第四話 これまでとこれから
「茉椰――まや――先輩っ!」
僕が声をかけると、先輩は今まで見たことのない、獣のように鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
無理もない。
突然こんな見知らぬ場所に連れてこられ、牢獄に閉じ込められているのだ。
きっと警戒しているんだろう。
そう思った次の瞬間、先輩の表情がぱっと変わった。
「和――なぎ――君!」
「……!」
いつもの先輩と変わらない、落ち着いた表情を見て、僕は少しだけ安心した。
「先輩!! 大丈夫ですか!?」
「全然ー。その人にやられちゃったよー。」
話し方も、いつもの先輩だ。
「やっぱり仲間だったか。待て。今、出してやるから」
そう言うと、バウワウ卿は先輩の両腕につけられていた鎖を外し、牢獄から出してくれた。
そして僕たちを個室へ移し、二人きりにしてくれた。
どうやら、何があったのかの説明は、僕たち二人の話が整理できてからでいいらしい。
顔に似合わず、理解のあるお方だ。
「和くんも無事だったんだね! よかったー。和くんも捕まったの?」
「無事なんですかね? 僕ら、多分死んでますよね」
「それと、僕は捕まったわけじゃないですよ。門番に街へ入れてもらえるよう交渉していたら、バウワウ卿が案内してくれました」
「和くんも犯罪者扱いで連れてこられたのかと思ったから、よかったー」
「そんなことより……門番さんに斬りかかったって本当ですか?」
「うん」
「そんなことしたら捕まるの当たり前ですよ! なんでそんなことを!?」
「ちゃんと理由があるよ!」
先輩は、昨日の出来事を話し始めた。
――――――――――
「ここを通していただけませんか?」
「得体の知れぬやつは通してはいけないことになっている。貴様、それは刀か? 剣士なら力ずくでここを通るがよい。まあ、貴様のような童が、このワシを倒せるはずもないがな」
「やらないと通れないのですね?」
「どこからでもかかってこい、童!」
「童じゃないわよ」
シュッ!
キン! キン!
カン! カン!
ズバッ!
ズババッ!
「……」
門番は、あっけなく茉椰に倒された。
「案外、大したことないですね」
「おい、ちっと待て。お前、何を暴れてやがる」
バウワウ卿が茉椰に手をかざす。
「何これ? 体が動かないよー」
――――――――――
「えっ?」
僕は思わず聞き返した。
「そんな簡単に門番さん倒しちゃったんですか?」
「うん。なんか簡単にやれちゃったよー」
「僕なんて問答無用でひざまずかされましたよ」
「そうなんだー」
「というか……先輩、そんなにお強いんですか!?」
「こっちに来てから、戦うっていう気持ちになると、グワーッて全身に強さがみなぎってくる感じがするんだよね」
「強さが……?」
「うん。自分でもよく分からないけど。でも、バウワウ卿にはやられちゃった」
「……僕ら、いったいどうなってるんですかね」
僕は少し俯いた。
「これから、どうしていけばいいんでしょうか?」
「正確には分からないけど……きっと、これは異世界転移してるよね」
「転移?」
「それより和くんは、こっちに来てから数日間、何してたの?」
「数日?」
僕は首を傾げた。
「僕は、まだこっちに来てから一日も経ってませんよ」
「え?」
どうやら、僕と先輩では、この世界に来たタイミングが違うらしい。
「逆に先輩は、何日も何して過ごされていたんですか?」
「えーっとね……目が覚めたら、草原にいて――」
先輩は、そのときの出来事を話し始めた。
――――――――――
「あれ……ここ、どこ?」
茉椰が目を覚ますと、そこは一面の草原だった。
空は茜色に染まり、太陽は今にも沈もうとしている。
「時間は……夕方?」
状況がまったく理解できない。
そんな茉椰の手元には、見覚えのない日本刀が一本あった。
「何これ……?」
鞘から刀を抜く。
刀身は、オレンジ色に輝いていた。
「……綺麗」
茉椰は何気なく、人差し指で刃に触れる。
「き、切れたっ!」
指先から、ツーッと血が流れた。
痛みはほとんどない。
それなのに、たった一度触れただけで指が切れてしまった。
「すご……」
そのときだった。
「ガルルルルルゥ……!」
「えっ……?」
顔を上げる。
目の前には、狼のような獣が一匹。
鋭い牙を剥き出しにして、茉椰を威嚇している。
「やだ……来ないで!」
「来ないで! 来ないで!」
必死に叫ぶ。
しかし獣は止まらない。
「ガルァッ!」
ヒュッ!
獣が地面を蹴った。
一瞬で距離を詰め、茉椰へと襲いかかる。
「――!」
その瞬間。
何か熱いものが、茉椰の全身を駆け巡った。
身体の奥から力が湧き上がってくる。
目の前の獣を倒せる。
なぜか、そう確信した。
鋭くなる眼光。
額と右腕には、禍々しい紋様が浮かび上がる。
「……やるしかない」
茉椰は刀を握り直した。
「フアアッ!」
ザシュッ!
一閃。
刀身は獣の首元を捉え、そのまま身体を斜めに真っ二つに切り裂いた。
「……倒した?」
茉椰が呟く。
すると、額と腕に浮かんでいた紋様がスゥーッと消えていった。
全身を包んでいた熱も、嘘のように引いていく。
「……何だったの?」
それから茉椰は、遠くに見える街を目指して歩き始めた。
街まではかなりの距離があった。
途中、たまたま持っていたライターで焚き火をして休み、また歩く。
そして何度もモンスターに襲われた。
そのたびに、刀を振るった。
不思議なことに、戦おうとすると身体の奥から力が湧いてくる。
そうして数日。
ようやく街の門へ辿り着いたところで、門番に止められ――。
そして今に至る。
――――――――――
「街まで三日くらいかかったかなー」
「かなり大変でしたね……」
僕は思わず先輩を見る。
「というか先輩、そんなにお強いんですか!?」
「そんなことよりさー」
先輩が僕の隣を見る。
「和くんの隣でずっとお座りしてる、その可愛い仔の紹介してもらってもいいかな?」
「可愛い仔ですか?」
僕も隣を見る。
「って、えーーーーーっ!?」
そこには――。
あの仔虎が、ちょこんと行儀よく座っていた。
「なんでいるの!? いつ現れた!?」
「また迷子になったんじゃなかったのか!?」
仔虎は、僕を見上げる。
そして――。
「別に迷子になってないにゃ」
「…………」
「しばらく身体を消していただけにゃ」
「…………」
「お二人とも、これから仲良くしてにゃ」
「えーーーーーっ!!」
喋った。
「喋った!? お前、喋れるの!?」
「誰がしゃべれないって言ったのにゃ?」
「じゃあ僕が寂しく過ごしてるとき、話しかけてくれてもよかったじゃんか!」
「てか、僕が話しかけても全然喋らなかったじゃん!」
「面倒だったから喋らなかったのにゃ」
「……」
「……あのー」
茉椰先輩がおずおずと手を挙げる。
「紹介をー」
「あ、先輩すみません!」
僕は慌てて先輩を見る。
「驚いてしまって、つい……。僕がこっちに来て目を覚ましたら、この仔がいたんです」
「すっごく可愛いのね」
先輩が仔虎の頭を撫でる。
「お前、お母さん探さなくていいのか?」
「お母さん? 何それ、おいしいにゃ?」
「あたちのご主人はあんたにゃ」
「ご主人!?」
僕が思わず声を上げる。
「和くんには、その仔が話してる言葉が聞こえるのね」
「先輩は聞こえませんか?」
「聞こえるわけないにゃ。ご主人にしか聞こえないにゃ」
「……マジか」
ということは……。
こいつは僕の使い魔?
テイムモンスター?
まさか、僕の従魔なのか?
「そんな感じにゃ」
「え、僕、今声に出してた?」
「声に出さなくても分かるにゃ」
「マジかよ……!」
ということは――。
僕が寂しく過ごしていたときに、あんなことやこんなことを考えていたのも……。
「わー、わわわー!」
僕は慌てて首を振った。
「なんでもない! なんでもない!」
「ふふ、急にどうしたの?」
「……」
めちゃめちゃ不便だ。
本当に困った。
「そろそろ話は済んだかー?」
そのとき、扉が開いた。
バウワウ卿が顔を覗かせる。
「はい!」
僕たちが返事をすると、バウワウ卿は腕を組んだ。
「今回は、お前らの罪は問わない。俺がなんとかする」
「えっ?」
「ただし、ちゃんと働け」
「働く?」
「人々のためになるように働け。それで勘弁してやる」
バウワウ卿は踵を返す。
「これからギルドへ連れて行く。そこで加入しろ」
「ギルド……?」
「ついてこい」
僕と先輩は顔を見合わせた。
異世界。
見知らぬ街。
謎の能力。
そして、僕にしか言葉の通じない仔虎。
これから、どうなるんだ?
そもそも――。
ギルドって、なんの仕事をする場所なんだ?
僕は、この世界で……働けるのか?
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