7:ヒトの形をした神獣です
図書館塔の内部は朽ち果てており、巨大な吹き抜けに無数の連絡階段が張り巡らされていた。
「そこらへんはだいぶ朽ちてるから、落ちないように気をつけて」
『わたし、ゆーれいだから落ちませんよーだ♪』
いのりが手でひさしをつくりながら、吹き抜けの遥か頭上を見通した。頂上には天窓でもあるのだろうか、薄暗い艦内に天使の梯子のような一条の光が伸びる。
『流石に最上階は遠いですね。ちゃんと夜が来る前に落ち着けるんですか?』
「おれだって夜は出歩きたかないよ」
ところどころに生えている水耕植物を採取したり、階段から小川のように流れ落ちてくる綺麗な水をぴょんぴょん避けたり(水源は何処なんだと久遠は呟いた)しているうちに、少しずつ最上階が近づく。久遠の足取りに若干の疲れが滲み始めたころ、ようやく最後の階段にまで辿り着いた。疲れ知らずないのりの背を追いかけ、最後の一段を登りきる。
二人の視界に飛び込んだのは、まばゆいくらいに黄金色の西陽だった。白飛びした視界が光に慣れてくると、徐々に周囲の様子も見えてくる。そこに広がっていたのは――。
いのりが『大温、室?』と呟いた。
「もともとは航宙艦の艦橋だったんだろう。だいぶ改装はされてるけど』
巨大な庭園をそのまま切り取ったかのような大温室だった。色とりどりの熱帯植物に、たくさんの蝶、爬虫類などの小動物。艦首部分の巨大なキャノピーがガラス張りのように機能しており、それが艦内の吹き抜けを充たす陽光の出どころだった。
『わあ、すごい。こんなに広い温室……って久遠さん! ちょっと待って下さいよ!』
小躍りするような足取りで陽射しの中に躍り出たとは正反対に、久遠は迷うことなくずんずんと大温室の奥へと歩いていく。すぐに開けた広場に出た。久遠が広場の中央に横たわっている少女の人影を指差すと、いのりは顔色を変えて駆け寄っていった。
『久遠くん。それ……』
そこに倒れていたのは、腰まで届く透明な髪の少女だった。華奢な身体つきに、背中が大きく空いた検査衣のような薄い衣類。露出した肩と太ももには久遠の頬のものに似た黒い刻印が為されていて、少し離れた場所には彼女のものと見られる車椅子が転がっている。
何よりも特徴的だったのは、頸部から背部にかけて露出している黒い隕鉄製コネクタ。〈アルマの器〉や〈太刀〉と同じ黒光りした質感を放つそれは、極太のコードによって図書館の設備と接続されていた。コードというよりも、首輪か枷かといった印象だ。
「機械人形の類いなんだと思う。見た感じ時間は経ってるけど、手当すれば、また――」
『人造人間、ホムンクルス』
いのりは語感を舌の上で確かめるような口調で、ゆっくりと呟いた。
「ホムンクルス?」と久遠が訊き返す。
『ヒトの形をした神獣です』
「なら、意識が戻れば、何か手がかりを得られるかもしれない」
そう言って久遠は、ホムンクルスの肩を抱き上げる。うなじに挿さった極太のコードが少しだけ邪魔だ。意識は無いようで、四肢はだらりと弛緩し、口も眠ったように半開きになっている。背中まで伸びた透明な髪や長いまつ毛は、一本一本がガラスのように透き通り、西陽で黄金色に染まっていた。……導光素材なのだろうか。
『へんたい』
「少しくらい見惚れたっていいだろ」
人形の華奢な肩を抱き起こした久遠。人形の控えめな胸の膨らみに、ニンゲンなら心臓があるべき左胸に、いのりが憑依しているものと同じ、片刃の太刀が突き刺さっていた。
「……アルマの太刀だ」
大温室を飛び交うモルフォ蝶の一羽がふわりと近寄り、ホムンクルスの髪に留まった。まるであつらえむきの髪留めのようで、いのりが微笑ましげに手を合わせた。蝶が逃げないよう、綺麗に切り揃えられた前髪をそっと退かすと、久遠は痛ましげに呟いた。
「火傷もしてる。錬金術なら何とかできるか?」
『生体部品が多いですね。Ⅲ度熱傷に肥厚性瘢痕も出ています。適切な治療を施せば治癒できるはずですが、ステロイドの投与……ここの備品だけで間に合うかしらん』
いのりはそう言いながら、ホムンクルスの容態を確かめ始めた。光双安定素子だとかキャリアプラズマ分散だとか、怪しげな単語をぶつぶつと呟きながら、久遠に記録を取らせた。久遠は言われるがままに鉛筆を握り、ノートにメモやスケッチを書き込んでいった。
果ては、焼け焦げた衣類の採寸まで始めさせる始末。果たして下着の採寸まで必要なのかと流石の久遠も疑問を抱いたが、敢えて言葉には出さなかった。
「この子の火傷を治すんじゃなかったのか?」
『ええ、それだけじゃ済みませんよ。明日に備えましょう、忙しくなります』
「忙しくなるって?」
『修繕に使う薬や光学部品を錬成するんでしょう? 錬金術師なんですから、わたしたち』
「でも、錬金炉が……此処には植物園と同じ設備なんて無いじゃないか」
今度はいのりがにやりと笑う番だった。
彼女はいかにも師匠っぽく人差し指を立てると、
『たしか、オシラサマの子宮は錬金炉と同じ構造なのでしたよね?』
少しだけ自信ありげに片目をつむった。




