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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第弐話 図書館塔の占星術師
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1:その炉の中で起きる奇跡

 薄暗い工房に挿し込んだ微かな朝の光が、部屋に舞うホコリや塵といった粒子を星屑のようにまたたかせる。レンガ造りの窯炉の前で、いのりの桜色の瞳と髪が揺れた。


『いつからか、その炉の中で起きる奇跡を〝錬金術〟と呼ぶようになった。だからそれを使って奇跡を起こす人々は、錬金術師と呼ばれるようになった……』


 明くる日。久遠といのりは、さっそく錬金炉の修繕に取り掛かっていた。いのりに基礎を教わりながら、昨日の冒険で採れた素材を使い、錬金炉を操作する久遠。ちん、という間の抜けた音が聞こえてくると、いのりは久遠に告げた。


『窯炉のふたを開きましょう。出力が終わっているはずです』


「わかった。錬金炉のふたを開けるぞ」


 炉の火が落ちていることを確かめてから、久遠は革手袋をはめた手で窯のふたを開いた。

中に広がっていたのは、きらきらときらめくパステルカラーの繭玉だった。


『サポート材と呼ばれる、錬金工程で生じる余剰物です。かつてこの星を治めていた〝天の方舟の巫女〟たちは、この〝錬金炉〟の中で形成される虹色の繭玉を、錬金術がもたらす〝奇跡〟の象徴として捉えていたそうです』


「奇跡、ねえ」


『特に貴重なものでも何でもないので、手で割っちゃって平気です』


 良く言えば虹色の繭玉、悪く言えば菌糸といったふうのそれをばりばりと手で割っていくと、翡翠色のきれいなガラスアンプルが中から現れる。


 久遠は宝石みたいにきらめくそれを取り出して、たぷたぷと揺らしてみた。

薬品のたぐいだろうか、少し粘りけのある液体が収まっている。


『ほら、これが終わったら次は出力結果の洗浄と研磨です』


「ふむ」


 久遠は天窓から射し込む陽の光にガラスアンプルを透かして、出来を確かめた。

くるくると天井でまわるシーリングファンが日向と日陰を交互につくりだし、そのたびにアンプルが切子細工のようなきらめきをアトリエ中に撒き散らす。


 乱反射した翡翠色のきらめきは、夜闇のように真っ黒な久遠の虹彩に吸い込まれていく。

久遠はきらきらと目を輝かせ、息を呑んだ。


「まるで宝石みたいだ」


『ええ、美しいでしょう? 錬金術が多くの人を魅了してきた理由です』


 いのりも最初こそ達成感のにじんだ表情で久遠を見守っていたが、ふっと表情を崩した。


『でも、やっぱり分解能が低いですね。賢者の石が足りていないから』


「賢者の石?」


『平たく言えば、錬金術のレシピです』


「レシピ? 錬金術のレシピなら、そこに……」


 テーブルの上に広げた書物や日誌、メモ書きを指さすと、いのりは首を横に振った。

桜色に透けた三つ編みが、ふるふると揺れた。


『そこに書かれているのは、言うなれば材料としてのレシピ。賢者の石は、錬金工程について記したレシピなんです。謂わば、炉の中で起きる〝奇跡〟のメカニズムについて言及したレシピ。出力前に、炉内に賢者の石を挿入したでしょう? それが足りていないんです』


 久遠は、たった今失敗作の烙印を捺されたばかりのアンプルをテーブルに置いた。なるほど確かに、ガラス製品なのにところどころが糸のようにほつれていたり、余計な幾何学模様が表面に浮いていたりして〝不自然〟だ。


「要するに、まだまだ完全な錬金炉には程遠いってことか」


『錬金炉を治すには錬金炉で作った部品が必要。壊れた錬金炉で拙い部品をつくり、拙い部品で少しだけ錬金炉を治す。それで少しだけ良くなった錬金炉で少しだけ良くなった部品を作り……あとはその繰り返し。気が遠くなりますケド、地道に進めるしかないですね』


 久遠は出力の終わった錬金炉の中を掃除し始めた。炉心に残ったパステルカラーの繭玉……サポート材を手で割って粉にして、羽ぼうきとちりとりで丁寧に掃き出す。


「なんか役に立たないの、これ」


『お庭とかに、ぱあーっと撒いたら綺麗かもしれませんね♪』


「ゴミだから捨てる……っと」


 ちりとりのサポート材をさらさらとゴミ箱に移す。


「おれが安心して記憶を取り戻すためにも、神獣から墓所を守りながら、賢者の石を集めて錬金炉を治していくしかないってことか」


『ええ、お疲れさまです。賢者の石の問題は、また落ち着いてから考えましょう』


 いのりは、ぱんっと手のひらを合わせて改まった。


『改めてようこそ、雲野久遠さん。わたしの……植物園に』






 新しい生活で覚えることは多い。いのりが温室の東屋へふらりと出ていったあと、久遠はテーブルに開いていた日誌を手にとって、ぺらぺらとめくった。


 植物園の歴史や錬金術のレシピ、神獣の図解など、書かれている内容はさまざま。

そのどれもがボールペンで手書きされている。

丸っぽかったり荒々しかったり、人それぞれの字のクセや書き込みの量が、たしかにこの植物園で大勢の人が過ごしてきたのだと久遠に訴えかけてくる。


 数千冊ぶんの生活を綴った日誌に共通するのは、いのりが話してくれた言語ぐらいだ。


「記録言語八十一番。符号単位八。トドゥルで五万年以上前に栄えていた、古代液晶文明の時代から使われてきた錬金術師の公用語、メイリオ文字、ね」


 ぱたんと日誌を閉じて、書棚の山に戻す。

久遠は数千冊にも及ぶであろう膨大な日誌の山を見上げて、呟いた。


「でもこれって、どう見たって日本語なんだよな」


 その声は、いのりには届かなかった。


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