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8. 神様と晩ごはん

 準備が整い、俺はフェルディさんと向い合せに座る。

 鍋から立ち上がる湯気が、獣肉の脂と香味野菜の溶けあった芳醇な香りを鼻腔の奥まで運んでくる。

 こちらに来て、一人きりの食卓というものは、これほど静かで寂しいものだったのかと感じていた。

 元の世界で弟妹たちと肩を寄せ合い囲んでいた喧しいほどにぎやかな食卓を思い出すと、胸の奥がチクリと痛んだ。

 だからこそ、夕飯の匂いにつられて入り込んできたこの神様がいてくれて、心底助かったと思っている。

 俺の前に並ぶのは、ふかしたクラム芋と、ボア肉と野菜の旨味を凝縮させた琥珀色のスープ、多少の具材も煮込んである。

 自家製コンソメと鶏ガラスープ抽出に途方もない時間が掛かったため、品数は少ないが絶対の自信をもって提供する夕飯だ。


「「いただきます」」


 木の匙を手に取り、二人同時にスープを喉へと流し込む。


「わぁっ、おいしいねぇ!時々こっちの世界に降りてきてごはん食べるけど、レストラン行ってもこのレベルは出てこないかも!」


 フェルディさんの匙は、手首の動きが見えないほどの猛スピードで皿と口を往復し始めた。

 お世辞など微塵も混じっていない本能むき出しのがっつきっぷりだ。


「やっぱりそうなんですね。食堂の飯を食った時も、旨味とかコクっぽい概念が薄そうだとは思ってましたけど……」


 俺も一口スープを啜り、舌の上で転がす。

 元の世界で使っていた市販のコンソメキューブとは次元が違う。

 多少の野性味はあるが、それにも勝る旨味が幾重にも重なって味覚を刺激してくる。

 これがファンタジー世界の魔物が持つポテンシャルというやつだろうか。

 これだけの極上の素材が、料理に活用しきれていないなんて、食文化の損失もいいところだ。


「うん、我ながら完璧だ」


 自画自賛、出来栄えに満足し二口、三口と食べ進める。


「おかわり食べたいけど、まだある?」


 空っぽになった木皿を両手で突き出し、子犬のようなキラキラとした瞳でこちらを見つめてくるフェルディさん。

 ここまで美味そうに食べてくれるなら、苦労して灰汁を取り続けた甲斐があったというものだ。


「まだたっぷりありますよ。遠慮なく好きなだけ食っていってください」


 結局、俺が二杯目を平らげる間にフェルディさんは四杯ものスープを胃袋へと吸い込んでいった。


「ふわぁー、おいしかった!たくさん御馳走になっちゃったねぇ」


 満足げな吐息を漏らしながら、フェルディさんはぽっこりと膨らんだ自分のお腹をさすっている。

 満腹のあまり動くことすら億劫なのか、椅子の上でだらしなく溶けている姿を見ると、腹の底から笑いが込み上げてきた。

 荘厳さや威厳など欠片もないが、俺にとってはこの親しみやすさがあるから、あんな失敗すらも許せてしまうんだと思う。


「お粗末様でした。俺も、一人きりの飯にならずに済みました。フェルディさんが来てくれて本当によかったですよ」


 空いた皿を重ねながら、照れ隠しもなく本音をこぼす。


「そうなの?じゃあよかった~。あ、これお礼ね」


 フェルディさんが、コトンと乾いた音を立てて小さな包みをテーブルの中央に置いた。

 手のひらに収まるほどの、布切れで包まれた何か。


「ん?なんですか?これ」


 布巾で指先の水気を拭い、持ち上げてみるが、羽毛のように軽い。


「まぁ、いいから開けてみてよ」


 悪戯を仕掛けた子供の様にニヤニヤと笑うフェルディさんに促され、口を縛っていた紐を解く。

 覗き込むと、布の中に収まっていたのは、見慣れた黄金色の粒。


「え……と、これは、お米?」


 フェルディさんは目を細め、得意げにうんうんと首を縦に振った。


「僕、リーヤの元の世界からこっちの世界へ人を召喚する権限はあるんだけど、向こうの地を踏むことはできなくってさ。だから向こうの担当の神友に頼み込んで、ちょっと取ってきてもらったの」


「ん??そもそも、こっちの世界には米は存在しないってことですか?」


「んー、ざっくり言うとあるにはあるんだけど、日本みたいに品種改良されたお米はないかな。こっちで育ってるのはかなり原始的な、古代米みたいなやつばかりだから、リーヤの食べなれた味のものは絶対にないよ」


 こともなげに言い放つフェルディさんを、俺はジト目で睨みつけた。

 異世界の生態系に存在しない外来種を、神権限で密輸するとは。

 倫理的にも生態系的にもアウトな気はするが、それでも、胸に込み上げる歓喜は抑えきれなかった。

 白米は、日本人の魂そのものだ。


「ありがとうございます。こっちに無い物なら、不用意に広めたりせず、自分が食う分だけこっそり栽培してみます」


 聞けば、本当は米俵ごと持ってきたかったらしいが、さすがの神友からも「生態系が崩れる」とこっぴどく怒られたそうだ。

 少量の米で諦めたのは、俺の持つ植物育成スキルなら、この一握りの種籾からでも確実に増やせるだろうと見込んでの判断らしい。

 それって俺が米作りまくって一財産築こうとしてたら、結局生態系に影響があるんじゃ……。


「フェルディさん。こいつが無事に育って腹いっぱい米が食える量になったら、また来てください。今度は、これに合う最高のおかずを作ってごちそうしますから」


 歓喜に震える手で種籾を握りしめ、俺は力強く宣言した。


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