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それから私は、ことごとくレオニード公爵を避けるようになった。
もちろん、あからさまな真似はしていない。
夫婦で出席するべき夜会を欠席したり、公爵との外出を拒否したり、同じ屋敷にいながら別居同然の生活を送ったり――そんなことをすれば、たちまち社交界の噂になる。
そもそも私には、そこまで露骨に反抗する度胸もなかった。
だから逃げ方は実にみみっちい。
夜会へ向かう時は「少し体調が優れませんので」と言って別の馬車を用意してもらう。
公爵が私の部屋を訪ねてきても、侍女たちを決して下がらせない。
廊下の向こうに金髪が見えたら進路を変える。
我ながら子供じみていると思う。
しかし、それでも二人きりになるよりはましだった。
レオニード公爵は何か話したそうにしていた。
あの日の話の続きをしたかったのかもしれない。
あるいは私を説得するつもりだったのかもしれない。
けれど私は聞きたくなかった。
公爵と向き合えば、また姉の話になる気がしたからだ。
美しく、賢く、誰からも愛される姉。
そして同じように、才能も地位も財産も持ちながら、それでもなお飽き足らず世界の果てまで知ろうとするレオニード公爵。
二人はどこか似ていた。
だから見ていると苦しくなる。
私には到底辿り着けない場所に立つ人間たちだから。
胸の奥を針でつつかれるような痛みは、未だ消えてはくれなかった。
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レオニード公爵から逃げ続けて、一週間ほどが経った。
そんな頃、再び姉から手紙が届いた。
内容はいつも通りの近況報告から始まっていた。
庭の薔薇が見頃を迎えたこと。
父が狩猟で大物を仕留めて上機嫌だったこと。
兄が相変わらず忙しく飛び回っていること。
そして最後に、私への心配が綴られていた。
――やはり、あなたと公爵殿下のことが気掛かりです。
私は思わずため息を吐いた。
前回の返事で、心配はいらないと書いたはずだ。
それなのに姉はまだ不安らしい。
手紙を読み進めて、私は少し驚いた。
どうやら姉は当初、この結婚に反対していたらしい。
『父上には何度も申し上げたのですよ。
レオニード公爵は優秀な方ですが、イザベラの夫としては相応しくありません、と』
手紙にはそう綴られていた。
しかし父は聞かなかった。それは、当然と言えば当然だった。
なにせ、アルヴェルト公爵家からの求婚だったのだ。
若くして公爵位を継ぎ、国中に名を轟かせる才人。
家柄も申し分ない。領地も広い。
断る理由などどこにもなかった。
それに何より、当時の私は結婚を望んでいた。
だから姉の反対は退けられてしまった。
今となっては皮肉な話だ。
姉だけが最初から気付いていたのだ。
レオニード公爵が少し――いや、かなり変わっている男だということに。
――本当は君の姉君と結婚したかった。
今思い返しても、初夜のベッドであのセリフはありえないと思う。
さらにその理由が、
『政務を任せて自分は探究したかった』
なのだから救いようがない。
私は返事を書くための羊皮紙を前に、ぼんやりとペンを回していた。
なんと返せばいいのかわからない。
大丈夫だと書けば嘘になる。
正直に書けば姉はますます心配する。
だからといって、
『それなら最初から止めてくださいましたら良かったのに』
などと書けば完全に八つ当たりだ。
分かっている。
分かっているのだ。
私自身がこの結婚を望んだ。
誰に強制されたわけでもない。
――それなのに。
胸の奥には未だにあの言葉が刺さったままだった。
――本当は君の姉君と結婚したかった。
「……お姉様は、うまく逃げおおせたのよね」
ぽつりと呟く。
するとすぐに、心の中の冷静な自分が嗤った。
――違うでしょう、と。
逃げたのではない。
お姉様は選ばなかっただけだ。
そして私は、自分から飛びついた。
だから余計に惨めなのだ。
-コンコン。
机に顔を伏せた、丁度その時だった。
短いノックの音が響いた。
返事をすると、入ってきたのは私付きの侍女ではなかった。
見覚えのない顔だ。
しかし、その装いと、立ち振る舞いからレオニード公爵付きの侍女であることが察せられた。
嫌な予感がした。
侍女は丁寧に一礼すると、事務的な口調で告げた。
「奥様。公爵様がお呼びでございます」
ドクリ。
嫌な予感がさらに強くなる。
「至急、執務室までお越しいただきたいとのことです」
私は思わず机の上の姉の手紙を見下ろした。
まるで見計らったような呼び出しだった。




