまでいた部屋は神獣の子宮の中だ。それも途轍もない規模の。かぐやの『行って!』という号令とともに、神獣の甲高いうめき声が辺りを満たし、内部の歯車やシリンダーが運動を始める。
ぐらりと揺らついた足場に、久遠は神獣が動き出したのだと知った。でも、どこへ向かうと言うんだろう。土竜の神獣? バカ言え。これは車両だ。地下を走るシールドマシンだ。いのりはアサルトライフルを撃ち鳴らしながら、久遠やかぐやとの距離を詰めてくる。
久遠はたまらず「行かせてくれ!」と叫んでいた。
「どうして?」といのりが問う。
「おれは知りたいんだ! もし五万年越しの仕事を果たすためにおれが目覚めたのなら!」
「仕事? こんなのが仕事って言えるんですか?」
「おれもおまえも、そのために生まれたんだろ! 責任を果たさなくては!」
「責任? 責任! 責任! なんですか、責任って! わたしは、一度だって産んでくれなんて頼んでない! 人類を救うくらい、お父さんひとりでやればいいでしょッッ!」
「だっておれたちは恵まれてるじゃないか、いのり! 最初っから生きる意味を与えられて生きられるのだとしたら、おれはそれを誇りに思いたい! 頑張りたい!」
「何を頑張れば良いんですか? いつまで頑張れば良いんですか? 頑張っても頑張っても、いつまで経っても報われない! そんな押しつけがましいことを言われたって、子どもは納得しませんよ! あんたたち大人は、いつだってそうだ!」
いのりは片手でアサルトライフルを乱射する。たまらず逃げ出す久遠。
かぐやが太刀を振るって銃弾を弾いている隙に、物陰へ。
「人類、人類人類人類人類ッッッ!」
いのり――アルマは桜色の髪を掻き乱しながら、金切り声で啖呵を飛ばした。
「あんなヒトたちッッッ! 滅びて当然じゃないッッッ!」
痛いくらいに掻き乱すたびに、ショートボブの髪の色が変わっていく。光ファイバーで出来た透明な髪が、緑がかった虹色に染まっていく。かつてのいのりとは思えないほど、粗野ですさんだ表情をしていた。アルマはかぐやを睨みつけると、アサルトライフルを乱射した。返すかぐやの太刀は刃こぼれし、ヒビが広がっていた。
「かぐや、引け! あいつは正気じゃない!」
太刀を知り尽くしたアルマは、賢者の石の挿さった部分ばかりを的確に撃ち抜いていく。
変わらず銃弾を弾き飛ばしていたかぐやにも、表情に焦りが見えた。
『逃げなさい! 久遠っっ! きゃあっ!』
「あーあ、壊れちゃった。お父さんの作ってくれたアルマの太刀」
太刀の中の心臓部が砕け散り、かぐやの姿が掻き消えた。
アルマは蔑んだ目つきで、太刀から賢者の石を抜き取って、自分のうなじに挿した。
「もとはすべてアルマの記憶。あなたが目覚める前に分割して、トドゥルの各地に残しておいただけ。こう見えてわたし、良心の呵責はあるの。本当の記憶を持ったままじゃ、あなたを騙しきれないと分かっていた。だからあなたが地球からトドゥルに来たときにしたことと、同じことをした。何も変なことじゃないでしょ?」
「永久野いのりとは、そうやって都合のいい記憶だけ残して出来上がった人格だったんだな」
土竜のオシラサマは、地下トンネルを突き進んでいく。
そんなオシラサマの体内のキャットウォークで、アルマは両腕を開いて演説した。
虹色の……星の色に染まった髪、瞳、服の霊媒素子が揺れる。
「誰もが違う自分になりたがってる。見せたい自分だけを恣意的に切り取って電波に流す。液晶文明の人なら、皆やってたことじゃない」
「たしかに、液晶文明のやつらは……地球人たちは、なりたい自分を幾らでもつくり出せる社会に生きていた。だけど、その結果どうなった? どいつもこいつも、自分を変えようとせずに他人ばかりを変えようとするになったんだ。なりたい自分になれればそれでしあわせだったはずなのに、あまつさえ他人ばかりに変化を強要して、のべつまくなしに強弁を振りかざす。寛容は失われて、罵り合いしか生まない白痴の世界になったんだろ!」
「寛容が失われる、それの何が悪い! どうせみんな、ほしいのは共感と自己優越感だけなんだ! 自分に意見する人がいない世界に閉じこもりたいだけなんだ!」
「他人を変えようとするのはたやすい! だから弱い人間のほとんどは、自分を変えずに他人を変えようとする! そう教えてくれたのはあんただろ! おれは錬金術師だ! 自分以外のものを作り変えて、世界を変えようとする弱い側の人間だ! だからおれは――」
「行かせない! わたしは、あなたみたいな人のために、すべての人が滅んだこの惑星を彷徨っていたわけじゃない! 転生主義なんてロクデナシたちを助けたかったわけじゃない! 錬金術を使えば、墓所に眠るかつてのトドゥル人を復活させられる! だから、五万年の孤独な生活を過ごしてきた! そのためなら、なんだって耐え忍べた!」
アルマは片手で久遠の胸ぐらを掴み「ねえ、ちゃんと言ってよ!」と続けた。星のような虹色に光る瞳と髪が、久遠の目前で揺れていた。それが怒りなのか悲しさなのかわからない。綺麗に切り揃えられた前髪の向こう側で、アルマは泣きそうに言った。
「ねえ、教えて。どうしてこんな先のない時代にわたしたちを産んだの? わたし、産んでなんて頼まなかったよね? こんなに苦しいなら、生まれたくなんて……」
そうか。雲野久遠研究員はこんな先のない時代にアルマを生んで、生まれたくなかったって彼女を苦しめた。だからアルマもおれを生んで、おれを苦しませることにしたのだ。
雲野研究員は大勢の人の生きたいという気持ち、死にたいという気持ちを踏みにじった。それは親としても、科学者としても、錬金術師としても失格と呼べることだと思う。だからアルマは腕をふるい、おれを力いっぱい地面に叩きつけて、恨みを晴らすんだ。
アルマは壊れた太刀を拾い上げると、久遠の左腕に振り落とした。
斬り飛ばされる久遠の左手。巨大な土竜の神獣の胎内で、久遠の惨めな悲鳴がこだました。
アルマは足元に落ちた久遠の左手を、べちゃっと拾い上げた。
「……殺すのは簡単。でも簡単には殺したくない。殺したいけど死んでほしくはないから」
そう言うと、アルマは神獣の中枢へと歩いていった。
アルマが立ち去っても、土竜の神獣は止まらない。真っ暗で広大なトンネルを突き進む。
等間隔で通り過ぎていくトンネルの照明を目で負いながら、久遠は呟いた。
「そうか」
神獣の体内にも幾つもの合板があり、ガリガリと無数の名前が彫り込まれていた。
薄れかけていく意識のなかで、虚ろに彷徨った久遠の右手が〝墓標〟の文字をなぞった。
「この星を墓所で埋め尽くしたのは、おれだ」
第肆話「月に吠える」に続く




