第九話 異世界の送迎②
次の村へ向かって馬車を走らせること、二十分ほど。
再び馬車が停車した。
まだ村には着いていない。
ということは、またモンスターだろう。
そう思った瞬間――
「――グオォォォォォォオオオオンッ!!!!!」
空気が震えた。
馬車が揺れ、身体の奥にまで響いてくるような咆哮。
明らかに、今まで遭遇したモンスターとは格が違う。
ロアーさんが冷や汗を流し、ただならぬ表情で口を開いた。
「……ま、まずいわね。みんな、馬車から降りずに待機!」
「ヴァルディオンだ……。なぜこんなところに現れる……」
ブレイさんもそう言い、険しい表情を浮かべている。
どうやら、普段この辺りには出ないモンスターらしい。
「ミューミュー、馬車を覆う守護魔術は使える?」
「わかったわ! ウチが使える守護魔術で、最高硬度まで上げるね!」
ミューミューさんが杖を掲げる。
「守護天蓋! レベル2、3、4……5!!」
フォーーーーン!
フォン、フォン、フォン……。
フォォォォーン!
淡い光が馬車全体を包み込んだ。
「和くんはハールさんを守って!」
ハールさんは今回のご利用者だ。
僕はすぐにハールさんの隣へ座る。
「僕につかまっていてくださいね」
「できたわ。これで大概の攻撃なら、一度だけ無傷で耐えられるよ。ただし、この後しばらく守護魔術は使えないからね」
「みんな、待機よ」
ロアーさんが静かに言う。
「こちらが動いたら攻撃してくるわ。そうなったら、決着がつくまで戦わないといけなくなる。もしかしたら……見逃してくれるかもしれない」
誰も動かない。
みんな、息を潜めている。
全員で戦っても、討伐できるか分からないほどの相手。
もし敗北したら――。
死ぬのだろうか。
僕は恐る恐る、馬車の小窓から外を覗いた。
そして――
息を呑んだ。
青く鋭い眼光。
巨大な身体。
純白の鱗に覆われた――ドラゴン。
ヴァルディオン。
あまりの恐ろしさに、身体がガタガタと震え始める。
お願いだ。
どうか、そのまま立ち去ってくれ。
心の中で、ただひたすら祈った。
怖い。
怖い。
怖い。
吐きそうだ。
僕たちとヴァルディオン。
互いに動かない。
膠着状態が続いた。
しばらくすると――
ブオォン。
ブオン。
ブオォン……。
ヴァルディオンが巨大な両翼をゆっくりと羽ばたかせる。
そして――
宙へ浮かび上がった。
よし……!
ようやく去ってくれる!
身体の震えが少しずつ収まり、緊張が解けていく。
そう思った。
その瞬間――
ヴァルディオンが、大きな口を開いた。
口元に集まっていく青白い光。
魔力が球状に凝縮されていく。
ロアーさんが叫んだ。
「だめだ! やっぱり攻撃してくる!」
ヴァルディオンの口元で、青白い魔力の球がさらに巨大になっていく。
「一度は耐えられる! でも、馬車は吹き飛ぶわ! 振り落とされないように構えて!」
そして――
「その後、みんな戦闘準備!!」
「はい!」
「もうしてるわ!」
次の瞬間。
ヴァルディオンの口から、魔力の塊が放たれた。
「――来るっ!」
ドゴォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃。
馬車が大きく揺れ――
そのまま数十メートル後方へ吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
僕は必死にハールさんを抱きしめる。
やがて馬車が地面へ激突し、ようやく止まった。
「……ハールさん!」
「……大丈夫だわ」
怪我はない。
よかった……。
「仔虎はハールさんを守っていてくれ!」
「任せるにゃ!ご主人!」
僕はハールさんをと仔虎を馬車の中に残し、全員で降車する。
武器を構える。
ヴァルディオンは、こちらへ向かって飛んでくる。
ロアーさんが指示を飛ばした。
「ミューミューはヴァルディオンの目眩ましをお願い!」
「了解!」
「ブレイは和くんを守って!」
「はい!」
そして――
「みんなで生き残るわよ!」
ロアーさんは大剣を構え、ヴァルディオンへ向かって飛び出した。
その直後。
「みんな、目を閉じて耳を塞いで!」
ミューミューさんが叫ぶ。
僕は言われた通り、目を閉じ、両手で耳を塞いだ。
「キヒイイィィィィィィイイインッ!!!」
目を閉じていても分かるほどの強烈な光。
そして、超音波にも似た高周波のような音が、耳を塞いでいても身体の内側まで突き抜けてくる。
恐る恐る目を開ける。
そこには――
ヴァルディオンの目の前まで迫ったロアーさんの姿があった。
そして彼女が構えている大剣は――
本来の十倍ほどの大きさになっていた。
黄色い光で形成された、巨大な光の大剣。
「……あれが、ロアーさんの力……」
僕が呟くと、隣のブレイさんが答えた。
「ロアーさんのあの剣でも、ヴァルディオンは完全には討伐できない」
「え?」
「あの剣で身体を切断すると、切れた傷口からヴァルディオンのコアが出てくる」
ブレイさんはヴァルディオンを見つめる。
「そのコアを強力な魔力攻撃で破壊しない限り、完全に倒すことはできない」
「私は魔力攻撃を持たない」
ブレイさんが続ける。
「ミューミューはコアを破壊できるほどの攻撃魔術は使えない」
そして――
僕を見る。
「お前にできるか?」
心当たりはあった。
武器屋の練習場で撃った、ノクターンの銃撃。
そしてワタクサと戦った時に掴んだ、ノクターンに、自分の魔力を流し込んむ感覚。
あれよりも強い威力で撃ち込む。
「……やってみます!」
ロアーさんが一瞬だけこちらを見て合図する。
そして――
大剣を高く構えた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
巨大な光の大剣が振り下ろされる。
ズバァァァァァァァァァン!!
ヴァルディオンの頭から身体まで、縦に真っ二つに切り裂かれた。
切断された身体が崩れ落ちる。
その身体の間から――
青く輝く球体が姿を現した。
「コア……!」
その瞬間。
コアが強烈な光を放った。
そして――
ズズズズズ……!
崩れ落ちていたヴァルディオンの身体が、凄まじい速度で再生していく。
「今だ!!」
ブレイさんが叫ぶ。
僕は両手のノクターンへ魔力を注ぎ込む。
狙いを定める。
コアへ向かって――
撃つ!
ズォォォォォオン!!
紫色の閃光が一直線にコアへ飛んでいく。
――パァーンッ!
「は……?」
銃弾がコアに触れた瞬間。
弾き返された。
「……嘘、だろ」
直後。
ヴァルディオンの身体が完全に再生する。
ダメだった。
僕の攻撃では、コアを破壊できない。
ブレイさんが呟いた。
「ロアーさんでも、もう一度あの威力の斬撃はできない」
そして僕を見る。
「和の狙いは悪くなかったんだけどな……」
その表情は――
すごく悲しそうだった。
やめてくれ。
強い口調で責められた方が、まだよかった。
変わった癖ではない。
自分の力に失望されて、悲しい顔をされる。
それが何より辛かった。
ヴァルディオンがこちらを向く。
まるで――
今度はこちらの番だと言わんばかりに。
僕はノクターンを握りしめる。
けれど――
もう一度、あの攻撃を受けたら。
僕たちは――
死ぬのか?
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