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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第弐話 図書館塔の占星術師
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12:あなたが、神獣狩りの犯人

「あんた、はっ……!」


 ホムンクルスの少女はガバッと起き上がると、床に落ちていた黒い太刀を拾い上げた。寝覚めとは思えない俊敏な動きに、ホムンクルスの透明な髪が扇情的に舞う。


「……のわぁ!」


 波打った麺状コードに足を取られ、久遠はずてーん! ともんどり打った。『久遠くん!』と気遣ったいのりに、すかさずホムンクルスが斬りかかってくる。


 慌ててホムンクルスの斬撃をアルマの太刀で受け、弾く。いのりはホムンクルスの少女から距離を取ると、残心をとるように切っ先を向け直した。ホムンクルスの少女は、憎々しげに言った。


「あんた、よくもまあ涼しい顔してあたしに会いに来れたわね……!」


『人違いです! わたしは、あなたなんか知りません!』


「そうやって嫌な記憶まで賢者の石に移しちゃうんだ。だから錬金術師は嫌いなのよ!」


 ホムンクルスの少女は舌打ちすると、いのりを睨みつけた。


『重度の瀕死から修繕してあげたんです。むしろ、感謝してほしいくらいですね』


「誰のおかげでこんな身体になったと思ってるのよ!」


『だから、それは人違いだって――』


 言い終わらぬうちに、ホムンクルスの少女は地面を蹴った。


 一瞬で距離を詰められたいのり。ホムンクルスの少女は、容赦なく逆袈裟斬りを打ち込む。


 だがいのりを襲った凶刃は霞のように空を切り、その隙にいのりは間合いをとった。


「幽霊、なるほど、あんたを斬っても意味が無いってワケ……」


『動きが読まれてる。久遠くん! パス!』


「は? え? ……うわ!」


 いのりはアルマの太刀を久遠へと放った。反射的にパシッと受け取ってしまった久遠。


 ホムンクルスの少女は迷うことなく標的を変え、久遠に躍りかかる。


 ――おれ、剣なんて振るったことないって!


「わ、わわわ!」


 テンパったように太刀を構えた久遠。慣れない構えで刃を交えようとしたその瞬間。


 太刀を握った手が勝手に動き、ホムンクルスの斬撃を受け止めていた。


 否、手ではなく、アルマの太刀そのものが意識を持ったように動き出したのだ。


「――!」


 これではまるで、久遠が太刀を振るっているのではなく、太刀が久遠を振り回しているようだった。それもそのはず。アルマの太刀を制御しているのは、いのりなのだから。


 ホムンクルスの少女は驚いたように目を見開くと、二発、三発と剣を打ち込む。機敏な動きでことごとくいなしていく久遠に肉薄し、鍔迫り合いにもつれこんだ。


「へえ、視線と動きがまるで一致しない……これじゃあ動きが読めないわね」


「面白いだろ。これなら魔力の消費も半分以下で済む……!」


「でもあんたのその太刀、アルマの太刀よね? それはあたしのなの。返してくれない?」


「冗談!」


 激しい鍔迫り合いののち、ホムンクルスが久遠の太刀を弾きあげた。


「ぐぁ――」


 その瞬間に生まれた隙を、見逃してくれるような相手ではなかった。


 がらんどうになった久遠の両手首めがけ、ホムンクルスの少女は目一杯に斬撃を振り下ろす。


 まさに手首が斬り落とされようとした、その瞬間。


 ――久遠は太刀から両手を離し、すんでのところでホムンクルスの凶刃を逃れた。


「んな!」と表情を崩すホムンクルス。


「いのり、任せた!」と叫んで、腕で身体を庇う久遠。


 後方のいのりは頷くと、指を組んで目をつむり、祈りを捧げるような格好をとった。


 ホムンクルスの少女は猛追をやめない。


 だが久遠の手を離れたアルマの太刀は機敏に彼の周囲を飛び回り、全ての斬撃を防いでいく。


 剣戟は次第に加速していき、久遠の目では追いつけないほどにまでなっていった。


「なるほど、本体よりしろはそっちってワケ……埒が明かない!」


 ホムンクルスの少女は舌打ちすると、アルマの太刀をしなやかな脚で蹴り飛ばした。超人めいた膂力で弾き飛ばされたアルマの太刀は、久遠を巻き込んで吹っ飛んでいく。後ろで決死の表情で指を組み目をつむり、祈るような姿勢で太刀の重力制御に集中していたいのりを通り越して、久遠の身体は太刀と共に壁に打ち付けられた。


「――ぷはッ!」


『久遠くんッッッ!』


 慌てて駆け寄るいのりを、久遠が視線で制した。


 左手で太刀の柄の端を握り、蹴り飛ばされた脇腹を右手で痛そうに押さえていた。


「まさか、今のがホンキってわけじゃないだろうな……」


「ハッ、ほざくわね」


「もっと強くなきゃ、あんたを修繕した意味がないって言ってるんだ」


 剣の心得はなくとも、多少の受け身はとれる。だけど――。


 久遠は若干足を滑らせながら、アルマの太刀を持ったまま駆け出した。


「いのり! 逃げるぞ!」


『え? ええ? あんな威勢良く啖呵きったのに!』


「あいつの服、夜なべして丁寧に縫ってあげたやつだろ! 斬れるわけないだろ!」


『えぇ……』


 そのまま二人で、すたこらと大温室を後にして階段を駆け下り始める。


「――あ! 待ちなさいよコラ!」



 すかさず追いかけようとして、うなじに繋がれたコードがビンッ! と張る。


 ホムンクルスの少女が、テンパったように拳を振り上げた。


『なんか叫んでますケド……臆病者だとか卑怯者だとか』


「聞こえない。聞こえない」


 下手をすると艦内の吹き抜けを真っ逆さまだが、転ぶことも厭わず階段回廊を疾駆する。


 踊り場で急ターンしながら、いのりが頭上の大温室を見上げた。


『うなじのDNASケーブルの総延長はせいぜい二十メートル、ここまで逃れれば――』


「な、あいつ、ライフル持ってるぞ、どこから――うわっ!」


 久遠は顔色を変えると、階段の物陰に隠れこんだ。


 しかし息吐く暇もなく、バリバリバリ! という雷鳴とともに弾丸が障害物を穿いてくる。


「うわあ!」


『きゃああ!』


 火薬式の弾丸ではなかった。直撃は免れたが、二人とも大きく身体のバランスを崩した。


 アルマの太刀を抱き込んだまま、久遠はごろごろと階段を転がり落ちていった。あちこちに身体を打ち付けたのち、痛そうに膝を抱えて悶絶する。


――」


『久遠くん!』


 最上階の大温室を見上げると、ホムンクルスの少女が身の丈と同じくらいの火器を構えていた。火器の照準とリンクするように、彼女の虹彩や髪が目の醒めるような金色に発光。銃床からは平麺型の黒いコードが伸び、彼女のうなじのコネクタに接続されていた。


 周囲に浮かぶ魔法陣。髪や虹彩、服に織り込んだ霊媒素子までもが金色の燐光を放つ。


 小柄な頭の上には、天使の輪に似た光輪……。


 ホムンクルスの少女は引き金から白い指を放すと、居丈高に告げた。


「T1電磁加速砲よ。勝負あったかしらん?」


「クソっ、んなもんどっから取り出したんだよ、あんたは……」


「大体ね。アルマよ、あたし。あんたじゃないわ。ちょっとくらいは敬意を払いなさいな」


「アルマだって?」


 その名前を聞いて、いのりと久遠は顔色を変えた。


「アルマって! じゃあ、樹海でオシラサマの腹を裂いてたのは、あんたなのか!」


「は? 知らないわよそんなん! あんたらの人違いなんじゃないの!」


「人違いなわけないだろう!」


 口論を続ける久遠とホムンクルスの少女――改め、アルマ。


『逃がしてくれる雰囲気ではありませんね』


 いのりは久遠から太刀をぶんどると、上空へ投擲した。霊体が掻き消え、太刀は重力波を放ちながら一直線に図書館塔の最上階へ飛んでいく。さしものアルマも表情を変え、ひらりと投擲をかわす。太刀は大温室の壁面に突き刺さると、側にいのりの霊体が再出現した。


 いのりは壁に刺さった太刀をゆっくりと引き抜き、アルマと再対峙した。


『あなたが、神獣狩りの犯人?』


 いのりは太刀を構え直すと、左足を前に出して大きく振りかぶり、上段の構えをとった。


 背筋の良さからか、胸のかたちが強調される。


 対するアルマも拾い上げた太刀を青眼に構えると、切っ先を気持ち右上に傾けた。


 糸のように張り詰めた緊張が弾ける、瞬間……。


「ふにゃっ!」


 いのりが目を丸くする。アルマは可愛らしい、ふにゃふにゃした悲鳴をあげて、その場にへたりこんだ。太ももから下がビリビリと漏電している。力が入らないのだろうか。


「えっと、あんたたちがあたしを治したのよね? なんで脚は治してくれなかったの?」


「あなたの脚は先天的なもので、だから車椅子がそこに……』


「いいえ、あんたはいつだってツメが甘いのよ! おおかたキャリブレーションの手順を省略したのでしょう? 責任取りなさいよ! 勝手にあたしを目覚めさせておいて、中途半端に投げ出すなんて! あたしは一度だって、目覚めさせてくれなんて頼んでないのよ!」


 久遠はその言葉を聞いて、少しだけ胸が痛んだ。

 

 しかし、口論が終わらぬうちのことだ。


 三人の言い争いに割って入るように、図書館塔に甲高い鳥の鳴き声が木霊する。黒い燐光、ニンゲンほどの身の丈と翼。巨大な鳥の群れが巨大な天窓を砕いて姿を現したのだ。


『あれはカラスの……オシラサマ! どうしてこんなところに神獣が!』


 いのりは、最上階に戻ってきた久遠に太刀を放った。


 すかさず久遠はキャッチすると、襲いかかってきたカラスのオシラサマを太刀でいなした。


 すんでのところで久遠に庇われたアルマは、苦々しげにぼやいた。


「域内にトーテムを呼び込んだっていうの、あんたたち!」


 久遠は背中越しに「トーテム?」とひとりごちた。耳慣れない響きの単語だった。


 アルマはうんざりしたように額に手をやった。


「神獣よ、神獣! オシラサマ! 昔はそう呼んでたじゃない!」


『天の福音の遣いを御名で呼ぶ人なんていません。あまりに畏れ多いことですから』


 警戒するように久遠に背中を押し付けながら、いのりが囁いた。


「なら、やっぱりこいつは……」


『捜していたアルマ本人かもしれません。でも、これじゃあ……』


 いのりは久遠の握るアルマの太刀に片手を添えた。


 そのまま二人で太刀を振るい、再び襲いかかってきたカラスの神獣の群れを軽くいなす。


『……きりが、ない!』


「しょうがないわね。下がりなさい。二人とも」


 アルマは側に落ちていた電磁加速砲を拾い上げると、オシラサマの動力である重力鋲だけを的確に撃ち抜いた。あっという間に、カラスのオシラサマたちは無力化されていく。


 周囲が静まると、アルマは座ったまま、ドレスについた土埃をぱんぱんと払いながら言った。


「一時休戦ね。異論ある?」


 銃口を向けられた久遠といのりは一瞬だけ顔を見合わせると、こくこくこくと頷いた。

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