18:力を、貸してくれますか?
あっ、これはもう死んだかも……と思って、目をきゅっとつぶっていた久遠が恐る恐る目を開けると、辺りは赤い光と砂煙に包まれていた。
少しだけ様子がおかしい。砂煙がほぼほぼ止まって見えているのだ。
「まだ生きてるのか、おれは……」
アルマの太刀を握りしめたまま、呆けたように周囲を見渡す。
『……アルマの器の初回起動がもたらす局所的時間減速です。重力鋲の抜錨時に強い偏重力が生じて、一秒が数百倍くらいに伸びているだけなので安心してください』
「イノ、リ……?」
傍らに永久野いのりの霊体が佇んでいることに気づくと、久遠はハッと気を取り戻した。手元の太刀を見やると、太刀の血流しから桜色の燐光が吹き出し、燐光はいのりの霊体を形作る。太刀への憑依が成功したのだ。いのりは三つ編みを翻し、柔らかく微笑みかけた。
『はいっ、いのりです。生体荷電粒子砲、偏重力で逸れてくれたみたいですね』
久遠の手の中で〈アルマの太刀〉は正常に起動していた。血流しの溝から噴霧される淡い桜色の燐光が、いのりの繊細な霊体を織り成している。いのりはフレアスカートの裾に手を当ててしゃがみ込むと、呆れたように言った。
『教わってもいないのに、はじめての施術で戦闘中錬金出力を試みたなんて。わたしだって最初に成功させたのは、錬金術を習いはじめてから四年が経ったころのことだったのに』
「……植物園の日誌を読んだんだよ」
『あなたのこと、誤解してました』
いのりが久遠に歩み寄り、太刀を受け取る。霊体でありながら、太刀を軽々と持ち上げるいのり。白い髪と虹彩が淡い桜色に染まった。
「誤解してたのはおれも一緒だ。あんたが言ってた墓所惑星って言葉の意味、ようやく実感できた気がする。あんたが背負ってるものとか、網膜に刻みつけられた」
『それは重畳です』
視界を覆い隠す砂煙は徐々に晴れつつあった。
『わたしとあなたは運命共同体。この星、トドゥルの最後の人類。わたしは全人類が逝去して数万年が経ってなお、この星を復興させたいと考えています』
「ここに眠る幾億の故人たち、眠っていたほうがしあわせだって考えたりはしないのか?」
久遠は淋しそうに、傷ひとつない脇腹をさすった。いのりは気づかないふりをしていた。前を向いて、悲しげな表情を隠していた。
『それを確かめるために、復興したいんです』
「独善的だな、錬金術って」
『否定はしません。怖いだけなのかもしれません』
いのりは太刀の峰に額をあてると、祈るように祝詞をあげた。
『天の福音を預かりし、星見の巫女が語りかけん……』
桜色の魔法陣に包まれたいのりは、ちりちりとブロックノイズが雑じる自らの指先を眺めた。いのりは、ノイズにまみれた不自然な声で言った。
『賢者の石が足りない。霊体を維持できているうちに、一気にカタをつけましょう』
「あいつを殺すのか?」
『まさか。幽霊は生きている存在を尊重すべきです。今、この星の住人は彼らの方ですから』
「それじゃあ……」
『肝要なのは生者と死者の棲み分け。互いが互いの領域を尊重すること。ちょっとだけ神獣を驚かせて、墓所から遠ざけます』
視界を覆う赤い靄が消え、偏重力が解消され、時間の速度が徐々に戻っていく。
『久遠くん』
永久野いのりは、雲野久遠に覚悟を問うた。
『力を、貸してくれますか?』
「もちろん」
砂煙が、晴れる――。




