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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第弐話 図書館塔の占星術師
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9:この子もおれを恨むんだろうか

 ホムンクルスの修繕は比較的順調に進んだ。大温室でホムンクルスの少女を車椅子の上に座らせてあげようと、久遠は膝の下と腰に手を回したが、すぐに諦めた。


「重っも」


『うっわぁ、サイッテー』


「体重ゼロの人はちょっと黙っといてくんない。……先に胸に刺さった太刀を抜くか」


 そんなことを言い合いながらも、ついにはホムンクルスの移動は叶わなかった。活動を停止した神獣は内部の重力鋲が膠着化し、空間に固定されて動かせなくなる。オシラサマと同じ原理が働いているようだった。久遠はその時はじめて、こいつはきれいな女の子だけど、本質はオシラサマと同じ神獣なんだよなあ……と実感した。


 仕方ないので、二人はその場でホムンクルスに施術を施しながら、地上のサソリのオシラサマの亡骸と最上階のホムンクルスのあいだを何往復と繰り返した。ホムンクルスの傷の手当と基幹部品の修理が終わる頃には、日は暮れかけていた。


 簡単な夕食を挟んだのち、久遠は最後にホムンクルスの衣装用の布と裁縫道具を錬金炉で出力して、あとは最上階の植物園でゆっくりと裁縫に取り掛かることにした。久遠は黒のドレスに金のフリルのレースを縫い付けつつ、子守唄のように口ずさんだ。


「〝錬金術は、命を別のかたちに変える奇跡。そして奇跡を行使して何かを生み出す者は、その奇跡の根源や起源を理解しなくては、奇跡を振るってはならない〟……」


『術者に伝わるおとぎ話……タケコ岩の誓いの話ですか?』


「ああ。錬金術のしきたりの理由、少しわかった気がする。このホムンクルスも……きっとおれたち術者の勝手な都合で修繕されて、目覚めさせられるんだよなあ。全人類が滅んだ、こんなどうしようもない世界に。それってものすごく身勝手なことで、でもおれたちはこれから目覚めてくるこの子に頼るしかなくって、その責任を負いきれるのかなって考えてたんだ」


『反出生主義的ですよねえ』


「はんちゅっ……反出生主義?」


『産んでくれなんて頼んでない。そんな言葉を両親にぶつけたり、内心に秘めたりしたことのある人は多いかと。古代液晶文明時代に、とある裁判を起こした男がいます。裁判と言っても訴え自体は至極明快で、同意なしに自分を産んだという理由で両親を告訴したんです』


「同意なしに自分を産んだ。産んでくれって頼んでないのに勝手に産むなと。だから両親を人権侵害で訴えると。それって無茶苦茶じゃないか?」


『そうですね。彼は生殖を地上で最も独善的な行為だとみなし、自らの動物的な情動を満たすがために子どもを産み落とすという両親の愚行を、極めて破廉恥で虐待的な行為として断罪されるべきであると主張したのです。久遠さんならこの裁判、どう収めますか』


「どうって、子宮の中の胚に、まだ産まれる前の赤ん坊にどう伺いを立てろって言うのさ?」


『伺いが立てられないから、お腹の中の赤ちゃんの選択権が見過ごされても良いと?』


「あのさ、自分でも話してて馬鹿馬鹿しいって思わない?」


『それでも理解はできます。この世界は生きるか死ぬかの二律背反だってこと自体が、ときおりわたしには馬鹿馬鹿しく思えてくるんです』


 地べたに座り込んだいのりは、久遠に背中を預けて『ねえ、久遠くん?』と続けた。


『この世界ではときおり、生きていることがまるで希望のように、真昼の恒星みたいに語られます。でも生きている限り、昼も夜も来ます。誰かの死にたいという思い、産まれたくなかったという思いを否定する権利なんて、誰にも、何処にもある道理は無いんですよ』


 久遠がレースを縫う手を滑らせて、針で人差し指を刺してしまう。久遠は「いて」と片目をつぶると、ぷくぅと血の吹き出した人差し指を口に含んだ。


「この子もおれを恨むんだろうか」


『さあ、それも結局、産まれてみないとわからないことですから』


「何かを壊すことなんかより、生み出すことのほうがよっぽど恐ろしいんだな」


『正しいかわからないのに、わたしたちは進むしかないんです。それって残酷ですよねえ』


 思いのほか針の通りが悪い。


 生地に霊媒素子なんて織り込むんじゃなかったと久遠は後悔していた。

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