17:賢者の石、読み出し開始!
「ぷはっ!」
……次に気がついたとき、久遠の身体は宙を舞っていた。たった一秒未満に過ぎないが、投げ飛ばされた衝撃で意識を失っていたらしい。意識を取り戻した久遠の視界に映ったのは、限りない青、青、青――。
「落ち、てる……!」
戦闘中錬金出力は? 神獣は? アルマの器は?
あの後どうなった?
青空の中でもがきながら、なんとか姿勢を安定させようと空中で身をよじる。
だけど、彼の真っ黒な瞳に映ったのは――。
「これは……!」
トドゥルの引力の虜になっていく中で、青空に吹き飛ばされた久遠は見た。
空に浮かぶ氷の月。猛り狂う神獣。広大な砂丘。二人で探索したラクウショウの樹海を。
久遠が迷い込んだ丘の上の植物園と、ピラミッド型の小温室を。
その周囲に広がる墓所や花畑。廃墟と化したレンガ畳の町並みを。
色とりどりの花畑に建ち並ぶ大理石の墓標は、幾万、幾億と等間隔に佇んでいて。
地平線の彼方まで、どこまでも続いていく。
「この星は、どこまで行ってもお墓しかないのか……」
そこまで呟いて、久遠は目を見開いた。
植物園で何気なく読んだ日誌の一文が頭をよぎる。
〝見渡すかぎりの花畑。この地表を埋め尽くす無数の墓碑〟
〝それがわたしたちの暮らす墓所惑星のすべて〟
そして、いのりの言っていた言葉を。
〝ようこそ、無数の墓標と花畑に覆われた無人の惑星、トドゥルへ……〟
「墓所惑星って、そういう意味か……!?」
久遠の身体はじつに十秒ほど宙を舞ったのち、砂丘の稜線に頭から落ちた。受け身をとりきれずに悶絶し、砂ぼこりをたてて無様に砂丘を転がり落ちる。口のなかに砂がたくさん入って、貴重な水分をもっていかれる。久遠は跪いて「げほっ! ぺっぺっ!」とむせた。だけどそれは些末な問題だった。それ以上のことを、今の一瞬で久遠は悟っていたのだから。
「まさか、この星全部がお墓になってるなんてことが……」
あり得るのか? 全人類が絶滅して、そいつら全員がお墓となって星一つ覆い尽くしてしまった世界なんて。だけど、いま足元の砂丘を手で掻き分けただけで、地面の中から墓碑みたいな石のタイルが顔をのぞかせるんだ。ここにあるひとつひとつに違う名前と数字が彫られていて、名前の数だけヒトが暮らしていたんだという実感が、説得力を迫りくるんだ。
「あいつは……永久野いのりは、ひとりぼっちでこんな世界を彷徨っているのか……?」
五万年とかいう途方もない時間を? こんなどうしようもない星で?
……あれだけ暴れていた白いキツネのオシラサマが動きを止めた。霊体で出来たキツネの身体と機械仕掛けの骨格が、虹色の光に包まれていく。
「なんだ、あれ……」
戸惑う久遠の前で、苦しそうに身悶える神獣の体から、一振りの太刀が飛び出した。
――そう、錬金術の出力が成功したのだ。
くるくると青空を舞った黒い太刀は、剣先から砂丘に突き刺さる。
隕鉄特有の波紋が黒光りする片刃の刀身。その血流しに、淡い桜色の燐光がほとばしった。
あれが……。
「あれが錬金術で生まれ変わった、いのりの新しいアルマの器……!」
久遠の決断は早かった。
「うわっ!」と砂に足を取られながら、新しい太刀に向かって走り出す。オシラサマはひときわ大きな雄たけびをあげると、殺気を飛ばした。
……間に合わないかもしれない。
「それでもッッ!」
あいつの背負ってるものを、少しでも垣間見れたから。
この目の奥に刻みつけられたから。
久遠はアルマの器の中に残っていた賢者の石、その最後の一本をベルトから抜き出した。
負けじとオシラサマも顎を開き、生体荷電粒子砲の発射体勢に入る。
喉の奥の紫色の光が輝きを増していく。
「間に合わせるんだッッ!」
すんでの差で、新しいアルマの器――〈アルマの太刀〉のもとに辿り着いた久遠。
引き金のついた柄の根本に、最後の賢者の石を挿し込んだ。
そしてひどく必死そうな形相を浮かべると、オシラサマの咆哮に応えるように、
「賢者の石、読み出し開始! 行っけぇーッ!」
アルマの太刀を引き抜いて構え、引き金にかけた指先に力を込めた。
同じ瞬間、オシラサマが放った紫色の粒子ビームが久遠のもとに着弾する。
耳を裂く衝撃波のあと、あたり一面が、砂煙に覆われた。




