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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第壱話 墓所惑星の錬金術師
24/67

22:わたし、錬金術師ですから

 もう夕方だった。植物園への帰り道、二人は植物園のある丘の近くまでたどり着いた。

 

 丘の上の蔦に覆われた神殿、斜面に設けられた階段を上がり切ると、いのりは『見てください』と言って、夕暮れ色に染まる墓所やレンガ畳の街並みを指さした。


 すると、どういうことだろう。街並みのなかを歩く、住民たちの姿が見えるじゃないか。行き交う雑踏は、一様にいのりのように透けていた。つまり、いま久遠の目に映る彼らは、みんな幽霊だ。


「本当に幽霊たちが暮らしてるんだな、この街……」


『一日に二回、明け方と夕暮れのわずか数分間。東日や西日といった陽射しで目がくらむ時間帯にだけ見られる光景です。この墓所にはわたしだけでなく大勢の幽霊が暮らしています。ですが、視覚で知覚できるのは、アルマの器や植物園のように霊体を可視化する機構が近くにある場合にのみ……』



「こいつらは、この短い時間でしか姿を現わせないっていうのか?」


『普段もいますよ? 存在が希薄だから、光の加減で見えていないだけです。黄昏時の光だけ、かすかに彼らの姿を見ることができるというだけ。でもね、わたしはこの光景がとても好きなんです。たとえ触れることの出来ない夢幻だとしても、それはこの墓所に多くの人が生きてきたという証であることは確かなのですから』


「触れられない?」


 久遠は、横を通り過ぎた男の子の手を握ろうとした。

だけど、二人の手は空を掠める。男の子の幽霊は久遠の存在には気づかず、向こうにいる母親の幽霊と手を繋いだ。久遠は呆気にとられたようにその後ろ姿を見送ったが、よくよく考えれば幽霊に触れられないことは身に沁みている。


 ただ、触れられないことはおろか、おれの存在まで向こうからは知覚されていないのだということに気づいて、一抹の寂しさが胸に去来していた。

 

「……ここじゃ、むしろ幽霊なのはおれのほうかもしれないな。いのりも彼らと話すことは出来ないのか?」


『アルマの器やわたしの植物園は、特別霊体を構築しやすい環境にあるんです。そういった特殊な条件に置かれているわたしのような幽霊は、彼らに干渉することも、彼らから知覚されることもない。この国の住人たちは外の世界のことなどつゆ知らず、ああやって永遠を彷徨うんです』


「ぞっとしないなあ。おれもあんたも、この墓標だらけの街で一人ぼっちってわけだ。これだけたくさんの幽霊に囲まれているっていうのに」


『いえ、彷徨えばいいんですよ。神獣に滅ぼされるとわかる時代に子どもを生むようなひとたちなんて』


 久遠は、いのりが母子の幽霊の背中を見つめる視線に気づいて目を丸くした。……ひどく軽蔑に満ちている。


「意外だな。いのりのことだから、子どものことも好きだとばかり」


『きらいです、子どもは』


 いのりはきっぱりと言い切った。


『ヒトは生きているかぎり、ふたつの罪を背負っています』


「ふむ」


『ひとつめは、食べること。生きるためには、ほかのいのちを殺さなくてはならない』


「ふたつめは?」


『子どもを産むことです。それはときとして、ヒトを殺すよりも残虐な行為です』


 いのりは『子どもはきらいです』と繰り返した。


『自分が加害者であることにも、被害者であることにも気づいていない』


「子どもが怖いんだな」


『子どもが好きって理由だけで子どもを産まれたら、子どもはたまりませんでしょ?』


 久遠は頭上を指さした。


「そういえばさ、あの空に浮かぶ真昼の氷の月は……」


『ツキ?』


「天体。衛星のこと」


『ああ、それならマザランですね! トドゥル第一衛星、氷のマザラン!』


 元気そうに〝氷のマザラン〟とやらを指さしたいのりは『ねえ、久遠くん?』と続けた。


『これは、あなたが守ってくれた景色なんです』


 白んだ空が群青を経て、暗闇へと向かい始めると、街中の幽霊は霧のように霧散して、消えた。


『さて、長い二日間でしたがひとまずは一件落着ですね。あなたはこれからどうするんですか?』


「おれは、これからどうすればいいと思う?」


『どうしたいですか? 植物園に戻って、錬金炉を直して、結界石の修理を進めていかなければなりませんが、結界石を直す算段はつきました。身の安全がある程度保証されたのであれば、この世界はあなたの思うままです』


「おれは……」


 久遠は途方に暮れ、ひとつひとつ、言葉を選ぶように言った。


「おれは、帰る場所や自分の記憶を思い出したい。どこから来て、何を忘れてしまったのか」


 いのりは『なら、こうしましょう』と手を打った。


『ひとつわかるのは、いずれにせよここからしばらくはあなたに寄る辺がないということ』


「うん」


『つまりどうせあなたは、わたしの植物園の居候になるということです』


「うん?」


 久遠は胡乱そうな顔を浮かべた。


『あなたをわたしの弟子に任命します。錬金術を教えると言っているんですっ!』


 いのりは人差し指を立てると、宣言した。


『わたし、錬金術師ですから』


第弐話「図書館塔の占星術師」に続く

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