2. 神様との出会い
ふわり、と背中を包み込むのは、まるで雲を塊ごと切り取って固めたような、驚くほど柔らい謎の素材だった。
仰向けで重い瞼を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは、目がチカチカするほど精緻な刺繍が施された天蓋。
どこぞの王族の寝室かと思うような、無駄に豪華な装飾だ。
「俺、雄介が地面に沈むのを止めようとして……」
そこまで口にして、背筋に冷たい汗が伝った。
そうだ、近所の薄暗い路地裏で、奴が地面にめり込んだんだった。
「……ッ! 雄介はッ!」
肺に空気を吸い込み、がばっと勢いよく上体を起こす。
無意識にベッドの下へ視線を落とした俺の喉から、「ひっ!」という情けない悲鳴が漏れた。
床にめり込まんばかりの勢いで額を擦り付け、見事な土下座をキメている男がいたのだ。
男の頭部から流れ落ちる、絹糸のように美しい淡い金髪が、さらさらと床に広がっている。
後頭部しか見えないが、異国人風の出で立ちであることは一目でわかった。
「あの……、あなた、誰……ですか??」
ここがどこかという最大の疑問を差し置いて、謎の金髪土下座男の放つ異常なインパクトが、俺の思考を完全に上書きしていた。
男は小刻みに肩を震わせながら、床に張り付いたまま叫んだ。
「本当にごめんなさい! 君の体、消えちゃった!」
「はぁっ!??」
間抜けな声が、豪華な部屋に響き渡った。
どうやら、この土下座男は神様らしい。
顔を上げさせ、今は向かい合ってふかふかのソファに腰を下ろしている。
神様が言うには、あの光は異世界の勇者召喚陣であり、雄介が一人だけ飛ばされる予定だった。
俺はそれを助けようとして飛び込んでしまったらしい。
本来なら周囲の人間には気付かれないようステルス仕様になるはずが、神様のヒューマンエラー(?)というふざけた理由で俺に見えてしまったそうだ。
向こうの世界に「勇者の枠」が用意されている雄介は無事に移動できたが、ただの巻き添えである俺は、世界から異物として弾かれ、肉体をロストした。
今は魂だけの状態で、神様がここに保護してくれているらしい。
「これって、元の世界に戻してくれれば万事オッケーっすよね?」
俺としては、鶏ひき肉の買い出しの続きからリスタートできればそれで丸く収まるのだ。
しかし、神様は居心地が悪そうに視線を泳がせ、ごにょごにょと尻すぼみに口籠もった。
「元の世界でも、行方不明者が出ると事件になるじゃない?だから召喚陣をくぐった人の情報って色々操作されることになってて」
つまり、雄介という人間も、加賀龍哉という人間も、元の世界には「最初から存在しなかった」ことになっているという。
「しかも、龍哉くんの肉体も喪失しちゃってるから……。本当にごめんなさい!」
神様がソファからずるりと滑り落ち、再び床へダイブして土下座の構えに入ろうとする。
俺は慌ててその細い肩を掴み、強制的に椅子へ座り直させた。
「ちなみに、雄介……俺と一緒に吸い込まれた男の子はどうなってるんですか??」
「あぁ、それね。彼は無事に勇者として召喚されたよ。見る??」
神様が軽いノリで、俺たちの間にあるテーブルをトントン、とノックするように小突いた。
水面のようにテーブルの表面がわずかに波打つと、そこに映像が浮かび上がった。
音こそ聞こえないが、神様が映した世界モニター(?)には、豪奢で荘厳な儀式の間のような場所で、王城の者たちにチヤホヤされている勇者・雄介の姿がはっきりと見えた。
俺は安堵の長い息を吐いた。
自分との違いを羨ましいとは微塵も思わないが、とりあえず無事らしいことにホッとする。
そして、これから世界を救うという重責を背負わされるであろう彼に、俺は心の中で激しい同情を送った。
「ごめんね、君も勇者にしてあげられたら良かったんだけど……」
「いや、面倒くさそうだし、絶対ああはなりたくないです」
食い気味にきっぱりと言い放った俺の言葉に、神様は目を丸くして不思議そうな顔をした。
それでも、俺の勇者になんてなりたくないという意向は汲んでくれたらしく、神様は今後の身の振り方について提案をしてくれた。
「元の世界に戻してあげることは難しいんだ。だから、行先は雄介くんと同じ世界になるんだけど、龍哉くんの場合、肉体がなくなっちゃってるから、今から作る感じになります」
異次元すぎる展開の連続に、俺の脳はすでに驚くことを放棄していた。
ふんふん、と適当な相槌を打ちながら神様の話を聞き流す。
今実体のように見えている俺の体は魂だけの状態らしく、入れ物となる新しい肉体を作る必要があること。
さらに、巻き込んだお詫びとして希望のスキルを付与してくれることや、年齢・立場も可能な限り自由に選ばせてくれるという説明を受けた。
「どんなスキルでも、なんだけど、世界のバランスもあるから、戦闘も魔法も全知全能に!みたいなのはちょっと無理だけど、できる限りは希望を叶えてあげるよ」
「ちなみに、俺が今度いく世界って、どんな所なんですか?」
「勇者が必要なあたりから察するかもだけど、魔族がいて、魔法があって、冒険者ってのもいるよ。あと国はどこも王制になってるね。魔法があるから、科学とか技術はあんまり発達してないかな。龍哉くんたちの元の世界でのロールプレイングゲームとかファンタジーな物語の世界をイメージしてもらったらかなり近いと思う」
剣と魔法のファンタジー。ロールプレイングゲームの世界。
俺は、強大な力で無双してチヤホヤされたいなんて欲はない。
もう弟妹に会えないのは心底寂しいが、どうせ生まれ変わるなら……これからは誰かのためじゃなく、ゆっくりと自分の時間を楽しむ生活をしたい。
「……わかりました。じゃあ、スキルの相談なんですけど」
俺は身を乗り出し、神様との綿密な打ち合わせを開始した。




