第2話 私が見つけるべき真実②
挙式が終わると両国王による政治的な演説が始まる。
すでに新聞記者は主役である私たちには興味を失して、国王と民衆にカメラを構えていた。私たちの挙式は所詮、お国様の繁栄のための前座でしかなかった。そこに不満は無い。だけど美しく着飾った花嫁衣装もこれが最後かと思うと、どこか寂しい気持ちが芽生える。
賑やかしい声から遠ざかるように、私は教会の裏口を目指して歩いていた。履き慣れないヒールのせいで足先に痛みが走る。
「ユラン様、お待ちしておりました。宮殿への馬車の準備は整っております」
「ユベルトさん」
裏口には大きな馬車が止まっていた。ローティス家の執事であるユベルトが深々と頭を下げて私を迎える。
彼はローティス家に長年勤めている執事長である。歳相応の顔立ち、彼の瞳を見つめていると優しいお爺さんの雰囲気を匂わせる。だけど背筋がピンと伸びた乱れのない姿勢に、どこぞの若者が変装しているのではないかと錯覚してしまう。
「なんと。草原に咲く一輪の薔薇のように、目が惹かれてしまうほど麗しいお姿でございます」
「ありがとうございます。お世辞でもそう言ってくださるのはユベルトさんだけです」
「お疲れでしょう。さあ馬車にお乗りください」
優しい目を細め、微笑みを浮かべてエスコートされる。すると式場からローティスが急ぎ足で向かってくる。
「こんなところにいたのか、式場中を捜したんだぞ。おいユベルト、主人である俺を置いていくつもりだったのか」
「滅相もございません。ローティスお坊ちゃまには別の馬車を用意しております故、そちらにお乗りください」
「その必要はない。俺もこの馬車で宮殿に――」
そう言って無理やり馬車に乗ろうとするローティスを、ユベルトは猫を持ち上げるみたいに腋の下を掴んで引き剥がす。
きっと何かの手違いだとローティスはもう一度試みるが、結果は同じだった。まるで孫と祖父である。
「どういうつもりだユベルト」
ローティスはユベルトを鋭い目つきで睨みつける。主君に対して無礼ではないか、という圧を感じさせる。だがユベルトは動じることなく、淡々と説明する。
「先ほども申し上げましたが、ローティス様には別の馬車を用意しております。これはユラン様の馬車でございます」
「夫婦なのだから馬車くらい一緒に」
「なりません。なによりユラン様を差し置いて先に馬車へ乗るだなんて言語道断。私はそんな教育をした覚えはありませんよ。ローティス様をお連れしなさい」
パチンッ。ユベルトが指を鳴らすと複数人のメイドが現れ、胴上げスタイルでローティスを式場へと運んでいく。
「な、なにをする、離せ!!」
ローティスは必死にもがいて抵抗しようにも、陸に上がった魚のように身体を動かすことしかできない。みっともない姿を晒したまま、式場へ戻っていった。
「お待たせしましたユラン様。さあ宮殿へ参りましょう」
主人に対してあんな態度を取ったにも関わらず、何事もなかったかのように振る舞うユベルト。冗談とかではなく本当にローティスを置いて馬車が出発した。気になった私は、運転席で手綱を引いているユベルトに声をかける。
「どうして私をローティス様と同じ馬車に乗せなかったのですか」
「誠に勝手ながら、私めの独断でお二人にはそれぞれ別の馬車を手配させていただきました。差し出がましいことをしてしまい大変恐縮です」
「いえむしろ……」
あのままローティスが馬車に乗っていたのなら、きっと挙式での口づけの真意をローティスに問われていたことだろう。逃げ場のない馬車で殺伐とした空気になっていたに違いない。
「挙式では両国王だけではなく多くの国民が参列され、羨望や嫉妬など多くの感情が渦巻いておりました。せめて馬車くらいはひとりの時間をお過ごしになっていただければと思った次第です」
「お気遣いありがとうございます。挙式での私の態度、そして誓いの口づけについて言及したいのであれば、遠慮なくおっしゃっていただいて結構です。叱られる覚悟はできております」
私をひとりにさせたのは挙式での振る舞いについて説教をするためだろう。
挙式の手配やシナリオ、運営もすべて執事長であるユベルトが指揮・管理していた。特に挙式で一番注目を浴びる誓いの口づけでは、私はユベルトのシナリオに背いた。
王妃に選ばれた私には、ローティスとの間に愛が無いことは式場に参列した誰もが知っていた。だから貞操観念を意識して誓いの口づけはしないシナリオだった。ユベルトが怒るのは当然のことだ。
だがユベルトは、私の覚悟を笑い飛ばした。
「なにか勘違いされておりますが、ユラン様に言及など一切ございません。誓いの口づけについても想定していたシナリオとは異なりますが、ローティス様が何かを囁いたのが原因なのでしょう。ユラン様の挙式での対応も素晴らしいものでした。それゆえ心身の負担も大きいと思っただけのことです。ローティス様と馬車を分けたことにそれ以上の理由なんてありませんよ」
人の心を覗くことなんてできないのだから真意は分からない。だけど彼が嘘を言っているようには思えなかった。だからこそ私の中で膨らんでいく疑問がある。
「宮殿に到着するまで仮眠をとっていただいてもかまいませんよ。他に御用があれば何なりとお申し付けください」
「ではひとつだけ」
私は腰を上げると俊敏な動きで御者席まで移動し、太ももの付け根に忍び込ませていた刃物をユベルトの首筋に突きつける。
かぼちゃですら簡単に切れてしまうほど研がれた鋭利な刃物。その刃先が彼の首筋に触れ、スーっと血が流れる。
「王妃たるもの、自己防衛のために武器を身に着けるのは良い心がけです」
「———ッ!」
このまま私が腕を引けば簡単に首が落ちるだろう。ユベルトの命を握っているというのに、彼は動揺した様子を一切見せず、手綱を掴んだまま馬車の運転を続けていた。動揺したのは私の方だった。
「魔術の国の民が魔法の国に対してどんな感情を抱いているのか知っていますか。魔術は魔法に劣り、魔術の国はいつだって壁に隔たれた魔法の国に恐怖を抱いている」
「存じ上げております。両国の成り立ちの話をすれば、元々は同じ国の民でございます。その昔は魔法と魔術でそれぞれの欠点を補い合って生活を豊かにし、文化を発展させていきました。ですがいつだって争いの種となるのは人の欲望でございます。欲に溺れ、業を煮やし、挙句の果てには癒えない傷跡を刻んでしまいます」
この国は「魔術の国」と「魔法の国」のふたつに分断されている。
元々はひとつの国として人類や文化が繁栄していたが、生活水準が上がっていくと魔術と魔法で致命的な能力差、技術の違いが生まれ、生活バランスに偏りが生じていた。
その結果、魔術と魔法で争いや暴動が絶えず、これ以上の被害を生み出さないように境界線を引いて国を分断させた歴史がある。
そもそも『魔術』とは術式を展開し、地脈からエネルギーを吸収して神秘的な現象を生み出すもの。
一方で『魔法』とは、その人間が生まれ持つ魔粒子を使って奇跡のような現象を生み出すもの。
魔術には術式という制約が伴うのに対して、魔法は体内に宿る魔粒子が使用者のイメージ通りに変換・展開されることから一瞬で奇跡を起こすことができる。
魔術は複雑な原理・法則の知識を身につければ誰だって利用できるが、魔法は生まれ持った選ばれし者しか扱えない。そのため魔術は魔法に劣る部分があり、魔術の国はいつだって肩身の狭い思いをしている。
「だからこそ、ユラン様が王妃として魔法の国に嫁がれたのです。あなた様はローティス様に選ばれた女性であり、両国の平和の象徴なのです」
「私はそういうことを聞きたいのではありませんッ!!」
私は声が枯れるほど大きな声で叫んだ。鏡を見たらきっと王妃とは思えない憎しみに満ちた顔をしているだろう。
ユベルトは私が何を知りたいのか、どんな答えを求めているのか知っているにも関わらずはぐらかしている。
怒りは刃物を握る手を支配する。




