3、貴族の方のセドリック
雑貨屋さんからしばらく歩いてアイザックは首の圧迫感から解放された。公爵邸の近くのベンチに二人は座り込む。
「で、何のようだ? 今日は定期検診日じゃなくて回診日だぞ。引きこもって日付け感覚バグったか?」
「引きこもりとは失礼な! 今日姉上が帰ってくると連絡があってな。回診ついでにおそらく王都に来ているだろうし、どうせなら着いて行こうかなと思ってお前を探していたんだ」
つまり、セドリックはアイザックが王都へ向かうことを誰かから聞いていたのだ。門番が連絡したとして、本人が見つけ出すまでの時間を考えるといくらなんでも早すぎる。となれば残るのはリョウぐらいしかいない。
「…………………………リョウさんめ」
「よく分かったな。さっき連絡が来たんだよ。アイザック坊が買い物をしに行くそうだって。たぶんリョウには昨日のうちに、姉上が帰ってくるらしいからそっちに行くって連絡入れてたから、じゃないかな」
「ああ、なるほど」
エリザベス、通称リサは2ヶ月前にちょっとそこまで行ってくる! と言って旅に出ていた。その道中に手紙でも出して連絡しているのだろう。一口に出す、と言っても様々な方法がある。おそらく遠方にいる人との連絡方法は、分割した人口魔石を使った二つのペンのうち、片方のペンで書くと、もう片方のペンが同じ動きをすることを利用した方法だろう。
ついでとばかりの情報だが、リョウとリサは同年代だ。外見年齢はかなり差があるが年齢で言ってしまえばリサの方が少し年下なだけで同年代なのである。
「リサさんが帰ってくるのか?」
「そうそう」
「どこに行ってるって言ってたっけ?」
「遠くの島に行ってくるって言ってた。長く空けるからお土産も持って帰ってくるって」
「そうなんだ」
さらに言うなら遠く離れた西の方の諸島と大陸へ、である。船で行こうとすれば二週間はかかる場所なのである。長く空けるのも当然だろう。
「クリスさんも付き添い?」
「そうそう。クリスは姉上専属の執事だからね」
「ふぅん。セドリックにとってのメルみたいな感じ?」
「そんな感じ」
メルというのはセドリックの侍従のふわふわとした淡いピンク髪の今年で13になる少年である。のんびり屋でふわふわしているがよく働いていることでセドリック付きになった。料理や編み物が得意な少年である。
「元々の身体能力が高いし、獣人の血が入ってるから、姉上の無茶振りとか自由気ままさに付いて行けると思われたんじゃないかな」
「へー」
獣人は100年以上前に迫害から逃れる為に海を渡ってきた、人間よりも身体能力が高く、動物的特徴を残した人の事を言う。
「なんせ、姉上は元々の自由奔放な性格とそれに釣り合う身体能力に合わさって俺の開発した飛行魔術でいろんなところに単独で行くようになってしまったから、父上がせめて付いて行ける人間を付けたらしい」
「そーなんだー」
「そーなんだーってなぁ」
アイザックの無関心さに耐えきれなくなったようにセドリックは叫ぶ。
「仮にでも契約主の事情だぞ!? 聞き取ったりはしなかったのか?」
「そういうのはリペルがしてるからなぁ。必要性がなかったっていうか、する気がなかったっていうか」
「あー、リペルちゃんは立ち回りが上手いからな」
「だろ?」
アイザックは妹の事を褒められてとても嬉しそうにしている。
確かにリペルは周りの人達との会話を積極的にして、よく気の利く良い子として人と関わることが苦手なアイザックの弱点を補っている。それでもある程度の関わりは持っている。
そんなアイザックの額にセドリックは人差し指で突く。
「だからと言って任せっきりはダメだぞ。自分でも情報を集めておくべきだ。うちの者であるなら尚更な」
「分かってるよ」
「分かってるなら気をつけてくれよ」
「やる気が出ないんだよ」
「出なくても出してくれよ。全く」
何も知らない人から見れば、やる気のない人と、やる気を出させようとしている人の会話にしか見えない。
「そういえば、リペルちゃんは元気か?」
「聞くぐらいなら会いに行ってやったらどうだ?」
「それもそうだけどなー」
当主であるリサが居ない間は遠方から補助をしてもらいセドリックが行っている。実質、女当主というのも名だけで実際にはセドリックが動かしている。数年前に決められている盟約にセドリックが成人するまで姉であるリサを当主とする、というのがあるからとも言える。
「なんだかんだでお互いに忙しいんだよ」
「仕事どれだけあるのさ」
「姉上が置いてった物と王宮から送られてくる物と領地、その他諸々だぞ? 休みが取れるとでも?」
「悪かったって」
アイザックが行っている定期検診の時でも机に書類が山積みにされているのが度々目撃されていた。
「そういえば、先生は見つかったか?」
「まだ。情報が全然ない」
「まだ、なのか」
「家では探してくれなくなったからな。個人で探すしかないんだ」
先生、というのは幼い頃、セドリックの家庭教師とその片手間にロベック兄妹に教えていた人の事だ。突然ふらっと現れたかと思えば、去る時もそれまたふらっと消えてしまった人だ。今現在でも行方がわからない。
「捜査って打ち切られたのか?」
「っぽいな」
「それはまた、なぜ?」
アイザックは打ち切られたことに驚いた。居なくなるまで公爵家に尽くしてきた人間を結果が見つからないのに打ち切る、ということをするとは考えられなかったからだ。
「知らない。姉上も父上も家の者も話してはくれなかったからな」
「そうか」
それは、何かを隠しているとしか思えない事実である。セドリックとアイザックに伏せられているのは、まだ幼いから、教えるべきではないからと判断されたのかもしれない。が、できる事なら教えて欲しいと二人はその時思っていた。
「どこに行ったんだろうな」
「知らないよ。突然現れて突然消えていったし」
「……………………本当にどこに行ったんだろうな」
「そうだね」
そう言って二人は行方不明となった先生に思いを馳せた。




