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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第壱話 墓所惑星の錬金術師
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15:人類を滅ぼした地獄の業火

 背後から雄叫びが迫る。久遠は手にした黒い太刀で邪魔な枝や蔦を切り開いていった。


『わたしたちを追っているようですね!』


 突進してきたところを見計らい、いのりは『えい』とオシラサマの肩に飛び乗った。

 追いつかれるよりはマシ、くらいの咄嗟の判断だったのだろう。


『掴まって!』「わかった!」


 反射的に手を伸ばしあう二人。だが、久遠の手は無情にもいのりの霊体をすり抜けていく。

 いのりは『あ……』という悲しそうな吐息を洩らした。

 久遠は瞬時に判断を切り替え、すかさずいのりの依代――アルマの器に手を伸ばした。


『うっひゃあ! ちょっとどこ触ってるんですかねへんたい!』


 久遠は「やかましいわ!」と叫ぶと、両の手のひらで器を掴み、懸垂の要領で身を引き寄せた。器はまるで空間そのものに磁石で張り付いたみたいにびくともしない。久遠は重力鋲の名前の意味を理解した気がした。いのりと二人で、神獣の脇腹にしがみつく。


 キツネのオシラサマは巨木の幹に身体をぶつけながら、樹海をまっすぐ進む。二人を振り落とそうとしているのだろうか。かさかさと木の枝や葉がこすれ、久遠の肌に生なましい傷をつける。目を伏せたいのりは、久遠の腰にさした太刀を指さした。


『どうやらその黒い太刀を狙っているようです。わたしたちを振り落とそうとしました』


「この太刀を?」


『仔細はわかりかねます。いまはその太刀、振り落とさないでください!』


 オシラサマが開けた場所に躍り出る。鬱蒼とした樹海を抜けた先に広がっていたのは――。


『樹海を抜けます! 備えて!』


「砂漠か!」


 次の瞬間、オシラサマは急制動をかけた。脇腹に掴まっていた久遠の握力も同時に尽きた。

 爆発的な勢いで砂埃を巻き上げながら、久遠はオシラサマから振り落とされた。


「どわぁっ!」『うひゃあっ!』


 頭から真っ白な砂丘に突っ込んだ久遠は、咳き込みながら立ち上がった。

 慌てて腰に手をやる。太刀は……ある。

 遅れて、いのりの霊体とアルマの器も弾き飛ばされてきた。


「いのり! 無事か!」


『ええ。ですが、器にヒビが……』


 樹海を抜けた先には、不自然なくらい真っ白な砂丘がひろがっていた。じりじりと陽炎が立ち上っている。久遠は汗を拭い、砂丘と樹海の境界を見渡して、顔色を変えた。


「まずいぞ! 向こうに墓所の境界線が見えるじゃないか!」


『墓所の東側に出たようです。樹海と墓所と砂丘が交わる一種の緩衝地帯。ここも結界石が弱まってます。神獣から墓所の領域が丸見えです』


「あいつが、結界石を越えたりなんかしたら……!」


 樹海と砂丘と墓所が交わる、三つ巴の境界線。

 戸惑う久遠の目の前で、白いキツネのオシラサマは動きを止めた。

 鋭い目つきで二人を睨みつける。

 オシラサマは地面に踏ん張り、顎をぱっくりと大きく開いた。不自然なまでに開かれた喉の奥から、紫色の光が漏れ始める。


『まずい。あのキツネのオシラサマ、生体荷電粒子砲を使える個体だわ……』


「生体、え、なんだって?」


『オシラサマの裁きのいかづち! 人類を滅ぼした地獄の業火です!』


「は? あいつ、口から火でも吐くとでも――」


『だから、それが生体荷電粒子砲って言ってるでしょ……伏せなさい、久遠ッッ!』


「え……うわぁっ!」


 生きたキツネの姿を形作るオシラサマの〝霊体〟が一瞬だけ掻き消え、機械仕掛けの骨格だけの姿になる。次いで、喉の奥から紫色の熱線が放たれた。いのりが生体荷電粒子砲と呼んだ紫色の熱線。収束された炎の奔流が爆発的な勢いで飛んでくる。


 アルマの器が久遠の背中を突き飛ばし、地面に伏せさせた。間一髪で、久遠は即死の光から逃れる。だが生体荷電粒子砲の熱線は、かろうじて機能を保っていた墓所の結界石たちをえぐり飛ばし、その先の墓標や花畑も一瞬にして紫色の業火に覆われる。砂に伏せたままそのさまを目の当たりにした久遠は、顔色を変えた。


「結界石が壊れて、墓所が無防備に……どうする、いのり!」


 だが、返事がない。訝しんだ久遠は、後ろを振り向いた。そこには……。


『ああ、よかtta……あなたが……ぶjinara……』


 久遠を庇って飛散した荷電粒子を浴びたせいか、アルマの器はぐずぐずに溶けていた。


 当然、それを依り代に憑依するいのりの霊体も、掻き消えかけていて……。


「おまえ、アルマの器が! それって霊体の依り代なんだろ!」


『このくらい平気……Demo、すみまsen……あとha、任se……』


「どうしておれなんかを庇って……」


『何de、でsyou……katteni、身体ga動いtemasita……』


 いのりは『ああ、demo……』とはにかんだ。


『助けたtaiって気持tiha……本、当、de……』


 久遠は「いのっ……!」と手を伸ばしかけるも、ノイズとともにいのりの霊体が消え、力を失った器が落下する。地面に触れる瞬間、溶けた器から衝撃に近い重力波が発される。側にいた久遠は見えない斥力で後ろに吹っ飛ばされ、砂丘を無様に転げ落ちた。


 衝撃を受けたのは、器を壊した張本人も例外ではない。オシラサマも弾き飛ばされ、よろめき、不安定な砂丘に膝をついた。苦しむように、悶えている。


 久遠は砂まみれになりながら半壊したアルマの器に駆け寄った。中から賢者の石が三本露出していた。一本は溶けている。二本が無傷で残っていたが……一瞬。たった一瞬だ。あれだけ天真爛漫だった女の子が、モノひとつ喋らないただの鉄クズとなってしまうなんて。


「また、ひとりきりか」


 久遠はいま、世界で独りぼっちだった。


 白いキツネが久遠の姿を見つけ、吠える。手のひらのなかで、赤い石がキラリと光った。



〝――これって、光化学ホールバーニングメモリ?〟



「――ッッッ!」


 こめかみに奔った鈍い疼痛に、久遠は目を見開いた。突如久遠の脳裏に、知らない少女の声が鳴り響いてきたのだ。声は次々と溢れこんでくる。



〝……おれたちは賢者の石って呼んでる〟


〝ここには人工単子として転写したおれの魂が入ってる〟


〝神獣のたましいに感応する結晶体です〟


〝錬金術や霊体化にも使う貴重なものなんですよ〟


〝母屋の奥にはアトリエブースがあります! 錬金炉を使って神獣に立ち向かうんです!〟


〝その正体は神獣の子宮を摘出し、煉瓦で偽装したもの……〟



 戸惑う久遠の脳裏に流れ込む記憶の奔流は、期せずしてひとつの記憶に収束していく。

 最初に植物園の日誌で読んだ、ある一説の続きだ。


〝戦闘に不向きな学問とされる錬金術にも神獣と渡りあうすべはある〟


〝その方法とは……〟


 あの日誌は、こう続いていた。


「……〝戦闘中錬金出力。生きた神獣の錬金炉を使って即席の武器を錬成するのだ〟」


 あのときは見知らぬ世界に戸惑っていて、理解できなかったけれど。

 今ならその意味がよくわかる。

 錬金術師は神獣の子宮を摘出して奇跡を起こす。

 なら、生きた神獣の子宮を使っても奇跡は起こせるはずなんだ。


「あのキツネのオシラサマの子宮を使えば、錬金術でアルマの器を修復できるはずだ……」


 それは突拍子もないひらめきだった。

 やれるのか?

 錬金術を見たことも、教わったことも無いのに?


「やるしか、ないだろ!」


 久遠の視線に気づいたのか、オシラサマは甲高い怒号を上げる。


 音だけで、白い砂が波紋のように震え上がる。久遠のたったひとりの戦いが始まった。

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