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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第壱話 墓所惑星の錬金術師
15/67

13:しっ、失礼しまちゅ!

『……うさん! 久遠さん! 久遠さん! 起きてください、雲野久遠さんッッ!』


 深い樹海の奥底に、いのりの声が響きわたる。

 天を衝くほどの木々、空を支えているようにすら見える太い幹。恒星の光を覆い隠してしまうほどに鬱蒼とした巨木が林立し、しっとりとした森の薫りが鼻腔をつく。


 ひどく、暗い。


 まもなくして森の闇の奥底から、地面を震わすようなバケモノの咆哮が響きわたった。

 びりびりと大気が刺すように震え、鳥たちの群れが逃げていく。

 いのりは、喉の奥から短く悲鳴をあげた。


『ひっ――く、久遠さん! 久遠さんってば! 目を覚ましてくださいな!』


 いのりは久遠の肩を、ゆっさゆさと揺らそうとした。

 けれど彼女の透けた指先は、久遠に触れようとした瞬間に、すっ……と空を切る。


『っ……!』


 いのりは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。でも悠長に感傷に浸っている余裕はない。今度は自らの視線の高さでふわふわと浮かんでいる魔道具――鬼火のように浮かんでいるアルマの器を両手で掴むと、大きく振りかぶった。


『しっ、失礼しまちゅ!』


 盛大に舌を噛み、全力で振り下ろしたアルマの器を久遠の顔面鼻先に激突させた。


「痛ってぇ!」

『はっ、久遠さん!』


 いのりはずいっと身を乗り出して、久遠の顔を覗き込んだ。


「はっ、じゃないが」


『朝ですよ、起きてください!』


「まだ夜明け前じゃないかぁ!」


『神獣の気配がします! のんきに寝てる場合じゃないですってば!』


 久遠の顔色が変わった。手早く寝袋を畳み、昨夜まとめておいた荷物をさっと背負う。


「どうする」

『やりすごしましょう』


 二人は巨木の幹に背を押し付けた。まもなく、木々の合間を縫って一柱の神獣が現れた。


『……来ましたぁ! 近い近い近い』


「……しっ、黙れって」


『……いまわたしに命令しました?』


 寝ぼけ眼の久遠は「うわ、めんどくさいひとだ」とげんなりした。

 神獣は、漆黒の毛並みでヒグマの姿をしていた。獰猛さは感じない。落ち着いている様子だ。


『ヒグマのオシラサマって具合ですか。バックパックに、化粧水のスプレーがあります。取り出せますか?』


 いのりの指示通り、久遠の背負うバックパックには小さな化粧水のスプレーが入っていた。

 中の無色透明な液体は、光の加減で虹色に光る。


「偏光、してる」


『液晶霊素です。身体にまんべんなく吹いてください。アルマの器で魔力を流し込みます』


 久遠が自分の身体に霧吹きすると、いのりが指を組んで祈った。


『天の福音を預かりし……』


「その祝詞みたいなの」


『うるさいですね。トドゥル人なら宇宙を揺蕩う〝星の声〟に願掛けくらいするでしょう?』


 アルマの器から水色の燐光が漏れ出し、久遠の身体を透明にしていく。


『器の液霊噴霧立体容積投影を応用した熱霊光学迷彩です。十数分は持続するはずです』


 いのりは霊体を消した。アルマの器がふわふわと久遠の肩にとまる。


「いのっ……!」


『霊体を非表示にしただけです。取り乱さないで』


 ヒグマのオシラサマは透明な二人の存在に気づくことなく、目前を通り過ぎていった。


 アルマの器が小声で言う。


『……よく見ていてください。彼らが神獣と呼ばれる所以です』


 ヒグマのオシラサマは、樹海に敷設された木道に歩み寄っていった。木道の末端はあちこちが朽ち、腐葉土と化していた。オシラサマは腐った木道に歩み寄ると、静かに屈んで、何やら作業めいたことを始めた。よく見ると、角材のようなものを咥えている。あれは……。


「木道を数万年にわたって整備してきたのは、オシラサマだったのか?」


 久遠は呆けたように呟いた。


 まもなく神獣は立ち去り、久遠の透明化も解けた。


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