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3. スキル会議

 異世界へ持っていくスキルに関して、俺は一切の妥協を許さなかった。

 神様の痛恨のミスでこんな事態に巻き込まれたのだから、せめて今後の生活の保証くらいは毟り取らなければ割に合わない。

 俺は神界に泊まり込み、数日かけて綿密なすり合わせを行った。

 俺を巻き込んで見事な土下座を披露した神様は、フェルディさんという名で、『世界』そのものを司るらしい。

 絶望的にポンコツな振る舞いの割に、実はとんでもなく高い権限を持つ権力者だと知って少しだけビビったのは内緒だ。


 ちなみに、この神様の世界にもきっちりと部署や担当が分かれており、何でもできる全知全能の神という便利な存在はいないそうだ。

 フェルディさんは世界の管理をしているため、俺の新しい肉体を構築して異世界へ放り込むことはできる。

 しかし、生活に直結する便利なスキルや能力を持たせるには、それぞれの専門分野を担当する他の神々の協力を仰ぐ必要があった。

 そういう事情があり、現在フェルディさんの家は、さながら下町の集会所のような熱気を帯びている。

 もっとも、集まってきているご近所さんたちは全員正真正銘の神様なので、放たれるオーラと顔面偏差値の圧巻っぷりは凄まじいのだが。

 ひんやりとした滑らかな手触りの、無駄に高価そうな大理石の大テーブルを囲み、喧々諤々の話し合いという名のプレゼン合戦が行われていた。


「ワシのおすすめは絶対に鍛冶だぞ! なにせ伝説の武具を打ち出せるからな!」


 丸太のように太い腕を組み、豪快に笑うのは鍛冶の神バルガスだ。


「あら、そんな物騒なものよりも、日常生活でサラッと着られるのにドラゴンブレスも完全防備できるローブを作れる『裁縫』の方が絶対にいいわよ!」


 上品に紅茶の香りを漂わせながら微笑むのは、家事スキル全般を司る女神ミレーヌ。

 俺とは一番話が合い、主婦の井戸端会議のノリで盛り上がれる貴重な存在だ。


「すまないなぁ、若造! 俺の最高峰のスキルは勇者にくれてやったから、お前には魔王を屠る剣術スキルは授けてやれないんだが……小国を一つ二つ殲滅するくらいの力ならつけてやれるぞ!」


 ボディビルダーも真っ青の筋肉を見せつけ、暑苦しいタンクトップ姿で身を乗り出してくるのは戦闘の神ガルドだ。

 彼らはぎゃあぎゃあと自分たちの能力の素晴らしさを口々に並べ立て、特に対立する神様に対してマウントを取ろうと必死になっている。

 その様子は、およそ神様という神聖な響きからはかけ離れていた。


「まぁまぁ、みんなの気持ちはすごく嬉しいんだけど、龍哉くんの希望に沿う形にしてあげたいから、その、穏便な話し合いに協力してほしいなー……なんて……」


 家主であるフェルディさんが苦笑いしながら宥めようとするが、他の神様たちから一斉にギロッと鋭い視線を浴び、最後は蚊の鳴くような声で尻すぼみになった。


「元々は、あなたがしっかり仕事をしないから、彼に多大な迷惑をかけたんでしょ?」


 美の女神ヴィオラが、甘い香水をふわりと香らせながら、やれやれといった風に両手を広げて艶やかに首を振った。

 彼女の容姿は、ハリウッド女優だろうが世界三大美女だろうが束になっても敵わないほど美しいと思うが、悲しいかな、俺の語彙力ではその圧倒的な美貌を正確に表現する術を持たない。

 とにかく「美しい」、その一言に尽きる女神様だ。


「そうだぞ! 隠蔽を忘れて召喚を実行するなど、言語道断の極みだ!」


 ガルドさんがむき出しの筋肉の塊のような腕を振り上げ、大理石の机をガンッ!と力任せに叩きつけた。

 凄まじい衝撃音が室内に響き渡り、座っていた俺の尻が椅子から十センチほどふわりと宙に浮く。


「それについては……まったくもって反論の余地はないデス……」


 フェルディさんは完全にしゅんと肩を落とし、深く頭を垂れた。

 さすがに可哀想になってきたので、俺はパンッと軽く手を叩いて場を仕切り直す。


「まぁまぁ。その件については、フェルディさんと俺の間ではもうわだかまりは無いので。皆さんにはお手間をかけてしまって申し訳ないんですけど、せっかくなので、向こうの世界では俺のやりたいことをして自由に過ごしたいんです。どうか協力してください」


 長男として培ってきた喧嘩の仲裁スキルを発揮して頭を下げると、神様たちは顔を見合わせ、そこからは特に異論もなく真剣な話し合いに移行してくれた。

 俺の「のんびり暮らしたい」という希望に対し、どういう形でスキルを盛り込んでいけるか、熱心にアイディアを出してくれる。


 最終的にまとまった案として、俺に付与されるスキルは以下のようになった。

 フェルディからの「言語理解」と「空間魔法」。

 バルガスからの「鍛冶」を中心とした「職人」スキル。

 知的な黒髪の美丈夫・錬金術の神アルトゥスからの「薬師」スキル。

 ミレーヌからの「調理」や裁縫スキル。

 太陽のように明るい農業の女神セレスからの「植物育成」スキル。

 中性的な美貌を持つ魔法の神ルシアンからの「生活魔法」。

 そして、俺の作ったまかない飯に釣られてやってきた小柄で素っ頓狂な幸運の女神フィーナから「鑑定」スキルをもぎ取り、ガルドからは一般人より死ににくくなる程度の「肉体強化」と、「戦闘」スキルを冒険者の端くれレベルで付与してもらった。


 特に「職人」スキルは、裁縫も鍛冶も広く全般をカバーしているが、最初から何でもチート級に作れるわけではないらしい。

 実際に物を見たり、作業工程を経験することで習得し、何度も繰り返し鍛錬することで上達していくという、実に俺好みの地道な仕様にしてもらった。

 俺は、強大な力で無双して目立ちたいなどとはこれっぽっちも思っていない。

 むしろ、喧騒に包まれた都市部から少し離れた田舎街で、自分のペースでゆっくり過ごしたいと願っていたため、この調整は願ったり叶ったりだった。

 他のスキルも総じて「際立って世界を滅ぼすような凄まじい威力が無い代わりに、生活に役立つものを手広くたくさんつけてもらった」という、まさに万能便利屋セットである。


「あとは、向こうに到着してすぐ生活できるように、修理不要の頑丈な家を準備しておくね。家庭菜園が思い切りできるように庭も広めのところをつけておくから、そこを生活の拠点にするといいよ。当面の路銀も家の中に置いておくから、着いたら自由に使ってね」


「ありがとうございます、マジで助かります」


「あと、そうだ! 一番大事な龍哉くんの『身体』がいるね。何か希望はある? 年齢とか、性別とか、見た目とか」


 フェルディさんの問いかけに、俺は迷わず答える。


「元の世界と同じ年齢と性別がいいです。見た目も、元のままの黒目・黒髪だと落ち着くかも」


 俺はちらりと周囲の神様たちを見渡した。

 彼らは皆、日本にいたら二度見どころか五度見されるような個性的で鮮やかな髪色ばかりで、男臭かったり中性的だったりとタイプは違えど、全員が全員、目が痛くなるほど完璧に整った顔立ちをしていて、一緒にいるだけで酷く落ち着かないのだ。


「ふむ……じゃあ、ベースは黒目黒髪で、年齢は十七歳の男性だね。ただ、生粋の日本人の平面的な顔立ちは向こうの世界だと逆に浮いて馴染まないから、その辺りの造形はちょっとだけ、あっちの世界に馴染むように調整させてもらうとして……」


 フェルディは顎に手を当て、室内にいる神様たちをぐるりと見回した。

 唯一の艶やかな黒髪を持つアルトゥス、圧倒的な美貌のヴィオラ、そして神秘的なルシアンの顔をじっと見つめ……一瞬だけ視界に入った筋肉ダルマのバルガスからは、即座にスッと視線を逸らした、ような気がした。


「よし、身体の設計図も準備できたから、そろそろ送るね。向こうの世界での名前は『リーヤ』で戸籍を用意してあるから、遠い異国から引っ越してきたっていう設定で、新しい街での暮らしを存分に楽しんで!」


 フェルディさんが明るく告げた直後、別れの余韻に浸る間もなく、俺の足元から眩い光が溢れ出し、全身を温かく包み込んでいく。


「あ、えっと! 向こうでの生活が落ち着いたころに、よければ遊びに来てください! 神様が下界にこれるのかはわかんないですけど……とにかく、数日間色々ありがとうございました!」


 俺は慌ててペコッと頭を下げ、早口で挨拶を叫んだ 。

 しかし、その言葉を最後まで言い切ったかどうかの瀬戸際で、まるで巨大な掃除機に真正面から吸い込まれるような強烈な吸引力が働き、俺の身体はふっと宙に浮いた。

 視界がぐにゃりと歪み、色とりどりの光の帯が猛スピードで背後へと流れていく。

 重力も方向感覚も失った不思議な浮遊感はほんの数秒で終わり、ふっと足の裏に硬い床の感触が戻ってきた。


 眩しさに細めていた目を開けると、優しい光が差し込む大き目の窓。

 鼻腔をくすぐるのは、真新しい木の心地よい香り。

 俺は、シンプルだがどこか温かみのある、広々とした木造の家屋のド真ん中にポツンと立っていた。


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