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4. 初めての街ぶら

 深呼吸をすると、真新しい木の香りが肺の奥までいっぱいにひろがる。

 俺に与えられた拠点は、豪華すぎず質素すきず、まさにファンタジー世界の街角にひっそりと建っていそうな、温かみのある木造家屋だった。

 一人で暮らすには持て余すほどの広さだ。

 一階には使い勝手の良さそうなダイニングキッチンに、お風呂や水洗式のトイレ、それに広めの倉庫部屋が完備されている。

 俺としては、現代日本よりかなり旧式だが、曲がりなりにも水洗トイレがあることがかなり高ポイントだった。

 階段を上がった二階には、寝室や書斎に使えそうな個室が三部屋も用意されていた。

 最低限の家具や食器も棚に収まっており、その日からすぐに生活を始められる状態になっている。


 ふとダイニングテーブルに目をやると、ずっしりと重そうな麻袋がどさりと無造作に置かれていた。

 いくら俺がすぐに転移してくるとはいえ、お金をこんなに堂々とテーブルに置くなんて不用心にも程があるだろう。

 空き巣に入られたらどうするつもりだったのか。

 フェルディさんのポンコツ具合を思い出しながら、俺はとりあえずその金袋を空間魔法の収納庫へと放り込んだ。


 キッチンカウンターの上には、布に包まれた包みがおいてある。

 開いてみると、香ばしく焼かれた分厚い肉が挟まったサンドイッチが顔を出した。

 どうやら最初の一食分は用意してくれていたらしい。

 備え付けの水瓶から水を汲み、魔法でカップのまま沸騰させてから適温に冷まし、サンドイッチにかぶりつく。


「……美味い」


 肉体を介しての、久しぶりの食事だ。

 神界でも食事めいたことはしていたが、歯を立てて肉を噛みちぎり、質量を持った食べ物が喉から胃の腑へと落ちていくこの感覚は、数日ぶりに味わう生きているという実感だった。

 腹が膨れると、これからの行動について思考を巡らせる。

 当面の生活に必要なものを買い揃えたいが、いかんせんこの世界の貨幣価値というものがまったく分かっていない。

 まずは街へ出て、周囲の会話や値札を観察しながら、金銭感覚と一般的な常識をインストールしていくしかないだろう。

 可能であれば、数日分の着替えと食材も確保しておきたい。


「よし、早速出かけてみよう」


 声に出して気合を入れると、護身用に備え付けられていた小ぶりのナイフを腰のベルトに差し込み、空間収納から銅貨や銀貨を適当に抜き取ってポケットに入れ、俺は初めて異世界の街へと足を踏み出した。


 扉を開けると、土埃と香辛料が入り混じったような、熱気のある空気が肌を撫でた。

 神様に田舎を希望していたため、もっと閑散とした村を想像していたが、街のメインストリートは予想以上に買い物客で賑わっていた。

 石畳の両脇には木箱を並べた露店や布屋根の屋台がひしめき合い、多くの買い物客が行き交っている。

 俺は物珍しさにキョロキョロと首を回しながら、飛び交う声に耳を澄ませた。


「新鮮なボアの肉が一塊で銀貨二枚だよーっ!」


「奥さん、今日隣町から仕入れた異国の果物だけど、銀貨一枚でどうだい?」


 威勢の良い店主たちの声に、安堵の息を吐く。

 どうやら通貨単位は金属の種類と枚数で間違いないようだ。

 これなら、俺も今すぐ買い物ができそうだった。


 まずは街の住人が着ているような、目立たない服を調達しよう。

 俺は並べられた商品の中から、手頃そうな布地を扱っている衣料品店へと足を踏み入れた。


「すみませーん、服を何着か購入したいのですが……」


 店内で品出しをしていた恰幅の良い中年女性に声をかける。

 振り向いた女性は、俺の顔を見た瞬間、目を真ん丸にし、ポカンと口をあんぐり開けたままフリーズしてしまった。



「あの……?」


 ややあって、ハッと我に返ったおばちゃんは、なぜかこれ以上ないほどのにっこりとした微笑みを浮かべた。

「ど、どんな服をお探しですか!?あんまりおしゃれなものはなくって、日常の装いや作業着が中心ですけどねぇ!」


 やたらと弾んだ声で接客されながら、俺は少し考えて、寝間着と下着の替え、それに目立たない平民風の日常着、庭仕事用の作業着と厚手の手袋、森の中も歩けそうな丈夫なブーツを一式購入した。

 会計のついでに、気になっていたことを尋ねてみる。


「あの、俺引っ越ししてきたばかりで、この辺りの事をあまり知らないんですけど、気候ってどんな感じですか?」


「ああ、どおりで。あんたみたいな子がいたら気が付きそうなもんだと不思議に思ってたけど、それなら納得だ」


 おばちゃんはポンと手を叩くと、親切に教えてくれた。


「この辺りは、四季がはっきりしているからねぇ。今からは夏に向けて気温が上がっていくけれど、冬になれば雪が降ったりする程度には寒くなるよ。だからここいらの住人は、秋くらいには冬準備にかかるもんさ。あんたもそうさね、八月が終わる頃には服もだけど、保存食や薪を十分に備えておく方がいいよ」


「親切にありがとうございます。あともう一つ教えてください。この辺りに良心的な価格で美味しい食堂とかってありますか?」


 おばちゃんに紹介してもらった食堂で今日の夕食は済ませることに決め、俺は一度買った荷物を置きに家へと戻ることにした。


 ダイニングテーブルの上に買ってきた服を広げ、本日の出費を計算する。


「買った着替え一式が銀貨五枚と銅貨九枚。たぶん牛肉的な扱いのボアの肉が固まりで銀貨二枚。つまり金貨はほぼ一般庶民は使わないってことかな」


 フェルディさんにもらった袋の中身を改めて確認すると、金貨もいくつか入っているが、どっさりと銀貨や銅貨が入っていた。

 こちらの金銭感覚を理解していない俺のための、このあたりの事情も分かっての準備だったのだろう。



「あとは夕方にこちらの一般的な食堂のメニューを見て、食材の買い出しに役立てるか……」


 市場には、聞いたことがない物ばっかり売っていてどうすればいいのか全然分からなかった。

 味の予想がつかないのはもちろんだけど、下手に高級食材を買って目をつけられたりしたら、今後ひっそり暮らすのに困る。

 窓の外を見ると、夕食の時間まではたっぷりと余裕があった。

 俺はさっそく、庭に菜園を作れるように、畑を耕して時間を過ごすことにした。


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