第八話 異世界の送迎①
そして僕は、まだ知らなかった。
――送迎の過酷さを。
ロアーさんは武装をて、僕を送迎用の馬車の前まで案内した。
馬車の前では、すでに二人の老護者が送迎の準備をして待っている。
「準備ありがとう! この子が新人の和だ。今日は見学に来てもらうよ」
ロアーさんに紹介され、僕は頭を下げた。
「和 霜村です。本日からお世話になります。精一杯頑張りますので、ご指導よろしくお願いします」
「早速、見学なのね。ウチは看護師兼、魔術師のミューミュー・シフォン。分からないことがあったら、なんでも聞いてね。よろしく!」
「よろしくお願いします!」
うわー……めっちゃかわいい。
いやいや、先輩だ。
真面目に、真面目に。
「私は戦士のブレイ・ルシアだ。施設では入浴担当だ。せいぜい足を引っ張らないように頼む。生半可な気持ちで来たら、死ぬぞ」
……綺麗な女性ばかりだ。
ただ、ブレイさんは言い方がきつい……。
そして、さっきの僕の邪念も完全に見抜かれている気がする。
「おいおい、そんなに厳しい感じ出さないの。まだ見学なんだから」
ロアーさんがすかさずフォローを入れてくれた。
「それじゃあ、みんな! 今日も行こうか!」
僕を含めた四人は馬車に乗り込み、施設を後にした。
街を出ると、馬車は広大な草原の中を進んでいく。
……この辺りが、僕が転移してきた草原なのだろうか?
僕は方向音痴なので、さっぱり分からない。
今日、迎えに行くご利用者は四人。
僕のいた世界では、二人の職員で五人から七人ほどを迎えに行っていた。
でも、この世界ではモンスターとの戦闘がある。
ご利用者を守ることまで考えれば、職員一人につき、ご利用者一人くらいの人数が安全なのかもしれない。
ちなみに、迎えに行く先は街の周辺に点在している十数個の村。
今日はそのうち二つの村を回る。
一つ目の村から一人。
二つ目の村から三人。
合計四人だ。
そして、迎えに行く順番にも理由がある。
まずは人数の少ない村から。
村から村へ移動する際、守るご利用者の人数が少ないほうが安全だからだ。
出発して二十分ほど経った頃だった。
馬車が突然、停止した。
すると、御者が声を上げる。
「三時の方向からゴブリン八体、接近中! 迂回しますか?」
「迎え撃って! ちょうど見学にもいいかもね!」
ロアーさんが即答する。
「和くんは馬車の近くで、私たちの戦い方を見ていて!」
「ミューミュー! 魔術で足止めお願い!」
「了解!」
ミューミューさんが杖を構える。
「フレアレイン!」
杖が振られた瞬間、無数の小さな火の玉が空中に現れた。
そして――
ドドドドドッ!
火の玉がゴブリンたちへ降り注ぐ。
炎を浴びたゴブリンたちは足を止め、苦しそうに身をよじっている。
そこへ――
「私たちも行くよ!」
大剣を担いだロアーさんと、巨大なハンマーを持ったブレイさんが駆け出した。
二人がゴブリンの群れへ飛び込む。
ズガンッ!
ドォンッ!
一撃、また一撃。
そして――
ものの数分で八体のゴブリンはすべて討伐されていた。
「爽快だにゃ」
仔虎が楽しそうに尻尾を振る。
「すごいです! これがパーティでのモンスター討伐なんですね! 僕もやってみたいです!」
「いいね、その意気! でも今日は見学だからね」
「二人とも怪我はない?」
「大丈夫! 私もブレイも無傷。回復の必要はないよ」
……余裕だ。
あまりにも余裕すぎる。
これくらいのモンスターなら、朝飯前なのだろう。
「それじゃあ、出発しますよー!」
御者の声とともに、再び馬車が走り出した。
そしてしばらくすると――
一つ目の村に到着した。
「ここが最初のお宅だよ」
ロアーさんとブレイさんは、馬車からタンカを取り出してご利用者宅へ向かう。
僕も二人についていった。
家の中には、ベッドに腰掛けたお婆さんがいた。
「あら、おはよう。今日もお願いしますね」
「おはようございます!」
挨拶を交わすと、ロアーさんたちはベッドの横にタンカを置いた。
「それじゃあ、こちらへ」
お婆さんはタンカの上に横になる。
そして二人がタンカを持ち上げ、そのまま馬車まで運んでいく。
馬車にタンカを乗せると、お婆さんは自分で起き上がり、馬車の座席へと移動した。
……この人、自分で歩けるよな?
タンカ、いらなくない?
そう思ったが、今日は見学だ。
余計な口出しはしないほうがいい。
僕は黙って二人の仕事を見ていた。
全員が馬車に乗り込むと、御者が再び馬車を走らせる。
その間、ミューミューさんが、お婆さんの額に手を当てて目を閉じた。
すると――
お婆さんの全身が、青く発光した。
「……」
しばらくして、ミューミューさんが目を開け、額から手を離す。
「異常なしね」
「今のはなんですか?」
「体調のチェックよ。いつもと違うところがあると、赤く発光するの」
「へぇ……」
かなり便利な魔術だ。
でも、一体何を基準にして体調の良し悪しを判断しているんだろう?
魔力?
体温?
心拍数?
……まあ、今は見学だ。
細かいことは後で聞こう。
「次の村までは、どれくらいかかるんですか?」
「何もなければ三十分くらいかな。でも、何もないことなんてほとんどないから、四十分弱くらいになることが多いよ」
「なるほど……」
やっぱり、別の村へ移動するだけでも、それなりに時間がかかるらしい。
「それじゃあ、出しますよー!」
御者が声を上げ、馬車は次の村へ向かって走り始めた。
しばらくは、何事もなく草原を進んでいた。
――そのとき。
馬車が再び停車した。
「……あれ?」
ブレイさんが外を見て声を上げる。
「珍しい。ワタクサの群れだね」
「ワタクサ……?」
その名前を聞いた瞬間、僕は目を見開いた。
こ、これは……!
あのとき、僕を襲ってきた綿毛のモンスター!
ワタクサっていうのか!
それにしても――
「……多すぎない?」
草原一面を埋め尽くすほどのワタクサが、こちらへ向かってきている。
ロアーさんが説明してくれた。
「こいつらは強くない。ただ、触れるとダメージを受けるんだ」
「ここを突っ切ろうとすると、馬たちが傷だらけになっちゃう。だから、ここで倒しておこう」
するとロアーさんが僕を見る。
「和くん。見学とは言ったけど、ワタクサの討伐は手伝ってもらっていい?」
「わ、わかりました!」
「強くないし、動きも遅い。ただ、触れるとダメージがあるから気をつけてね!」
「分かりました!」
「和くんの武器は銃だったよね?」
「はい、これです」
僕は腰から二丁の銃――ノクターンを取り出す。
「みんなに当てないようにだけ気をつけて!」
「分かりました!」
「テイムモンスターも戦えそうなら参加させて! ここはさっさと片付けよう!」
「いくにゃ!」
仔虎が元気よく飛び出した。
――さあ、デビュー戦だ。
たくさん倒せなくてもいい。
一匹でも多く、確実に数を減らそう。
僕は両手にノクターンを構え、ワタクサへ狙いを定める。
すると――
銃に埋め込まれた紫色の魔石が、再び発光した。
「……!」
パーンッ!
パパーンッ!
銃声が草原に響き渡る。
シュボッ!シュボッ!
シュボシュボッ!
放たれた弾丸が次々とワタクサへ命中し、その身体を消滅させていく。
「当たった……!」
僕は思わず声を漏らした。
仔虎も負けじと、ワタクサに噛みついたり、口からあの紫色の光線を放ったりして、次々と倒していく。
先輩達は、
「フレアレイン!」
ミューミューさんの魔術がワタクサが一気に消滅していく。
ロアーさんとブレイさんも、それぞれの武器を振るいながら次々とワタクサを倒していく。
……やっぱり先輩たちは強い。
それでも――
僕だって役に立てている。
一匹。
また一匹。
確実にワタクサを倒していく。
戦闘開始から十分ほど。
あれほど大量にいたワタクサは――
完全に姿を消していた。
「結構やるじゃないか」
ロアーさんが僕に声をかける。
「ありがとうございます!」
弱いモンスターだったのかもしれない。
それでも、ロアーさんに褒められたことが嬉しかった。
そして何より――
ノクターンから放った弾丸を、一発も外さずにワタクサへ命中させられたこと。
それが、僕には何より嬉しかった。
「それじゃあ、片付いたし次の村へ向かおうか」
「はい!」
こうして僕たちは、再び馬車へ乗り込んだ。
朝の送迎は、まだ始まったばかり。
このあと、残り二人のご利用者を迎えに行かなければならない。
そして僕はまだ知らなかった。
この先に――
思いもよらぬ出会いが待っていることを。
そして、本当の過酷さを。
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