第4話 私が見つけるべき真実④
いつの間にか私は馬車の中で眠っていた。
挙式で偽りを演じ、馬車で怒りに燃え、そして泣き喚いた。こんなにも感情の起伏が激しかったのは幼少期以来だろう。それもあって疲労で瞼が閉じてしまっていた。
「ユラン様、ローティス家の宮殿に到着しました」
「ん……」
カーテン越しから眩しい光が目を刺激する。
ユベルトに支えてもらいながら馬車を降りると、そこは空を見上げてしまうほど大きな宮殿があった。真っ白い外壁に西洋風のデザインが掘られている。
そして宮殿の中心には慈愛と誠実を象徴する聖母の彫刻が置かれていた。一面は緑色の芝で覆われて、噴水や花壇など彩りが豊かで美しい庭園だった。
「これからはこの宮殿がユラン様のご自宅となる所でございます。本日は必要なところだけ簡単にご案内いたします」
「ありがとうございます。ユベルトさん」
「ユラン様。敬称は不要です。これからはどうかユベルトとお呼びください」
「それならユベルト、ちょっと待って」
私はスカートの布を破り、傷を負ったユベルトの手に巻き付ける。首の傷はすでに血が止まっていた。
「私には魔術で治癒できるほどの知識や技術は持ち合わせていないの。こんな簡易的な手当てでごめんなさい」
「後先短い老いぼれの傷など気にしなくて良いのですよ。あなたは魔法の国の王妃なのですから」
「そんな肩書で私の信念を変えるつもりはありません」
真っ白い布もすぐに血が滲んで、赤く染まっていく。思ったよりも傷が深かった。
「ユベルトさん、この傷は魔法で治すことはできないの?」
「魔法で傷を治癒することは可能です。ただし魔法使いに対しては不可能です」
「どういうこと?」
「魔法使いは体内に魔法を生成するための魔粒子を蓄積しております。それらが邪魔をして傷や病を治すことができないのです。磁石の斥力と同じ原理です」
「それなら早く消毒して手当てしないと、跡が残ってしまうわ」
馬車を置いてユベルトの手を無理やり引いて、宮殿に向かって歩いていく。
王族の宮殿なのだから救急用キットや医療専門の使用人も滞在しているだろう。
「……ユラン様はお優しいですね」
「傷をつけられた本人に、よくそんなこと言えますね。嫌味のひとつくらい言ったらどうですか」
「記憶を失ってもやはりユラン様はユラン様です。本質は何も変わりません。この布は一生の宝物にさせていただきます」
「それだけはやめて」
宮殿の扉を開けると、目を覆いたくなるほど高級の文字が散乱していた。
光の花束のようにシャンデリアがロビーに華やかしさを演出している。大理石の床と壁一面に並べられている絵画。その中心にはメイドや執事が勢ぞろいでお出迎えしていた。その仰々しい光景に私は若干引いてしまう。
「これ外出して帰ってきたら毎回されるのですか?」
「もちろんでございます。王族は常に危険と隣り合わせであり、この宮殿に帰ってきてくださったことは大変喜ばしいことでございます。こうして使用人一同で迎えるのは当然でございます。どんなにユラン様が苦笑いを浮かべたとしても、これだけは対応させていただきます」
「えー……」
「それではユラン様、これから生活していただくお部屋をご案内いたします」
「その前に傷の手当てをしてちょうだい」
「仰せのままに」
ユベルトの手当てが終わると、簡単に宮殿内を案内されながらとある一室を案内された。
その部屋は私専用の寝室で、窓から美しい庭園が一望できた。まるで雲を触っているような肌触りの絨毯。クリオネのエヒレのように滑らかなカーテン。童話の世界でしか見たことのない大きな化粧台。キングサイズの天蓋付きベッド。高級の文字がそこら中に飛び交っていた。
「もっと普通の部屋はないの?」
「ユラン様ならそう言うと思いまして、この部屋をご用意させていただきました。お気に召さないのであれば、ガラス細工で構築された透明感のあるお部屋、それから金箔に包まれた寝室も」
「くぅ……これで十分です!」
庶民だった私にとってこの部屋だけでも肩が凝りそうなのに、金箔の部屋なんて気がおかしくなる。そう思いながら部屋中を眺めていると。
「ん?」
振り向くとドアから部屋を覗きこむ使用人がいた。メイド服の女性とスーツを着こなす男性が複数人。
「こらぁっ! 王妃の部屋を覗き込むなんて無礼を知れ! サボっていないで仕事に戻らないか!!」
「「は、はぁい!」」
彼らは親に怒られた子供のように一目散に逃げていく。ユベルトは深く大きなため息を吐き捨てる。温厚なユベルトも怒るのだと驚いた。
「ローティス家の使用人代表として、彼らの無礼をお許しください」
「それは別にいいのですが、ちょっと拍子抜けと言いますか。魔術の国の住民であった私はもっと嫌悪感を投げられると思っておりました。それなのに好意的な視線を感じるのは気のせいでしょうか」
「寛大なお心感謝いたします。馬車でもお話しましたがローティス家の使用人は皆、ユラン様が宮殿を訪れることを待ち望んでおりました。それゆえ、お会いできることが嬉しいのでございます。かくゆう私も、この部屋にユラン様をお出迎えできて嬉しく思っております」
「……どうして。と言ってもユベルトは教えてくださらないのでしょう」
答えは教えてくれないままユベルトは優しく微笑むだけ。これ以上、彼に聞いても無駄である。私は諦めてベッドに倒れ込み、肌触りのいい枕を撫でながらこう続けた。
「私は両親を殺した魔法が嫌い。その魔法を扱う魔法使いも嫌いなの。その気持ちは変わらないわ」
「はい」
「でも両親は魔法が好きだった。魔法と魔術が人を幸せにするといつも言っていた。だから魔術の国や他国から取り寄せた商品を、魔法の国にも輸出していたの。私もよく両親と一緒に魔法の国へ行っていた」
「そこでユラン様はどんな経験をされたのですか?」
「分からない」
両親のことも魔法の国へ行ったことも憶えている。だけど魔法の国で私は一体何をしていたのかが分からない。
「記憶の空白期間は、私が魔法の国へ初めて訪れてから両親が亡くなるまでの間なの。私は魔法の国で一体何をしていたのか。誰に会っていたのか。なにも思い出せない」
思い出せないのがひどく気持ち悪さを感じた。でも同時に、鍵の閉まった記憶の箱を空けることに躊躇う私もいた。
「幼い頃の私は願ったのでしょう。全てを忘れたい。そうやって自分自身を守った結果、今の自分がいる。両親が殺されるまでの過程において私は一体何をしていたのか。それを掘り返すのが怖い。無力な自分に失望するのが怖い。それも全てユベルトは知っているの?」
「ええ。存じ上げております」
「意地の悪い人」
ユベルトはこう言っていた。真実は私自身で見つけるべきものだと。
それならば私のやるべきことはひとつ。私は起き上がり彼に質問を投げる。
「それならユベルト、質問を変えるわ。私の両親がこの国で何を売っていたのか記録は残ってるの?」
「勿論でございます。魔法の国において貿易を行う者はその帳簿の写しを提出する義務となっております。そのためユラン様のご両親の帳簿、出入国履歴もございます」
「どこにあるの?」
「書庫でございます」
ユベルトに直接聞いても教えてくれない。だけど別の角度から両親の情報を仕入れることに関しては協力してくれるようだった。
「それならユベルト、私を書庫まで案内してくれる?」




