第3話 私が見つけるべき真実③
もともとはひとつの国だった魔術の国と魔法の国。
両国が分断された結果、魔術の国の領土は狭く、いつ魔法の国から襲撃を受けるか怯える日々を送っていた。その逆もまた然り。魔法の国もいつ魔術の国が暴動を起こすか不安に駆られていた。
だから魔術の国の国王は、魔法の国にこう提案した。
『お互い牽制し合うのではなく、未来の子供が自由に過ごせる国を作るため手を取り合わないか?』
魔法の国はそれを承諾し、お互いが信頼関係を築く第一歩として、この私、ユランが魔法の国へ嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚である。
だが、この政略結婚には不可解な点がいくつもある。
「私は魔術の国で国の支援を受けて生活していた貧しい平民です。王族や貴族、上流階級の身分すらありません。そんな私が王妃候補に選ばれるなんておかしな話です。そしてこの私を王妃候補として選んだのユベルト、あなたなのでしょう」
「私はあくまで候補に選んだだけです。王妃を選ばれたのはローティス様でございます」
「王妃決定の期限延長をしてまで、私を魔術の国から捜し出して王妃候補に入れたのはどうしてなんですか。意図的ではないとは言わせませんよ」
国王同士の政略結婚の話を受けた魔法の国の第一王子であるローティスは、魔術の国から王妃を選出しようと考えていた。
王妃候補には魔術の国の次期王妃や貴族、上流階級の国民が選ばれていた。その候補者のひとりとして私が選ばれたのだった。私の両親はすでに他界しており、天涯孤独であるがゆえに「数合わせ」として王妃候補に参加させられたのだと思っていた。
つまり私は花を惹きたてる雑草の役目。それに地位や身分を置いても、私は王妃になるべき人物ではなかった。
「私の両親は魔法の国の魔法使いに殺されました」
「存じ上げております」
「だから私は魔法の国に消えることのない恨みを持っています」
「はい。それも存じ上げております」
長い間、煮え切って焦げ付いた思いは、ナイフの刃先まで伝い、小刻みに揺らす。
「だったらどうして、それを知っていてどうして私を王妃候補に入れたのですか!」
感情が昂り、ここまで大きな声が出せたのかと自分自身でも驚いた。
「私が王妃になってこの刃物でローティス様を刺し殺すかもしれないと思わなかったのですか!? 魔法の国の情報を魔術の国の過激派に横流しするリスクも考えなかったのですか!? 答えなさいユベルト!」
激しい口調で責め立てると馬が興奮して馬車が揺れて足場がぐらつく。その一瞬、私は隙を生んでしまった。
その間に私を取り押さえることもできたし逃げることもできたはずなのに、ユベルトは手綱を離さないで冷静に馬を落ち着かせていた。彼はいつもと変わらぬ優しい口調で返す。
「私の知っているユラン様はそういうことをなさりません」
「ふざけるのも大概にしなさい! あなたに私の何を知っているというのですか!」
「解離性健忘」
私の血の気が引いた。
それは到底、王族のローティス家の執事が知るはずもない事実であった。
この記憶障害は私だけが知っている病である。医者で治療しているわけでもなく、王妃候補として天涯孤独である私の身辺調査を行ったとしても知るはずはなかった。
「精神的ショックによる記憶障害。ユラン様が幼い頃、ご両親が亡くなったショックにより発症されました。つまり記憶の一部に空白の期間が存在しています」
「どうしてそれを」
「知っておりますとも。ユラン様が知らないだけで私はユラン様を存じ上げております。それ故、私はユラン様を王妃候補に入れたのです。それに必然とローティス様はユラン様を王妃に選ばれると確信しておりました。案の定、ローティス様はユラン様を王妃として迎え入れました」
くしゃっと顔のしわをゆるませてユベルトは笑う。それは幸福を運んできそうなどこぞの神様のような優しい笑みだった。
「私は嬉しいのでございます。ユラン様が王妃になられて心の底から喜びに満ち溢れました。私だけではなくローティス家に仕える者は全員同じ気持ちでございます」
「私の両親が殺害された。私の記憶にはその事実だけが残っております。ユベルト。あなたはその全貌を知っているのですね?」
「あの痛ましい事件は存じ上げておりますとも」
「……教えなさい」
「私の口からはお答えできません」
口を閉ざすユベルトに、私は抑えていた感情がふつふつと煮詰まっていく。
もはや王妃の選出理由なんてどうでもよかった。長い年月、私が探し求めていた真実を彼が握っている。
「ユベルト、知っていることをすべて教えなさい! さっさと口を開かなければその首を切り落として——」
「これはユラン様がご自身で見つけるべき真実でございます。この首ひとつで気分が晴れるなら喜んで差し出しましょう」
ユベルトは素手で刃物を掴み、自ら首筋に近づける。
傷が深まっていき真っ赤な血は溢れていくばかり。
防御魔法や身体強化魔法が展開されておらず、ユベルトの覚悟は本物だった。
「——どうしてそこまで」
己の命を差し出す彼に、無駄だと悟った私は悔しさで涙があふれてくる。
刃物を持つ力を緩めて、体を脱力させる。彼を殺したら両親が殺害された真実は深い闇の底へと消えてしまう。
「お願い、お願いします。ユベルトさん。お父さんとお母さんが亡くなった理由を探しているのです。魔術でも魔法でも埋めることのできないこの真っ白いページを、私はずっと探しているのです」
刃物を置いて両ひざをつく。
泣き顔を晒してみっともなく、情けなく、馬車の床におでこを擦りつけて頭を垂れる。
「私の両親は両国で貿易をしておりました。ある日、魔法の国で商品の販売をしにいった際、何者かに殺されたのです。ひとつ憶えているのはその場に私も居ました。殺されかける両親を背に、果敢に立ち向かおうとせずに逃げて行ったのです」
魔法の国を恨んでいる。だけどそれ以上に自分自身も恨んでいた。
「心から愛していたはずの両親を見殺しにした私はきっと天国には行けません。だけど真相を知らなければ私は地獄にすら行くことができません。この命を絶つための理由をずっと探しているのです。もう復讐なんてしません。魔法の国を恨んだりしません。だからどうか。真実を教えてください。私を救ってください」
嗚咽を漏らして懇願する。
ずっと求めていた答えはユベルトが知っている。手を伸ばせば掴める距離にいる。ようやく私は解放される。
そんな期待はユベルトが一刀する。
「なりません」
ひどく冷たい声をしていた。
意志が固くてどんなに脅そうが、彼が口を開くことはないと感じた。
「私はローティス家に仕える執事として誇りと責任がございます。ローティス様が道を踏み外すさぬよう道を正す役目も与えられております故、ローティス家の王妃となる者も同じように道を正し、道を照らす役目を担っております。先ほども申し上げましたが、これはユラン様が自身で見つけるべき真実でございます。その真実を憎しみの炎で焼き尽くすか、もしくは受け入れるか。いずれご自身で判断することになるでしょう」
「……ユベルトさん」
まだ宮殿に到着していないが、彼は手綱を引いて馬車を止めた。
姿勢を低くして私の手をワレモノを扱うかのように優しく触れる。彼の手は爛れて傷も多い。だけどその手は温かく、どこか落ち着く。
「これからユラン様は、この魔法の国で数々の真実を目の当たりにするでしょう。魔術の国では知り得なかった真実を。ですがこれだけは忘れないでください」
ユベルトは手の甲に優しい口づけをする。
「何があっても私を含むローティス家の使用人、そしてローティスお坊ちゃまはユラン様を幸せにしてみせましょう」
彼の覚悟はその場しのぎではなく、瞳に揺らぐ絶対的な確信を感じた。
これは私が魔法の国で、本当の王妃となり、幸せになるまでの物語。




