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 *

  *

 それから私は、ことごとくレオニード公爵を避けるようになった。


 もちろん、あからさまな真似はしていない。


 夫婦で出席するべき夜会を欠席したり、公爵との外出を拒否したり、同じ屋敷にいながら別居同然の生活を送ったり――そんなことをすれば、たちまち社交界の噂になる。


 そもそも私には、そこまで露骨に反抗する度胸もなかった。


 だから逃げ方は実にみみっちい。


 夜会へ向かう時は「少し体調が優れませんので」と言って別の馬車を用意してもらう。


 公爵が私の部屋を訪ねてきても、侍女たちを決して下がらせない。


 廊下の向こうに金髪が見えたら進路を変える。


 我ながら子供じみていると思う。

 しかし、それでも二人きりになるよりはましだった。


 レオニード公爵は何か話したそうにしていた。

 あの日の話の続きをしたかったのかもしれない。

 あるいは私を説得するつもりだったのかもしれない。


 けれど私は聞きたくなかった。


 公爵と向き合えば、また姉の話になる気がしたからだ。


 美しく、賢く、誰からも愛される姉。


 そして同じように、才能も地位も財産も持ちながら、それでもなお飽き足らず世界の果てまで知ろうとするレオニード公爵。


 二人はどこか似ていた。

 だから見ていると苦しくなる。


 私には到底辿り着けない場所に立つ人間たちだから。


 胸の奥を針でつつかれるような痛みは、未だ消えてはくれなかった。


 *

  *

   *


 レオニード公爵から逃げ続けて、一週間ほどが経った。


 そんな頃、再び姉から手紙が届いた。


 内容はいつも通りの近況報告から始まっていた。

 庭の薔薇が見頃を迎えたこと。

 父が狩猟で大物を仕留めて上機嫌だったこと。

 兄が相変わらず忙しく飛び回っていること。


 そして最後に、私への心配が綴られていた。


 ――やはり、あなたと公爵殿下のことが気掛かりです。


 私は思わずため息を吐いた。


 前回の返事で、心配はいらないと書いたはずだ。

 それなのに姉はまだ不安らしい。


 手紙を読み進めて、私は少し驚いた。


 どうやら姉は当初、この結婚に反対していたらしい。


『父上には何度も申し上げたのですよ。

レオニード公爵は優秀な方ですが、イザベラの夫としては相応しくありません、と』


 手紙にはそう綴られていた。

 しかし父は聞かなかった。それは、当然と言えば当然だった。


 なにせ、アルヴェルト公爵家からの求婚だったのだ。


 若くして公爵位を継ぎ、国中に名を轟かせる才人。

 家柄も申し分ない。領地も広い。

 断る理由などどこにもなかった。


 それに何より、当時の私は結婚を望んでいた。

 だから姉の反対は退けられてしまった。


 今となっては皮肉な話だ。

 姉だけが最初から気付いていたのだ。


 レオニード公爵が少し――いや、かなり変わっている男だということに。


 ――本当は君の姉君と結婚したかった。


 今思い返しても、初夜のベッドであのセリフはありえないと思う。


 さらにその理由が、


『政務を任せて自分は探究したかった』


 なのだから救いようがない。


 私は返事を書くための羊皮紙を前に、ぼんやりとペンを回していた。

 なんと返せばいいのかわからない。

 大丈夫だと書けば嘘になる。

 正直に書けば姉はますます心配する。


 だからといって、

『それなら最初から止めてくださいましたら良かったのに』

 などと書けば完全に八つ当たりだ。


 分かっている。

 分かっているのだ。


 私自身がこの結婚を望んだ。

 誰に強制されたわけでもない。

 ――それなのに。


 胸の奥には未だにあの言葉が刺さったままだった。


 ――本当は君の姉君と結婚したかった。


「……お姉様は、うまく逃げおおせたのよね」


 ぽつりと呟く。


 するとすぐに、心の中の冷静な自分が嗤った。

 ――違うでしょう、と。

 逃げたのではない。

 お姉様は選ばなかっただけだ。

 そして私は、自分から飛びついた。


 だから余計に惨めなのだ。


 -コンコン。


 机に顔を伏せた、丁度その時だった。

 短いノックの音が響いた。


 返事をすると、入ってきたのは私付きの侍女ではなかった。


 見覚えのない顔だ。

 しかし、その装いと、立ち振る舞いからレオニード公爵付きの侍女であることが察せられた。


 嫌な予感がした。


 侍女は丁寧に一礼すると、事務的な口調で告げた。


「奥様。公爵様がお呼びでございます」


 ドクリ。

 嫌な予感がさらに強くなる。


「至急、執務室までお越しいただきたいとのことです」


 私は思わず机の上の姉の手紙を見下ろした。

 まるで見計らったような呼び出しだった。


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