4:今から五万年前
水音に混ざって硫黄の匂いがした。いのりは、ここはかつて大規模な坑道があったのだと説明した。墓所の地下には産業用の運搬線路が走っていて、時代とともに廃れ、少しずつ錬金術師のアトリエに組み込まれていったのだと。コンクリートに囲まれた広大な地下空間は、高等錬金術に必要な、光の速さで動く粒子を扱うのに適していたのだそうだ。
地下室の扉を抜けた先に広がっていたのは、無機質なコンクリートづくりのトンネルと、地下へと続く長い階段だけだった。トンネルと階段はまるで二人を呑み込むかのように、暗闇まで長く続く。終わりは見えない。消失点の彼方まで、永遠に続いているようだった。
劣化した蛍光灯に照らされながら、一人の青年と、一人の少女の幽霊が、ゆっくりと下る。
一つ一つ、答え合わせをしていくように。
『今から五万年前、トドゥルから遠く離れた人類の母星、地球は滅びに瀕していました。恒星の急激な膨張によって、五万年後に地球が滅びると分かっていたからです。人類はその在り方を巡って二分されました。恒星間移民船で居住可能な地球型惑星に移民する〝方舟主義〟と、地球と恒星系そのものを作り直そうとする〝再建主義〟。ですがどちらも、限られた人間しか新しい世界へと旅立てないという点では、共通していました』
いのりは『そこに現れたのが、雲野久遠研究員を筆頭とした〝転生主義〟でした。あなたがたは人間の人格をデータとして保存する最新の技術〝人工単子理論〟に基づいて、既存の二派を止揚し、すべての人間を救うことができると提言したんです』と続ける。
『三派の論争は僅差でしたが、転生主義は支持を受けました。結果として、この世界における地球人類は、宇宙を揺蕩う微弱な電波と成り果てた。地球上に存在していたすべての人類の情報、物質、現象、生物、文化、地理、資源……一人一人の地位や生活基盤、家の状態から道路の石ころの配置に至るまで、人類社会を形作る最小単位まで保存し、それを電波として宇宙に解き放ったんです。この広い宇宙の誰かが観測してくれることを信じて』
「どうして、そんな回りくどくて不確実な方法が選ばれるんだよ? 全人類が電波になって宇宙を半永久的に彷徨い、転生に備える。正気の沙汰じゃないだろ」
いのりは即答した。
『決まっています。すべての地球人が平等に明日を迎えるためです』
「明日?」
『この世界に生を受けた者に平等に与えられた、この世界で最も価値のあるものの一つです』
二人は階段を降りていく。
この宇宙でたった一人しか存在しない人類の足音が、巨大な空洞に反響した。
久遠が「まさか」と足を止めた。
傍らに依り代である〈アルマの太刀〉を浮かべながら、いのりは『そうです』と振り向いた。
『――あなたが、ここトドゥルで最初に観測した地球人類なんです』




