5、予定外の来訪者
オリビアが消えて三日ほど経った。
もう三日も経ったというのに未だ山積みになった課題以外のどこにもオリビアがいたという気配がない。
どういうことか問いただすために先代の公爵であったセドリックの父のいる部屋にセドリックは立つ。少し深呼吸をした後、扉を叩く。
「父上、入ってもよろしいですか?」
「入れ」
許可が降りたので入る。部屋の中は五センチにも満たない書類を確認をしている先代とお供をしている老執事しか居ない。
「父上、オリビア先生はどこに行ったのですか?」
「なんだ、来ては居ないのか?」
先代はセドリックと目を合わせずに判を押していた手を少しだけ止めた。少しだけ考え込むように髭を触る。どうやら、先代は行方不明になった事については把握していないが、その理由ぐらいは思いつくらしい。
「机の上に課題と書かれた小さい紙と共に山がありましたが、肝心の本人が居ません」
「そうか」
止まっていた手を再び動かし始めた。詳しくは話さないつもりだ。
「調べてはみる、が結果に期待はするな」
「………………………分かりました」
これ以上話すことはないとばかりにペンを走らせる。セドリックはそんな父の姿を見てああはなりたく無いと思いながら部屋の扉を閉めた。
それから、捜索隊が組まれて捜索が開始されたがオリビアが見つかることはなく、そのまま五年後、打ち切られた。
長椅子に座っているアイザックとセドリックに戻る。
「打ち切られたのは捜索期限が来たからだ。5年間で見つからなければ打ち切るということが言われていたらしい」
「前公爵は先生が居なくなってから翌年に亡くなったけれども続いていたのはそういうことか」
「おそらくな」
先代は当時の担当だった医者におそらくストレスから来る衰弱死と判断された。が、実際のところは分からない。医者の納得がいかないような様子から先代から口止めがされていることを察していた。絶対に裏がある物だという確信はあったが、どう考えても危険度が高い物だというのも感じていた。
「まだ、見つかっていないのか」
「そうだなー」
もうオリビアが居なくなってから7年も経っている。流石に手がかりも無く、これだけ時間が経って仕舞えば、見つけ出すことも困難だろう。
「一体、どこに行ったのか」
「さあ、痕跡も残さず消えた人の行方は分からないだろ」
「そうだなぁ」
気づくのに三日かかったとはいえ、門の出入り記録は残っていた。その記録上では、アイザックの家に向かった後の入ってきた記録がどこの門にも残っていなかった。つまり、オリビアはアイザックの家から出た後、行方不明になった。
「色々知ってそうな父上は何も話さないまま亡くなったし、ウィグル医官殿も色々隠して居なくなってるし、」
「そうだっけ?」
「……………………………………………………あぁ。そうだよ」
先代とアイザックの父、ウィグルも今は居なくなっている。先代は裏がある病没、ウィグルは巻き込まれた戦地での病没。そしてそれを伝えられたことは別の記憶と共にアイザックの記憶の底に蓋をして閉ざされている。
一度、リペルが開けようとしたが、その強い効力に諦めざる負えなかった。
そのことをセドリックは思い出し、軽くだけ肯定して何事もなかったように振る舞った。
「ま、何かあったら連絡してくれ。連絡機あったよな」
「あるよ。あれでやればいいのか?」
「そうそう。使い方は前説明してたし分かるよな?」
「分かるよ」
旧式の連絡機では無く、音声機能が足された物のことである。
「次こっちに来るのはいつ?」
「何もなければいつもの定期訪問、用事があればその時に来るよ。ここまで地味に遠いし」
大体船と徒歩の移動だけで四十分ほどである。船だけならば大体十分にも満たない時間だ。横移動だけならば大したことは無いのだが、上下移動も含めると大変な動きをしなければならない。
それは一個の山を頂上から麓まで登り降りしている事と同等である。腰を痛めたもうすぐ60代がするようなことでは無いことは確かだ。
「転移門渡してなかったっけ?」
「もらってたけれど仕舞い込んで使ってない」
「使えよ」
現在、その布に描かれた転移門は物置き部屋の片隅に丸められて仕舞われている。転移門とは、床に広げられ、その上に人や物が乗ることで対となる門の上に現れる物であるが凹凸が無く綺麗に張られないと発動しないことが弱点である。
「使ったらなんか変な感触するし、出入り記録がない人間が屋敷から出てきたらそれはそれで変だろ?」
「まあ、そうか」
アイザックはオリビア失踪から出入りに記録をつけておくようになっている。
「じゃ、家に戻るわ」
「上がるんじゃなかったのか?」
「あー、仕事がな。片付いてないんだ。この状態で姉上と会ったら叱られる」
「ならしょうがないな」
だが、机の上にあるのはペンとインク瓶だけである。
「じゃ、またなー」
「おー」
その合図で一人は陸の上、一人は海の下にあるそれぞれの家に帰っていった。
屋敷に帰る道でセドリックは歩きながら少し考え事をしていた。と言ってもこの後の行動のことである。
姉であるリサを迎える準備はすでに終わっているからこそアイザックと話す時間ができたのだ。そしてアイザックと話しながら上がるというのも嘘では無く、やろうと思っていたのだが、おかしな気配を感じた為、一旦見送ったのだ。それが何者かわからないのが気がかりでどうしたものかと周りの動きがわからなくなるほど深く考え込んでいたのだ。近づいてくる少女の気配すら気づかなかった。
「あの! すみません。ちょっといいですか?」
「はい、?」
振り返るとそこに立っていたのはオリビアが連れていた人形もどきにそっくりの少女だった。
同じ黒の髪、黒にも見える青紫の目。だが、綺麗に飾られていた長めのスカートも動きやすさ重視のズボンに、下ろされて腰ほどまであった長かった髪も鎖骨より下ほどの長さに、無機質であった表情も感性豊かと思えるほど動いて、変わっている。
同じ人物であるというにはいささか失礼かと思うほどよく見れば見るほど別人であると思えてくる。
「あの、どうかされました?」
「ああ、失礼。昔の知り合いとよく似ていたもので、」
「はあ、そうなんですか」
「そうなんですよ」
知り合いというよりも自立する人形もどきの人間である。猫になる機能もあったか。そんな人形もどきとそっくりと言われていると気づけば少し後ろで待機している少女の保護者が黙ってはいないだろう。誰かを口に出さないのが賢明な判断である。
「それで、どうしましたか?」
「そうでした。そうでした」
少女は古びた手提げカバンの中から封筒を出す。これを、と言い、セドリックに手渡す。表面には何も書かれておらず、裏面にセドリック達には読めない文字で差出人が書かれている。
「アウトルック家のリサさんに手紙を預かっているのですが、アウトルック家ってどこにありますか? あと、この辺りで泊まれる場所ってありますか? お返事をもらえるまで帰れなくて」
「案内しますよ。ええっと、お名前は?」
そこでセドリックは少女の名前を聞いていないことに気づく。そっくりの人形もどきには名前はつけられていなかった。
「アサカと申します」
「アサカさんですか」
「はい」
アサカ、という名前はセドリックにとってみればあまり聞かない響きの名前だ。
「珍しい名前ですね」
「この辺りでは聞かない響きの名前だからじゃないですかね」
「ああ、なるほど」
確かにそうなのだが、リョウはどうなのだろうか。リョウも似たような響きの名前なのだが、アサカはリョウという男とあった事がないようだ。
「名乗ってもらった以上名乗らない訳にはいかないでしょう。私の名前はセドリック・フォン・アウトルック、あなたの言っているリサの弟です」
「弟さんですか」
「弟さんです」
その掛け合いがどこか可笑しかったらしく二人揃ってくすくす小さく笑った。
「確かに、よく似ていると思いますね」
「似てますか?」
「似てますよ」
特に話し方が、とは口に出さなかった。他にも似ている部分があるが、わざわざ口に出すようなことでも無いとアサカは判断した。
「では、案内しましょう」
「お願いします」
「ところで、後ろの方はお連れ様ですか?」
「ああ」
ずっと、少し離れたところから心配そうにしつつも様子を気にしている男性がいる。かなりのくせ毛だからそこそこ目立っている。自覚はあるのだろうか。
「ただの知人です」
だが、実際の様子を見ているとただの保護者である。
一方その頃、帰宅したはずのアイザックの家では、
「おにい」
「はい」
「元の場所に戻してきなさい」
「はい」
拾いもので一悶着起こっていた。




