10:誰かと外を歩くなんて
やがて二人は花畑を抜け、結界石を越え、鬱蒼とした林に差し掛かった。ここから先は安全な墓所の外。神獣が跋扈するという〝聖蹟の樹海〟だ。アルマの器が発する桜色の霧を木漏れ日が静かに照らし出し、星屑のようにまたたかせた。
「なんにも見えないな。木々に閉じ込められて、どこにも行けそうにない」
『そういうものだと思いますよ。わたしたちはどこにも行けそうにないけど、歩くんです』
「いつまで歩かなきゃ行けないんだろうな」
『わかりません。だけどきっと、報われたいから歩いているんでしょう?』
歩くにつれて、徐々に森を包む闇が濃くなっていく。枝葉の隙間から木洩れ日が射し込んで、小鳥や虫、栗鼠といったイキモノたちの気配を間近に感じられた。
ときおりいのりの指示に従って、久遠は植物の根っこや葉っぱ、土や水などを採集させられた。いのりは逐一、久遠にその素材の薬効や錬金術上の用途を説明していった。久遠は最初こそ素直に耳を傾けていたが、カエルやトカゲ、果ては粘菌類や冬虫夏草の採取まで頼まれると、流石に嫌な表情を浮かべた。
そんな二人の視界の隅に、ぷよぷよと跳ねる水の塊が映った。生きた水……みたいだ。
『あ、あれ! あれも捕まえてください! とっても貴重なやつです!』
「え、わかった! ……捕まえたぞ!」
久遠は採集用の試験管で捕まえてコルク栓をすると、いのりに問うた。
「これは?」
『プニキラテラル・プニラトタテリウムですね』
「ぷに、え、なんだって?」
『意思を持った水です』
「ざっくりしてるなあ。目とか口とかついてんだけど。きもちわる」
『わたしが十歳のときに捨てた錬金術の失敗作が数万年かけて繁殖したものです』
「今なんか言った?」
久遠はプ(略)を試験管から出してそこらへんに投げ捨てた。
『ああっ! 錬金炉を修復する水属性の素材としてすっごく優秀なのに!』
「いや、優秀とかじゃないが」
周囲は鬱蒼とした落葉針葉樹林だった。木洩れ日が射し込む枝々の隙間からは、胸の空くようなトドゥルの青空が垣間見える。巨木の隙間を縫うように木道が続いており、二人を森の奥深くへと誘っていくが、人類が滅んだという世界で、ヒトの手によって整備されたという道理は無い。久遠は口に出さずとも、この森の不自然さを感じ取っていた。
木道の下の土壌は、腐葉土のようだった。シダ植物や苔たちが自生しており、まるで緑の絨毯といった様子。ところどころにタケノコのような紡錘状の根っこが突き出ていた。
『ラクウショウという落葉針葉樹の仲間です。秋になると鳥の羽のような葉を落とすことから、落ちるに羽に松と書いてラクウショウと読むんです。地面に突出した根っこは気根といって、地面や水面から空気を取り入れる役割があるといいます。踏まないで、くださいね?』
そのための木道なんだろとか、木道は誰が整備してるんだよとか、久遠の頭は疑問だらけ。
『あはは、誰かと外を歩くなんて、何万年ぶりでしょう!』
「何万年ときたかあ」
けれど、少し楽しそうに揺れるいのりの透明な後ろ髪だとか、小刻みにステップを踏む幽霊らしいふわふわとした足取りとかを見ると、瑣末な疑問に思えてしまうのだった。
久遠もいのりに引けを取らない楽天家だった。
次第に久遠は、どれだけ服や靴を汚さずに歩けるかに意識を割くようになっていった。
久遠は、いのりの幽霊の身体を羨ましく思った。




