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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第壱話 墓所惑星の錬金術師
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16:戦闘中錬金出力

 雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。砂丘と樹海と、墓所。三つの領域が交わる場所で、久遠は残骸となったアルマの器と黒い太刀を胸に抱えながら立ち上がった。極度の緊張で手は震え、背中は嫌な脂汗がじっとりと滲んでいる。


 何秒、何分かはわからない。じりじりと砂から立ち上る陽炎の中で、久遠と白いキツネのオシラサマは睨み合っていた。久遠はゆっくりと、器や太刀をバックパックのポケットにしまい込んだ。


 アルマの器を復元するために、あいつ自身の錬金炉を逆手に取る。言葉だけで言うのは容易いが、錬金術をやったことなんて無いのだ。手がかりになるのは、これまでのいのりの言動と、植物園から持ち出した一冊の日誌だけ。探索の合間や寝る前に少しだけ目を通しておいたが、あれは錬金術の手引書でもあるようだ。


「まずは、アイツに取り付かなければ始まらないな――ッ!」


 先に動いたのはオシラサマの方だった。白いキツネのオシラサマは砂ぼこりを巻き上げて、姿を消す。久遠は慌てたように周囲を見渡した。だが、砂ぼこりが薄れても、砂丘のどこにも見当たらない。


「……どこから来る!」と身構える久遠。


 眩しい陽射しに目を細めた瞬間、久遠の目の前にオシラサマの巨躯が現れた。容赦なく飛びかかってきたオシラサマを前に、恐怖で足をガクガク震わせながらも、久遠は土壇場で正気に戻り、横に身を投げた。


 すんでで突進を避け、久遠はオシラサマの後ろ足に手を伸ばす。衝撃で肩が脱臼しそうになったが、歯を食いしばり、オシラサマの後ろ足にしがみついた。


 久遠は泣きそうな顔をしながら、オシラサマの後ろ足をよじ登っていった。墓所の結界石へ向かって突進していたオシラサマは、自身に取り付いた〝ニンゲン〟を認識したのか。その場で足をとめ、久遠を振り落とすように砂丘で大きく身震いした。


 オシラサマから振り落とされないよう、久遠はベルトからカラビナを引き出すと、オシラサマの重心近くにある骨盤あたりのスタビライザーにくくりつけた。久遠は懸垂の要領でぐっと身体を引き寄せると、そのまま機械じかけの子宮を覗き込んだ。


 炉は閉ざされていたが、久遠が手を伸ばした瞬間、炉の周囲に魔法陣が出現する。無数の四角い形の魔法陣が久遠の周囲を包み込む。メイリオ文字で書かれた無数の文字情報がスクロールしていく中、錬金炉の奥から無機質なニンゲンの声が流れ始めた。


『施術者確認。生体スキャン開始。右頬部にQRコードを確認。天の方舟への照会。施術者、雲野久遠。トーテムオペレーターより上位の権限を確認。施術者に対し、優先的に錬金システムを開放します』


「錬金炉が、しゃべった?」


 そう呟いた瞬間、蓋で閉ざされていた錬金炉が開き、内部の炉心が再び露わになる。もう何度か見た、神獣の胎内に広がる虹色の繭玉。こころなし、その輝きも増しているように見えた。なぜ錬金炉がしゃべったのか、炉が開いたのか。繰り返す疑問の前で唖然としていた久遠だったが、しかしオシラサマが見をよじったことで生じた衝撃でハッと意識を取り戻した。


 そう、驚いている暇はない。おれは今、暴れる神獣の身体に取り付いて、その子宮の前で作業を始めようとしているのだから。久遠はおそるおそる、バックパックを手探りで漁り、植物園日誌を取り出した。付箋の貼ってあるページを片手で開き、錬金炉脇の安定した場所に開いたまま置いた。もうヤケクソだ。これを読みながら作業をするしかない。



〝戦闘中錬金出力は交戦状態にあるオシラサマに接触し、ゼロ距離から生きた錬金炉を使って戦況の打開をはかる国定錬金術師の高等施術です〟


〝錬金術は触媒である賢者の石と、気・血・水の三柱に基づいた三つの素材を錬金炉に投入することで、まったく新しいものに作り変える技術。まずは賢者の石を炉に挿入する必要があります。戦闘中錬金出力では神獣やアルマの器から採取した最上位の賢者の石を使います〟



 久遠はひしゃげたアルマの器に入っている賢者の石、二本のうちの一本を抜き出すと「うわっ!」と悲鳴をあげた。オシラサマが身をよじって、振り落とされそうになったのだ。そこを変に踏ん張ってしまったせいで、躯体にくくりつけたカラビナがビンッと張り、腰の骨に衝撃が走ったのだ。腰が抜けるかと思った。


 たまらず、賢者の石が指から滑り落ちる。久遠は顔色を変えると、慌てて再キャッチ。側に置いていた日誌は衝撃で砂丘に落っこちていったが、記憶力には自信がある。だいたい手順は把握した。久遠が錬金炉脇のスロットに賢者の石を挿し込むと、錬金炉内から歯車が噛み合うようなの駆動音が聞こえてきた。日誌の記述では確か、この後は……。



〝三つの素材を炉内の適切な位置に設置します。このとき、気・血・水の三柱の思想を意識してください。錬金術の素材は、その出力の最終的な方向性を位置づける主素材・、その気の効果に付加価値をもたらす副素材・けつ、そして気と血の間のバランスを調整して錬金術として成立させる調律素材・すい、三つの属性の素材から成ります〟



「アルマの器の修繕が目的なら、気は器、血はこの太刀でいけるはず……」


 久遠は腰にぶら下がったバッグからひしゃげたアルマの器と、樹海で見つけた黒い太刀を順番に掴みだし、オシラサマの子宮のなかに放り込んだ。異物を検知した機械じかけの子宮は七色に光り輝き、放り込まれた二つの素材は炉内で浮いたまま固定される。



〝炉内は指向性重力制御に基づき、可能な限り適切な位置で素材を固定します。今回は位置を修正する必要はありません。最後に水属性の素材を投下してください〟



「うぇ、もう素材がない。何を入れりゃいいんだ!」


 こんなことならプ(略)を捨てなきゃよかったと心の底から後悔していた。たしかあの気持ち悪い目と口が付いた水、スイ属性にうってつけとかなんとかって祈りが言っていたな……。


「いや、違う。なんのための戦闘中錬金出力か考えろ!」


 もうオシラサマは久遠を振り落とすことを諦め、一気に駆け出していた。向かう先には、結界石で出来た墓所の境界線。あれを超えるわけにはいかない。


「時間がない!」


 ……腕力も保たない! 久遠は意を決したように、オシラサマから両手を離した。ふわっという五臓六腑が浮き上がる感覚が久遠を襲う。ロープを繋いだ腰のカラビナを支点に両足で踏ん張り、空いた両手で試験管とナイフをジャケットから取り出す。


 久遠は一瞬だけ逡巡してから、ナイフで手の甲を切り、試験管に鮮血を注ぎ込んだ。「ああああああ! 痛い! 痛い!」と涙を浮かべ、栓をした試験管を錬金炉心に放り込んだ。すると錬金炉の内部が虹色の魔法陣に包まれ、先程聞いたときと同じ無機質な声で、錬金炉が久遠に語りかける。


『現在の施術者とトーテムオペレーターが異なるため、錬金炉と賢者の石の再同調に、簡易主従契約が必要です。出力準備中に規約文によく目を通し、これに同意して下さい。ろくじゅう、ごじゅうきゅう……』


「ど、同意する! 早くしてくれ!」


 錬金炉を囲む骨格の表面に、夥しい量の文章が浮かびあがる。これが〝契約〟なのか。〝同意〝して錬金炉との簡易主従契約を更新すると、炉心が閉じて、出力が始まる。


 あとは完成を待つだけ。でももう限界だ。足も腕もしびれて、悲鳴をあげてる。オシラサマは砂埃を巻き上げておれを振り落とそうとしてる。あたりまえだ。こんなワケのわからない人間に取り付かれて、勝手に身体を弄り回られて、気分はサイアクだろうに……。


「だけど、お互い様だろう! あんただって、いのりの暮らしてる墓所を勝手に荒らしまわっているんだから! お互いにお互いの領域を尊重して暮らそうとしないから、互いの領域を土足で踏み荒らそうとするから、こうやって戦争が起きるんだ!」


 体力の限界だった。


「もう保たない、離れなくちゃ」


 オシラサマが身をよじった勢いに任せ、ぴんと張ったロープをナイフで切り裂く。

 勢いあまって、久遠の身体は真上に投げ飛ばされた。


「うわっ!」


 久遠の視界は暗転した。

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