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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第弐話 図書館塔の占星術師
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20:或いは、今日の記憶なんて

 図書館塔の崩落が止まらない。いのりは最後の力を振り絞って、外壁の花壇に出た。かぐやが使ったT2荷電粒子砲の傍らまで、アルマの太刀を引きずっていった。


 真っ青な空がどこまでも広がっている。上下感を欠いた空の世界を、白く巨大な恒星間移民船の遺構が無数に貫いていた。だけど、それらはゆっくりとはがれ、崩れ、沈んでいく。花だらけの外壁がごろごろと揺れた。


『お父さんが、わたしを探してる?』


 胸もとに手をあて『お父さん。お父さんって言ったのね、わたし』と呟いた。


『そっか。記憶喪失だったのは久遠くんだけじゃないんだ』


 崩落する都市の中でいのりは、こちらに近づいてくる微かな音を聞きつけた。図書館塔の周辺市街に張り巡らされていた高架のひとつに、こちらへ近寄ってくる車両らしきものが見えた。車両の上に久遠が見えた。かぐやに言われていたとおり、湖上都市に張り巡らされたモノレール施設を動かすことに成功したようだった。久遠が無線越しに叫ぶ。


(かぐやは!)


 いのりが目を伏せて首を横に振ると、久遠は愕然としたように続けた。


(もうここ一帯の遺跡は保たない! 当初の目的だった資料や日誌、賢者の石はあらかた運び出している! あとはおれたちが逃げれば踏査の目標は達成だ! 乗れ!)


『久遠くん! ごめんなさい! 太刀に貯蔵していた魔力が枯渇して、もう走れない!』


 一瞬、久遠は何を言っているのかわからない、といった表情を浮かべた。


『ごめんね、なんとかなるかなって思ってたんだけど……』


(冗談言うな! あの獅子のオシラサマだって、きっとあの爆撃だけじゃ治まらないぞ!)


 久遠はモノレールの車両の上で両腕を広げて、叫んだ。


(跳べ!)


『そんなの無茶です!』


(無茶だけど無理じゃない!)


『いいえ! 無茶は無茶! 無理は無理! 立派なメイリオ語でそう言っておきます!』


(意地張ってる場合かよ! おれが受け止めるから!)


『でも! でも!』


 いのりは駄々っ子のように首をぶんぶん横に振って、拳を握って訴えた。


『アルマの太刀が壊れても、植物園にバックアップの賢者の石が残っていれば霊体は復元できます! せいぜい昨日今日の記憶を失うくらい!』


「それが駄目だから跳べって言ってんだろ! 師匠ならそれくらい分かれよ!」


 最後は無線越しでなく、肉声で届いた。久遠が、これまでに発したことのないようなドスの効いた声で怒鳴ったのだ。いのりはぴく、と肩を震わせると、落下する瓦礫の向こう側に久遠の姿を見た。久遠の目は真剣だった。真剣に、怒っていた。


『或いは、今日の記憶なんて……』


「少しはっ! ほんの少しくらいはっ! おれのことも信じてくれたっていいだろうッ!」


『〜〜っ!』

 いのりは泣きそうな表情を浮かべた。でも意を決したように踏み出すと、最後の力を振り絞ってアルマの太刀を地面から引き抜き、久遠に向かって投げつけた。


 崩落する瓦礫の中で、黒い太刀が青空を舞う。残されていた最後の魔力も使い切って、憑依状態を保てなくなって、立体映像の霊体もブロックノイズと一緒に掻き消える。ただの隕鉄の塊になったアルマの太刀は、次第にトドゥルの引力の虜となっていった。


「届け……ぇ……!」


 モノレールの車両から身を乗り出した久遠は、千切れそうなくらいに腕を伸ばした。


 太刀が手元に落ちて来るまで、まるで永遠のように長く感じられた。


「届いっ……たぁ!」


 泣きそうな顔で久遠が太刀をキャッチした瞬間、二人が一日を過ごした図書館塔は一際大きな音を立てて完全に崩落し、湖畔の底へと沈んでいく。


 モノレールが弧を描いて加速し、湖上の遺跡は後方に遠ざかっていった。


 二人の二度目の冒険は、こうして幕を閉じた。

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