2 従者は私を死亡フラグに導く人物だった
私が「この世界で生き残る!」と保健室のベットの上で闘志を燃やし、本格的に計画を練り始めた時。
コンコン、とドアがノックされた。
「シャルロッテ様、入ってもよろしいでしょうか。」
声変わりし始めたであろう、男の子の声。その声からは、感情なんてものが読み取れなくてちょっと動揺してしまう。
(………え、誰?)
なんて言えるはずもなく、わたしはすかさず
「どうぞ。いらっしゃって」
と答えた。
キィと古ぼけたドアを開けて一人の少年が入ってきた。
(わ,わぁ………っ)
思わず息を呑んでしまった。長いまつ毛に端正な顔立ち。体つきはスラっとしているが相当稽古をしているのだろう、手にはけんだこらしきものができていた。
何より目を引くのはその髪色である。
光が当たる部分が夜空の青みたいに輝く。しかし、光が当たらない部分は漆黒だ。
(黒髪の少年…!前世で見慣れている色…なんだけど、前世のより)
「…綺麗ねぇ…」
「……ッ!?」
ほぉ…っと思わずその美しさに見惚れていると、少年は驚いたのか無表情の仮面が剥がれた。
それにしてもこの少年は誰だろうー…?
と,その時 その少年に対する記憶が蘇ってきた。
ヴィル、それが彼の名だ。家名はない。
前世と同じ黒髪に、ダークブルーの瞳を持つ端正な顔立ちのシャルロッテの従者。
我が学園では、貴族子女子息たちは一名だけ従者を連れてくることが許されている。勿論、その従者が平民であっても学園の授業が受けることが可能なので平民出身の従者にとってはありがたい話だ。
しかし、貴族とは身分をかなり見るのであまり平民出身の従者など連れてこないが。
ちなみにヴィル幼少期にシャルロッテの父ーー…現ウィドリア公爵様に能力の高さを見初められ,シャルロッテの従者となった平民の少年だ。
(ゲームと以前のシャルロッテは、平民のヴィルのことを毛嫌いしていた。だから,ゲーム内では気に食わないことがあるとヴィルに当たってた…)
その時,私は気づいてしまった。私が、シャルロッテがヴィルにしてしまった仕打ちのことー…。
ヴィルの主人はシャルロッテだ。
従者は主人に逆らってはいけない、これは暗黙のルールだ。
シャルロッテは今までに平民であるヴィルのことを罵倒し続けていた。それはゲームでもだ。
そのため、ヴィルは顔には出さないものの内心シャルロッテに嫌悪、恐怖などのさまざまな感情が渦巻いていた。
しかし、ヴィルはヒロインに惹かれていく。
ヒロインの優しく、清らかな心に惹かれ自分に自信を持ち始めた。
けれども、シャルロッテは婚約者に近づくヒロインのことを許さなかった。あらぬ噂を流したり、暴行を加えたりとやりたい放題。ヴィルはヒロインを助けたい、しかし主人の命令は絶対。悩むヴィルにヒロインは、『あなたは心優しい人よ。だから、心に正直になってーーーー……』と言われ、ヒロイン側につくことになる。
そして断罪に場では、従者として、一番近くで見てきた者としてシャルロッテのしてきた仕打ちを証明した。
いわば、ヴィルは私を死亡フラグに導く人物だ。
ならいっそのこと、ヴィルは自由にしてあげるべき,いやあげたい。
「…ヴィル、あなたを今日から自由にします。必要最低限、私に使えるだけでいい。好きなこと、勉強したいこと自由にしなさい」
「シャルロッテ様…っ?何を言い出して…っ」
「今まで、わたくしがあなたにした仕打ち、謝罪します」
深く、深く頭を下げる。ヴィルは「頭をお上げください!一介の従者に令嬢が頭を下げるなど…!」と慌てている、その顔は眉間に皺を寄せていて何処か疑っている様子だ。
(まあ,昨日までワガママだった主人が急に頭を下げたんだもん、そりゃあ私でも疑うわ)
「わたくしは、今まであなたのこと毛嫌いしてました。…公爵令嬢のわたくしには平民など、と。」
ヴィルは目をわずかにみはりながら黙って聞いている。
「でも、そんなわたくしでもあなたは嫌な顔せず仕えてくれました。だから、恩を返したいのです。」
声が、震える。私がこんなこと言っていいのかわからないけどーー…
「あなたは心優しい人よ。だから、心に正直になってほしいのーーーー………」
ヴィルは静かに、私に向けて頭を下げた。