13:あんたたち、古代液晶文明については?
数刻後。久遠といのりは最上階の窓際で肩を寄せ合って、手帳を覗き込んでいた。
『久遠くん、ちょっと手帳を見せてくれますか?』
いのりは久遠の手書きの地図を一瞥すると、テラノバの南端を指さした。
『見えました。礼拝区六丁目と行政区七丁目の交差点付近。獅子型のオシラサマがいます』
「域外からもいろんなオシラサマが集まってきてる。まずいなあ」
「あんたたち、仲良すぎない?」
互いの髪と頬が触れ合うぐらいの距離感に、車椅子に腰掛けたアルマは少しだけ引いたような表情を浮かべた。久遠は特段気にすることなく、顎に手をあてた。
「こんなところにまで、どうして。ここは墓所でも、いのりの植物園でもないのに」
アルマは額に手をやると「はあ、あんたたちねぇ」と溜め息を吐いた。
「錬金炉を使ったんでしょう? 神獣の子宮は常に特定の波長の重力波を発している。出力が行われればそれは周囲に伝播する。神獣はそれに惹かれるのね。無体な、って」
アルマは「まあいいや」と言った。
「よくないが」と久遠。
「そんなことより、あんたたちがあたしを治したのよね?」
『ん? ああ、倒れてるあんたを見つけて、おれたちが直したんだ。おれたち二人で』
「あたしの身体を修繕して、服まで着替えさせた!」
「え、ん、ああ、うん」
ぼっと顔を赤面させたアルマは、両手をおしりに伸ばしながら久遠を睨めつけた。
「見た?」
「目的語を交えて話してくれ」
「ふん」
ぷいとそっぽを向いたアルマに、いのりは手を合わせて訊き返した。
『ああ! おしりに刻印された個体識別用の三次元(QR)コードのことですか?』
「おいばかやめろ! なんで言う!」
「やっぱり見てるじゃない! ぶっころしてやる!」
「ひえっ!」
車椅子を駆って久遠の胸ぐらをつかみ、ぐいと顔を引き寄せるアルマ。久遠は後ろで『ぶっころだぶっころ〜♪』と煽り散らかすいのりをあとでシメようと思った。煽り散らかして満足したのか、いのりはけろっと改まった。
『自己紹介が遅れましたね。わたしの名前は永久野いのり。こっちが弟子の久遠くん』
「弟子」
『異論でも?』
「いえ」
あっけなく黙殺される久遠。
「いのり。いのり。永久野いのり。そう、いまはそう名乗っているのね」
アルマはぶつぶつと呟くと、二人に向き直った。
「あたしはかぐやよ。占星術師のかぐやと親しまれたものだわ。ほらあたし、美人だし」
『占星術師、ですか』
「星とか月明かりとか眺めるの好きなの。視力だけは良いんだ」
偽名、便宜上の呼称ということだろうか。アルマ、改め占星術師の〝かぐや〟は、人差し指で自分の金色の目を指さした。久遠は胡乱げに眉をひそめた。
「もしかしてアルマって、一人じゃないのか? 人違いって言ってたけど、聖蹟の樹海でオシラサマの腹を切り裂いて回っていたのは、あんたじゃないのか?」
「詳しく聞かせてもらえるかしら」
かぐやの表情から、へらへらとした愛想笑いが消えた。
「アルマを探してるって言ったわよね。でもアルマっていうのはね、いうなれば天の方舟における肩書や職業に近いものよ。特定人物を指す名前だとは思えないわ」
「つまりあんたはアルマだけど、神獣狩りの当事者ではない、と」
『アルマ……いえ、かぐやちゃん。わたしたち、オシラサマのお腹を切り裂いてまわっているとみられる人物を探しているんです。手がかりとか、知りませんか』
そう言っていのりは、これまでの顛末を伝えた。一通り聞き終えてから、かぐやは問うた。
「あんたたち、古代液晶文明については?」
『わたしですら生前に書物や文献で見た程度です。かつてこの星に降り立った文明。天の方舟に乗って星々を旅して、このトドゥルを安住の星と定めた人々。わたしたちの先祖だと』
「眉つばに近い、創生神話みたいな伝承だろ。現代錬金術成立前の時代、宇宙の波動に耳を傾ける方舟の巫女と、巫女たちを守護する無機の神獣によって統治された理想郷。彼らは命や肉体の摂理を解き明かし、輪廻転生をも実現した、真に道徳的な人類だったって」
「そう。で、あたしがその方舟の巫女の一人ってワケ」
かぐやは親指を立て、ばちこーんと片目を瞑る。久遠といのりは目を白黒させた。
「そんなことある?」
「あるわよ。墓所惑星を管理してるのが王立第伍霊園だけだと思ったら大間違いよ」
「管理しきれてないんだよなあ」
かぐやは「うっさい」と小さくつぶやくと、手を前にかざした。
彼女の手元に金色の魔法陣が浮かび上がった。
「ふむ。今が五二〇一八年だとすると、あたしがここに倒れたのは二年ほど前になるわね」
いのりが記憶を消したのと同じ頃だ、と久遠は思った。思ったが、だからどう、というところまでは、考察が続かなかった。
「あたしはね、古代液晶文明の時代からずっとここにいるの。この最上階の温室にケーブルでくくりつけられて、天の方舟がトドゥルに入植した時代、神獣との戦争、人類の滅亡、墓所惑星となってからの五万年間、この世のすべての時間をここでずぅっと過ごしてるわけ」
「二年前までは?」
「そう、二年前までは。いつものようにあたしがここで本を読んでいると、階下から一人のホムンクルスが上がってきたの。彼女はあたしに襲いかかり、脚を不自由にして、黒い太刀であたしの胸を突き刺した。次に目覚めたときには、あんたたちがそこにいたって寸法よ」
『それが二年前……ですか』
「あんたたちの探してるアルマなのだと思うわ」
『根拠は』といのり。
かぐやは「アルマは二刀流だった」と続けた。なるほど。黒い太刀は、彼女の胸に刺さっていたものと、樹海で神獣に刺さってたものの二本だ。辻褄は合う。
『二年前、ホムンクルスのアルマは一本目の太刀でかぐやちゃんを無力化し、残ったもう一本で聖蹟の樹海のオシラサマを無力化して、姿を消したのでしょう……』
「そしてその二年後に絶滅したはずの生身の人類、つまりおれが植物園の地下室から迷い込んできたってことか……。この墓所惑星は人類が滅んだといえど、五万年間は神獣たちによる均衡が保たれてきた。なのにそれが、たった二年で崩れつつある。やっぱりアルマを見つけ出すことが、おれの正体を知る手がかりになるかもしれない」
「あたしも、あんたたちの置かれた状況がちょっとずつ飲み込めてきたわ」
「かぐや。おれにはしっかりした記憶が無いんだ。加えて絶滅したはずの……存在しないはずの生身の人間らしい。だからいのりと墓所を守りながら、記憶を探してるんだ。少しずつだけど思い出してきたこともあるんだ。おれはこの世界とは別の世界から来たのかもしれない。ここではない異世界から。なら、そこへ帰る方法も知りたいって思うんだ」
かぐやは「そう」と頷いた。錬金術で修復された自らの胸に手をあてて「……何かを探しているようだったわね、アルマは。恐らく錬金術に使うものよ」と続けた。
「アルマのアトリエ。やっぱりアルマは錬金術師だったのか?」
かぐやは久遠を一瞥し、少しだけ言いよどんだ。だけど悩んだ末に「アルマはあたしの賢者の石を抜いていかなかったわ。つまり必要なレシピは揃っていて、出力のための材料を探していたのでしょうね。彼女の探していた希少な植物は、人体錬成に必要な素材として有名なものなの。たしか、プニキ……」と打ち明けた。
久遠はその名前を聞きたくないので「錬金炉で人間の身体を造るのか?」と遮った。
「人体錬成はことさらに禁忌というわけでもないのよ。むしろ錬金術の真髄よ。なんだって、神獣はときおり、ホムンクルスを産み落とすのだから」
アルマは人体錬成を試みようとしていたのか? 神獣や墓所を襲いながら? 久遠には意図が読めない。だけど、人体錬成という言葉がやけに胸に突き刺さる。
まさか、おれって……いやいや、おれは錬金炉から生まれてなんていない。
ドアをくぐって迷い込んできただけなんだから……。
「それで? 神獣狩りのアルマを探して、どうするの」
「まずは問いただす。雲野久遠の正体を知ってるか」
『そして説得します。神獣から墓所を守るために力を貸してほしい、と』
「うそつき」
『な!』
「あなたの言葉を聞きたいの。模範解答じゃなくて、錬金術師、永久野いのり自身の言葉を」
かぐやの責め立てるような視線に、久遠は『おい……』と言いかけた。
「答えなさい。墓所で死んだ人を守り続けて、何になるの」
『……墓所を守る必要がないなら、わたしは何を拠り所に永遠を彷徨えばいいのですか?』
いのりは片腕を抱えて、心細そうな声音で告げた。
それはもしかすると、永久野いのりが初めて見せた……本音なのかもしれない。
かぐやは「ふむ」と頷いた。どうやら満足いく答えだったようだ。
「しゃーないわね。力を貸したげる」
「へ?」
「だから、力を貸したげるって言ってるの。気が変わったの。っと、その前に……」
また雄々しい獅子の雄叫びが空に響き渡った。かぐやは車椅子を駆ると、大温室のガラス張りまで近寄っていった。額を押し付け、淡い金色の瞳を凝らす。どうやら五百メートルをゆうに超す最上階からでも、地上の様子がわかるようだ。
「じきにここも悟られるわね。わたしはこの大温室からは動けないから。このケーブルが重いのなんのって。あんたたち、下であの怖そうなオシラサマ、退治してきなさいな」
『簡単に言ってくれますね』
「あら、神獣退治は錬金術師の面目躍如じゃない」
不満げな二人を前に、かぐやは自身のうなじに手を伸ばした。カシャっという音ともに隕鉄製の外装がスライドし、中から冷気を帯びた内部の歯車構造が見え隠れした。かぐやは久遠から革手袋を借り、手探りで等柱状の柘榴色の結晶を取り出した。
『それは、賢者の石ですか?』
「あたしの記憶を転写したバックアップ用の光化学ホールバーニングメモリ。有り体に言っちゃえば……ええ、そうね。予備の賢者の石よ。あんたにあげるから上手に使いなさい」
『助かります。久遠くん、すみませんが、これを太刀に挿してください』
久遠は賢者の石を受け取ると、アルマの太刀の柄に挿入した。いのりの姿にブロックノイズが奔り、淡い桜色の髪と虹彩が一瞬だけ金色に光った。
「なあ。賢者の石って、結句何なんだ?」
何気ない久遠の問いに、いのりは『そうですね……』と顎に手をやった。
『賢者の石とは、内部に文章を書き込んだり読み込んだりできる魔道具なんです。例えば人間の記憶は、広義の文章と言えますよね?』
「つまり、賢者の石には人間の記憶が収められていると?」
いのりは『ひいては、それは人間の魂を記述することにも繋がります』と言った。
「魂? 魂を保存できるのか?」
『ええ。人間の人格は記憶によって決定されます。成功体験がたくさんある人は、大胆で挑戦的な性格になる。逆に失敗体験がたくさんある人は、引っ込み思案に。膨大な記憶とそれによる行動選択の傾向の総体。それらが人格の正体であり、魂と呼べるものだと言えますから。賢者の石に収められた人々の記憶、人格、魂。トゥルドでは人工単子と呼んでいます』
温室のオウギバショウの横に設置された時計は、丁度午後一時ごろを指し示している。てっぺんを回った豊かな陽の光が天窓越しに差し込み、導光素材で出来たかぐやの髪と虹彩を染め上げた。彼女の頭では、まるで髪留めのように生きたモルフォ蝶が羽を休ませていた。
かぐやは車椅子を駆ると、水耕栽培用の用水路に沿って進んでいき、大温室の滝の裏にある種子貯蔵庫に向かっていった。ドアロックに手を翳すと、貯蔵庫の扉は自動で開く。内部には冷凍種子や園芸用品が置かれており、そのさらに奥に数々の機械が無造作に置かれていた。先ほどの戦闘で使われたホムンクルス用の武装も含まれている。
かぐやは貯蔵庫のあちこちに車椅子をぶつけながら(そのたびに口汚く毒づいた)、めぼしいものを拾い上げていった。トランシーバーに、いくつかのメモ、用途不明のケーブルや電子部品。それらを胸に抱えると、二人の元へと戻ってきた。
「あんまり時間はないわねえ。久遠くん、炸薬系のガラスアンプルは持ち合わせていて?」
「ISO規格品がベルトに五本。バックパックと合わせれば全部で二十ほど」
「オーケイ、十分よ。今から渡すメモに目を通して、必要な部品を組んでおきなさい」
荷物を足元にどさっと投げ出したかぐやは、数枚の紙片を久遠に手渡した。電子工作のレシピが一枚、無線機の取扱説明書が一枚、そして「神獣撃退作戦♪」と示されたかぐや直筆のメモが一枚(追記で「字が汚くてごめん」と絵文字付きで添えられていた)。
「久遠くんには周辺地域の地図と連絡用のトランシーバーを渡しておくわ。いのりは――」
『あの、わたし、幽霊だから。紙とか無線機とかは正直持てない』
「あんたねえ。ほんとに錬金術師なのよね!」
かぐやの呆れたような語調に合わせて、頭のモルフォ蝶がぴょこぴょこと動いた。
「賢者の石の読み方すら忘れちゃったの? アルマの器は本来、賢者の石の中身を参照するための魔道具なんでしょう? あんた、体のいい武器くらいにしか思ってないでしょ」
『うぐ……言ってくれますね』
いのりは指を組み、『天の福音を預かりし……』と意識を凝らした。すると金色の魔法陣がいのりの霊体を包み込む。魔法陣には様々な文字情報が列挙されていた。
「やればできるじゃない。それは対神獣用の首都防衛兵器についての記述よ。良い? 作戦はあんたの太刀に掛かってる。久遠くんは囮を、あたしは神獣の誘導を。いのりは――」
『無茶苦茶です、こんな作戦! 久遠くんの意思も確認せずに――』
「おれは別にいいけどな」
『久遠くんには聞いてません!』
「きれそう」
『だいたい、かぐやちゃんは何処に行くんですか?』
指先で魔法陣を消しさったいのりは、車椅子を駆り始めたかぐやに問いかけた。
かぐやは「決まってるじゃない」と不敵に笑う。
「人造人間・ホムンクルス――天の方舟の巫女の力、あんたたちに見せたげる」




