2:アルマについて
その後の数日間は、目まぐるしく流れた。錬金炉や結界石の修繕、神獣に荒らされた墓所の復興は、少しずつだが軌道に乗りはじめた。錬金炉の修理が進むと神獣と戦うためのガラスアンプルが量産できるようになり、墓所を攻めてくる神獣の誘導も容易になっていった。
久遠は来る日も来る日も、植物園の地下室の扉の前に立った。意を決して、ドアノブをひねる。だけど、あいも変わらず扉はびくともしない。
「はあ……」
久遠はため息をついた。居候の生活が始まり、あっという間に一週間。記憶の手がかりは見つかっていない。
『――ですから、アルマについて調べに行きましょうって言ってるんです』
ある朝、いつもの温室の東屋でいのりがそう切り出した。ミニテーブルに座っていた久遠は、錬金術の指南書から目を離し、胡乱げに返した。
「やだよ、昨日も素材集めでおでかけしたばっかじゃん……もぐ」
テーブルの上のお皿からクッキーを一枚取ると、もぐもぐと咀嚼した。久遠が自前で焼いたクッキーは、可愛らしい人形のかたちに型どられている。というのも植物園の裏庭や温室に、食べられる植物がたくさん自生していたのだ。食料の問題はあっさりと解決。偶然墓所の隅っこで見つけた穀物を粉にして、お菓子作りに挑戦できるほどになっていた。
『だーっ! もうっ! いいですかっ!』
いのりは両手を突き上げた。怒りで霊体にブロックノイズが奔っていた。
『あれから一週間が経ったんですよ? 久遠くんの正体も、失くした記憶の手がかりも、元の場所に帰る方法も、地下室の鍵を破る手立ても、なーんにも解決してない! だのに久遠くんと来たら、来る日も来る日も食っちゃ寝、食っちゃ寝……』
「さいきんよく悪夢見るから、食っちゃ寝ってよか不眠症だけどどう」
『うっるさーい!』
「何が不満なんだよ。おれはここの生活、存外気に入ったのに……もぐ」
『わ、た、し、が! 不満なんですよ! なんですかこんな美味しそうなクッキーとか作りやがって! 幽霊でなーんにも食べられないわたしへのあてつけかなんかですか? あーはいはい、言い訳なんて聞きたくありません! 聞かないったら聞きませんったら!』
久遠はずずーっと、美味しそうにミントティーをすすった。
『〜〜〜〜ッッッ!』
いのりはヒュゴォオオオとかいう声にならない怒号をあげ、両の拳を振りかざした。
『食べて飲むしか能がないんですか、あなたは!』
「穀潰しかな?」
『錬金術の勉強をもっとしなさいな!』
「いまおれが読んでる本があんたには」
『いのり』
「いのりにはお菓子のレシピかなんかにでも見えるのか?」
『は? どう見たって桜満書房の行政錬金術概論じゃないですか。量の目腐ってるんですか』
「きれそう」
定時で作動する噴霧器が音を響かせ、温室に張り巡らされたパイプから霧が吹き出す。
『いや、言いましたよ、わたしだって。ええ言いましたとも。ゆっくり考えましょうって。だけどですよ? 墓所が襲われ始めたのと、あなたが迷い込んできたのは、偶然の一致とは思えません。やはりアルマについて調べるべきです。結界石が壊れた経緯、その事情を知っているかもしれない黒い太刀の持ち主について。それに……』
「アルマの手がかりから、おれたちが置かれている状況についてわかるかもしれない」
『わかってるなら、クッキーとか作ってる場合じゃないですよね!』
「だって、どうやって調べるっていうんだよ。植物園の日誌や資料には、アルマについての記述はほとんど見つからなかったじゃないか」
『賢者の石を探すんです』
「賢者の石?」
『賢者の石とは、錬金術のレシピだと教えました。つまり賢者の石を集めることは、この星の知識を集めることに直結します。錬金炉で作れるものも増えますし、一石二鳥です。そしてそれらは神獣の体内、廃棄された錬金炉、この星の広範に散りばめられています。ですが……そうですね。それをひとところに集めた場所を当たったほうが得策でしょうね。賢者の石が数多く収蔵されていて、かつアルマに関する手がかりも見つかりそうな場所へ行くんです』
「はは、まさか、都合よく図書館みたいな場所があるわけでもあるまいし」
いのりは、スン……と遠い目を浮かべた。
『なるほど。図書館、ですか』
久遠は乾いた笑みで、ガラスのティーカップに口をつけた。ミントティーを啜る。
「ははは、まさか……」




