6、拾いもの(人)
「元の場所に戻してきなさい」
「はい」
仁王立ちしているリペルの前でアイザックは気まずそうに縮こまって正座をしている。その隣にやや汚れ気味の外套とズボンを着た比較的高めに見える男が正座している。
「拾って来たのはどこ?」
「門番さんから引き取ってきた。流れ着いたんだって」
身元不明人が深海にまで生きたまま流れ着いたのだ。できる事ならいつまでも置いておくのでは無く出入りしている人間に渡しておきたいという門番の気持ちを汲み取ってアイザックは拾ってきたのである。
そのことはリペルも理解しているが、軽率に人を拾ってくることは納得がいっていない。
「じゃあ、今から戻っても戻してこれないか」
「ごめんなさい」
「何も考えずに動くからこうなるんだよ」
「反省してます」
「前も同じこと言ってた! チャイブは自立してったから今では口出しできないけどさ!」
「ごめんて」
アイザックにはこの軽率なる拾い癖がたまに現れる。大抵はいい方向に進むので受け入れられているが、それでも連絡はしろとリペルに叱られるまでがセットである。
現在は叱られるフェーズである。
「急に拾って来たと思ったら、保護していい? って。なぁんでそんな思考になるのか分からないなぁ」
「いいい゛い゛い゛た゛た゛た゛た゛た゛た゛、ごめん、なさい! 痛い! ごめんって!」
「分かったなら、良し」
アイザックの米神にリペルのアイアンクローが決まった。
そしてアイザックから言質を取るとその右手を離す。
「さて、一体どちら様?」
「ソウ、と言います。少し前に空腹で海に落ちて、しばらく漂っていたら深く沈んじゃって、そこを衛兵さんに助けてもらってしばらくしたところに拾ってもらったという経緯です」
「なるほど」
リペルは少し考え込み言葉を発する。
「つまり、空腹でうろうろしていたら海に落ちて拾われたうっかりさん、と」
「うっかりさんに文句を言いたいが事実その通りなので何も言えない、という顔をしているな」
「なんでそう、読んでくるんですか!?」
なんて事ないようにそれまでの会話を流し、人の表情から心情を呼んでくる兄妹にソウは少しだけ恐怖を覚える。アイザックは痛みで悶えていたのでは無かったのだろうか。
「そう思ってそうな顔だなーって」
「だからって言葉にするんですか?」
「するねぇ」
「そうだなー」
もはやそれが一種のお家芸となっている気がする。二人の両親がどうであったかはわからないが。
「とりあえず、泊まる場所を用意しないと。仕切りってどこにあったっけ」
「倉庫の左側のところにあったと思う」
「何枚が良いかな」
「三、四枚でいいと思う」
「じゃ、持ってくるね」
そう言ってリペルは靴を履かずに外の倉庫に向かった。
「一人でいいんですか?」
「まあ、大丈夫でしょう」
「妹さんですよね」
「そうですね」
文化圏が異なるソウには考えもしなかった事なのだろう。訳がわからないと言った表情と声をした。
「女性一人で大きい物を運んでくるのは大変では?」
「一般であるならそうですね」
「じゃあ、なんで一人で行かせたんですか?」
ソウには理解できることでは無かったらしい。これぞジェネレーションギャップの一例であろう。アイザックの感覚とソウの感覚のズレによる考えの違いである。
「いつものことですし、平気でしょう」
「おにいー」
リペルが空中に見るからに重たそうな仕切りを木製のもの三つと布製のもの一つを浮かせて戻ってきた。
「どこに置いたらいいかな」
「ほらね」
あまりのことにソウは絶句した。
ソウの居た場所では物を浮かせている一般女性は居なかったからである。リペルができるとは思っていなかったらしい。
「おーにーいー?」
「はいはい。どこら辺におきます?」
「えっと、角でいいですよ」
「角だって」
「はいはい」
右手を軽く挙げていた状態から前の方に伸ばし、人差し指から順に下ろすと、浮かんでいた仕切りが部屋の隅に向かっていき、順番に降ろされていった。
「こんな感じ?」
「かな」
さらっと行われた目を疑う出来事にソウはついていけない。
「服とかは買ってきた?」
「何枚か貰ったやつあるから、それでいいかなってサイズとかも合いそうだし」
「下着は?」
「あ、持ってるやつがあるので乾かして使おうかな、って」
ぐっしょり濡れてしまった鞄の中に替えの服が一式だけあった。
「洗濯桶とか貸し出そう。海水だから洗わないと」
「そうだね。そっちの方が良さそう、ですよね?」
「あ、ありがたく?」
ソウは困惑気味にふわふわと浮かんできた洗濯桶を受け取る。
「そう言えば、名前は、」
「ああ、そうだった。僕がアイザック・ロベックで、妹が」
「リペル・ロベックです」
「これはご丁寧に」
本当に今更ながらの名前のみの自己紹介だ。
「さて、布団も出そうか?」
「床は寝ずらいだろうし、そうしよう。じゃあ、床に敷くものと小さめの棚も持ってきてくれないかな」
「わかった」
リペルはパタパタと二階への階段を上がっていった。
「なんで浮かせられるんですか?」
「さあ? 教わったんじゃないかな」
「原理も知らないのにそのまま受け入れているんですか?」
「うん」
なんて事のないようにアイザックは肯定した。
「どうであろうと可愛い妹であることは変わらないし、別にいいかなって」
「これが噂のシスコン…………」
「なんの話ー? 持ってきたけど、どこ置いたらいい?」
アイザックのシスコン度が判明した時にリペルが布団とタンスを空中に浮かせて運んできた。
「リペルの自慢話。仕切りの中でやりやすそうな位置に置いたらいいと思うー」
「わかったー」
えいっ、と手を下げるだけで仕切りの中で布団とタンスが使いやすいように次々と設置されていく。
ゴンゴンゴンッと扉が叩かれた。
「おにい、出て」
「行ってきます」
今逆らえば確実に拗ねてしばらく業務連絡以外で一言も話さなくなる。それだけは避けたいとリペルの指示にアイザックは従い、鳴り響く扉の前に立ち、扉を開ける。
「はーい」
「アイザック、泊めてくれ」
アイザックはそのまま扉を思いっきり閉めた。




