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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第弐話 図書館塔の占星術師
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3:ちょっと生意気なんじゃないですかね?

 ……七日後。いのりの透けた霊体が、豊かな午前の陽射しを受けてきらきらと煌めく。風が吹いてあたりの草花が揺れると、いのりの霊体と息づかいに一瞬だけブロックノイズが雑じった。今日のいのりは、探索用のエプロンドレス姿。背中まで伸びた桜色の髪はリボンでしなやかに一本に纏められていて、依代である〈アルマの太刀〉は腰の位置で浮遊していた。


 いのりは透き通った水際まで歩み寄っていく。霊体だから濡れる心配も無いのだろう。ちゃぷちゃぷと編み上げブーツの靴先で水面を蹴り上げていた。


『さてっ、久遠くん! あそこが今回の踏査目的地である〝図書館〟の所在地。かつて天の方舟の巫女たちが住まわれたとされる〝首都遺構テラノバ〟ですっ!』


 どうやらその都市の正体は、湖面から屹立する無数の恒星間移民船の遺構のようだった。鏡のように青空を吸い込んだ湖畔には、ガジュマルやタコノキとおぼしき巨木に呑み込まれた巨大な宇宙船が幾つも垂直に突き刺さっている。そのひび割れたガラスやセラミックの外装の歪みから、絶え間なく澄んだ水が溢れ出ているのだった。


 幾星霜にも及ぶ昼と夜の繰り返しは、神話の時代に星々を旅した方舟さえ、ただの花壇か箱庭かに変えてしまうらしい。艦体の装甲の継ぎ目を流れ落ちる真水のせせらぎも、艦砲の砲身で咲き誇る色とりどりの草花も、今ではトドゥルの日常を形作る一風景でしかない。


「いや、どう見たってあれは〝図書館〟じゃ――」


『〝図書館〟なんです』


 久遠の異論を遮るように、いのりはぴしゃりと食い気味に復唱した。いのりはツカツカと久遠に歩み寄ると、腰に手をあてて、大層御立腹したように続けた。


『だいたいなんですか。さいきんの久遠くん、ちょっと生意気なんじゃないですかね?』


「いや、だってあれを〝図書館〟と言い張るのには、流石に無理が――」


『お姉さ――じゃなかった、師匠はご立腹なんです!』


 慌てて自分のことを師匠と言い直して、いのりは『ふんっ』とそっぽを向いた。


『あそこには、古代液晶文明時代のトドゥルの記録が多数所蔵されているといいます。かつてこの星で何が起きたのか、誰が生きていたのか――久遠くんは、失った記憶のこと、この世界のこと、もとの世界に帰る方法のことを、知りたくはないんですか?』


「そりゃ知りたいよ。知りたいけどさ……墓所から七日、途中で寄った中継都市べナックの廃墟からは三日。本当にこんな場所に賢者の石が所蔵されてるのかね」


『そっれを確かめに行くんでしょーが! 植物園の温室で過ごしてばっかりで、遂にアタマまで温室になっちゃったんですか! この穀潰し久遠くん!』


 非道い言い草だった。


「何も食わない身の上のくせに、穀潰しとはご挨拶だな」


『あーっ! 非っ道ーい! ゆーれい差別ハラスメントだぁっ!』


 久遠は、返事を寄越すのすら至極めんどくさい……というような表情を浮かべた。


『ねえ、いま、めんどくさいって思った』


「……思ってない」


 久遠はジト目で絡んでくるいのりをいなそうとして、誤って胸に右手をぶつけた。革手袋を嵌めた久遠の右手はいのりの霊体をすり抜け、空を掠める。『久遠くんのへんたい』といのりはたおやかな胸を腕で覆い、冷ややかな視線を久遠に浴びせた。


「頼むから、だる絡みするのやめてくれない、いのり」


『師匠』


「……くれませんか、師匠」


『よろしいっ』


 久遠はもう何も考えないことにした。


「対岸までは目算で、五〜六キロってとこかな。あそこから対岸に渡れば早そうだ」


 久遠は波打ち際から湖の対岸に伸びる〝道〟を指さした。大量のオシラサマの遺骸の山が湖の浅瀬に積み上がるように水没し、飛び石のように対岸まで続いていた。


『まるでオシラサマの墓場ですね』


 久遠は折り重なった神獣の遺骸の背中を歩いて湖を渡り始めた。うしろから見守るようにいのりがついていき、久遠がバランスを崩したときにはアルマの太刀を差し出して、これに掴まらせた。幽霊と青年が手を繋いでいるように見えなくもない。


 渡り始めてから十分ほどで、三分の一くらいの距離に到達する。湖面は信じられないほどに澄んでいて、神獣の遺骸の水没した部分(大部分が錆び朽ちていたが)だったり、そこを住処にして生きる小魚の群れが、手に取るようによく見えた。久遠は、錬金炉で出力した携帯食料や植物園に備蓄されていた謎の乾燥食品などに飽き飽きしていたので、こいつらを焼いて食ったらきっとたまらなく美味しいんだろうなあと思った。


 二人は亀の神獣の骸の上で休憩をとった。機械にしては凹凸が少なく、ぷかぷかと波に揺れる亀の神獣の甲羅は、まるで浮き島だ。荷物を整理する久遠の背中を、いのりは何やらうずうずと窺っていた。そしてやがて我慢できなくなったのか、やおら声をかけた。


『久遠さん! 久遠さん! こっち見てみてください!』


 身を寄せて遠くを指さしたいのりに一瞬だけドキっとしながら、久遠はいのりが指さす方を見た。いのりはいのりらしからぬ、しめた、というような悪戯っぽい笑みを浮かべ、アルマの太刀の柄で『えいっ』と久遠の背中を小突いてみせた。


 久遠は「うわわ!」という上擦った声とともに、ばしゃーん! と湖面に落っこちた。


『あはははは!』


 いのりは腰に戻したアルマの太刀に手を翳すと、自身の霊体を変化へんげさせた。パレオつきの白いタイサイドビキニに麦わら帽子。要するに水着姿への変身だった。上には白い半袖のワイシャツを羽織り、すらりと伸びる彼女の健康的な長身が露わになる。だが……。


「え、なんでそんなことしようと思ったの?」


『え、あの、いや、つい魔が差したといいますか……ああっ、泣かないで久遠さん!』


 久遠は、まるで飼い主に捨てられた仔犬のような瞳でいのりを見つめていた。けれど慌てふためくいのりを見て「くすっ」と笑うと、ガラスアンプルを抜き出してひょいと放った。アンプルは霊体をすり抜けて、宙に浮く太刀にあたって砕けた。


『え? ひゃああっ!』


 アンプルは出力を抑えた電磁パルス。アルマの太刀が一瞬だけ機能を停止し、そのまま湖面にぽちゃりと落っこちる。無論、いのりの霊体も太刀に引きずられて水に落ち……。


『ちべたぁっ!』


 久遠はにやにやと水に落ちた太刀を鷲掴みして「しかえし」と言って笑った。歩きっぱなしで汗だくの身体に、驚くほど澄んだ真水が心地よかった。

 

 すべての人類が逝去した世界に、水を浴びる青年と少女の声が響きわたる。


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