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9. 冒険者ギルド(前編)

 翌朝、昨日作り上げた自家製コンソメとミルクを合わせた特製スープに、例の鈍器のように硬い黒パンを浸して朝食の席についた。

 ちょうど近所の農家の人から野菜やミルクを直接売ってもらえるということだったので、欲しいものを畑から直接収穫して購入できるようになったのだ。

 この世界に牛はいるらしく、俺の知ってる白黒の乳牛ではないが茶色い牛からミルクを絞ってもらった。

 硬いパンをとろみのある熱々のスープをたっぷり吸わせ、パン粥状にまでして崩してやればなんとか胃に収めることはできるが、やはり前世で食べなれたふかふかの白いパンへの未練が断ち切れない。

 とはいえ、コンソメの旨味が加わったことで、食事としてのレベルは格段に跳ね上がっていた。


 腹ごしらえを終えた俺は、今後の生活基盤を固めるため、冒険者ギルドへ足を運ぶことにした。

 元の世界でプレイしていたRPGなら、街の周辺で薬草をむしったり、最弱のスライム的な魔物をポカポカ叩いたりする初心者救済クエストが用意されているはずだ。

 しかし、ここは現実の異世界であり、そんなご都合主義なシステムが存在するかどうかは分からない。

 まず一度行ってみて、自分でリアルな情報を集めるのが最優先だ。


 冒険者ギルドは、喧騒に包まれた中心部から少し離れ、街をぐるりと囲む高い城壁の門に近い場所にどっしりと構えていた。

 想像していたよりも遥かに巨大な石造りの建物だ。

 重厚な木製の扉を押し開けると、何とも言えない熱気と共に、昼間から煽るエールの匂いと肉の焼ける香ばしい匂いが鼻腔を満たした。

 どうやら一階部分は、冒険者たちが情報交換をする酒場とギルドの窓口が一体化しているらしい。

 木製のジョッキを打ち鳴らして宴会騒ぎをしている冒険者たちの横で、壁に張り出された羊皮紙の依頼書を真剣な顔で吟味しているパーティーの姿もある。

 もっと、某世紀末のモヒカンやヒャッハーと叫ぶような無法者ばかりがたむろしているスラム的な空間を想像していたが、現実は違ったようだ。

 街の警備隊に混ざっていても違和感のない、手入れされた武具を身に着けた剣士。

 独特の薬品の匂いを漂わせるローブ姿の魔法使いや回復職らしき者たち。

 さらには、大きな荷物を背負うポーター稼業なのか、俺より細身でひょろりとした体格で大荷物を背負った男たちの姿もちらほら見受けられた。


 独特の熱気に気おされながらも、俺は正面の奥に設けられたカウンターに歩み寄り、書類仕事をしている職員らしき人物に声をかけた。


「あの、冒険者について少し教えてほしいのですが……」


 顔を上げたその人物を見て、俺は思わず息を呑んだ。

 赤茶色のくせっ毛をスッキリとしたショートカットにまとめた女性なのだが、その頭頂部にはふさふさとした毛並みの猫の耳が生えていた。

 最初はそういう趣味のコスプレか何かだと思ったのだが、俺の声に反応するように、その獣耳がピクピクッと微細な動きを伴って音を拾うように動いたのだ。


「あら、珍しい、初心者の方ですか?」


 振り返った職員の女性は、俺の顔を正面から捉えた瞬間、カチッと音を立てて石化するように固まった。


 しまった。


 いくら本物の猫耳が珍しいからといって、穴があくほど凝視するのは現代日本でも異世界でもマナー違反だ。

 不躾な視線に気を悪くしたに違いない。

 俺は慌てて頭を下げた。


「す、すみませんっ」


 俺の謝罪でハッと我に返ったように、彼女はパタパタと両手を振って微笑んだ。


「いえいえ、全然かまいませんよ。もしかして、獣人を見るのは初めてですか?この街だと比較的多く暮らしているのですが、あなたはこちらの地方の方ではないのですか?」


「あの、俺、遠くから引っ越してきたばかりで……。正直、本物の獣人さんだと思っていなくて、耳が動いたからびっくりしちゃって……」


 しどろもどろになりながら見苦しい釈明を並べる俺に対し、彼女は全く気を悪くした様子もなく、むしろ慣れた対応でにっこりと愛想の良い笑顔を浮かべて本来の業務へ戻った。


「私、ギルド受付のチェルシーといいます。お名前伺ってもよろしいですか?」


「あ、俺、リーヤといいます」


「リーヤさんですね。本日はどのようなご用件でしょうか」


「その、冒険者の仕組みについて色々教えて欲しくて……」


 チェルシーさんの澄んだ声が紡ぐ説明は、非常に理路整然として分かりやすかった。

 まず、十五歳以上であれば身分を問わず誰でも冒険者ギルドへの登録が可能だという。

 厳しい審査などは一切なく、手続きを済ませればすぐに身分証代わりになるギルドカードが発行される。

 全員が一番下のFランクからのスタートとなり、依頼の達成や魔物の討伐でギルドで貢献ポイントを稼ぐことで、徐々にランクが上がっていくシステムらしい。

 ただし、カードは身分証としての効力を維持するためには一年に一度はポイントを獲得する必要がある。

 そのため、戦闘をしない一般市民でも、身分証の維持目的で簡単な薬草採取依頼などを年に一回だけこなすという運用も可能らしい。


「あの、俺、これまで魔獣とか魔物って一度も狩ったことがない素人なんです。でも、せっかくならランクを上げていきたいんですが、どこかで戦い方を教えてもらえる場所ってありますか?」


 俺の切実な問いかけに対し、チェルシーさんは柔らかく微笑みながら頷いた。


「もちろんありますよ。初心者の方には、冒険者としてのいろはを現場で学んでいただくため、熟練のベテラン冒険者と一緒に実際の依頼を受けていただく制度があるんです。そこで実地指導をしてもらえますよ」


 その言葉を聞いて、肩からスッと無駄な力が抜けた。

 いきなり死にかけながら自力で頑張れと要求されるようなら、冒険者は諦めようと思っていたが、ちゃんと初心者育成制度が用意されていることに底知れぬ安心感を覚える。

 この異世界、意外にギルドまわりのシステムは驚くほど秩序立っていて実に素晴らしい。


「もちろん、指導を引き受けてくれるベテラン冒険者側にも、ギルドポイントの特別付与などの恩恵が用意されていますから、一通りの知識を習得するまでは遠慮せずにどんどんこの制度を活用してくださいね」


 チェルシーさんは猫耳をぴこっと揺らしながら、安心させるような満面の笑みを向けてくれた。

 

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