2、回診に買い物
十、数分もすれば目的地に着いた。アイザックは乗ってきた船を近場の舟置き場に置かせてもらう。
順々に島の中を回る定期検診も残り、一件だけとなった。その残り一件である漁師をしているリョウの家に着いた。ドンドンドンッ、とリング状のドアノブでドアを叩く。
「リョウさーん! 居ますかー? アイザックですよー! 回診に来ましたー!」
「あら、いらっしゃい。あの人はまだ腰が痛いらしくてね。部屋で網の修理をしてるよ」
リョウの奥さんのシリョがドアを開けてアイザックを迎え入れる。アイザックは靴を脱いで用意していたスリッパに履き替え、靴を揃えてから上がる。
「こんにちは。了解しました。他には何もないですか?」
「腰が、やられた、としか言ってないわ」
「わかりましたー。とりあえず腰ですね」
「ええ、お願い」
リョウはどうやら腰痛が残っているらしい。すでに痛めてからしばらく経っているというのに治っていないとは歳を重ねていると実感する。それと共にアイザックは歳は取りたくないものだと愚痴っていた姿も思い出す。
「おお、アイザック坊か」
「そうですよー。またギックリ腰になってないか見に来たんですよー」
「そりゃ、ありがたい。あの貼り薬無くなってきたからよ、残り2枚だけなんだ」
「それは使い過ぎではないですか」
「そうか?」
リョウは近くにあった椅子に座り、アイザックが持ってきたカバンの中から診察用の器具を取り出す。先週あたりに十枚組を二個渡していたのだが一週間で十八枚も使ったのだ。一回で二枚使うとはアイザックは思っていなかった。
「新しくまた渡しておきますね」
「ああ。ありがとよ」
アイザック坊の作る薬はよく効く、などと背中に異変がないか見ているアイザックにリョウは小声で言う。それにアイザックは嫌な顔をすることで対応する。
アイザックにとってリョウはよく会う親戚の叔父さんぐらいの距離感だ。
「ありがとう、と言うぐらいならたまにうちの店に来てくださいね。売っていますし、診察するので」
「気をつける!」
「来てくださいね?」
「だから気をつける!」
「それは来ない人が言うセリフなんですよ!」
全くもう! と文句を言いつつもアイザックは手早く診察を終わらせる。どうやら
なんだかんだ言いつつも手土産で取れた魚や加工品を渡してくれるうちに絆されているのである。多少は甘くなっている。
「これが終わったらどこに行くんだ? 送ってやるよ」
「いえ、王都の方に行きます」
「王都か」
「王都ですよ」
「なら船は使わねぇな」
王都へは海で繋がっている訳でもない。かと言って地つながりでもない。地下の方へ続く急な洞窟の中にある道を進まないといけない。これが腰を痛めた人間がするには大変キツい運動である。
「セドリック様には会うつもりか?」
「の予定はないですよ」
「ほーう」
アイザックはリョウの言い方に要らぬお節介をされたような嫌な予感がした。王都に行った時にセドリックと会うかもしれないという予感が。
「久しぶりに会いたいという気持ちはねえのか?」
「無いですよ」
それはアイザックの本心であった。全くないという訳ではないが別に今会う必要はないと思う気持ちが勝っている。
「そもそもいつでも連絡できるので、勝手にうちに来たりしますし。その分久しぶり、とは思いませんよ。それに事前にアポを取れと何回言っても聞かないやつにかける慈悲は無いですよ」
「確かに、居なくなったと連絡を受ければ大抵アイザック坊の家にいたな」
「そうですね」
幼い頃からの愚痴を重ねていえばリョウは納得したようだ。苦労しているんだなぁとしみじみしたようにあご髭を触る。
セドリックはこの場所を領地としているエリザベス女公爵の弟で、あまり屋敷にいない姉の代わりに実務をこなしている、アイザックが6歳の頃からの友人である。アイザックからしてみれば、一番の友人であり、雇い主という間柄である。
「こちら、追加の貼り薬です」
「ああ、ありがとな」
「それでは」
アイザックはリョウの家を出て、王都に続く道がある洞窟へ向かった。
洞窟の中はひんやりとしていた。
少し暖かくなってきた地上と比べると季節が逆戻りしている気分にもなる気温だ。
寒さが冬のようになった頃、アイザックは自分の背丈の二倍ほどある王都の入り口の門に辿り着いた。
アイザックは門番をしている者とは何度も会っているのでもはや顔を見ただけで通されるようになっている。が、そのまま通るのもなんだと思ったのか履歴だけでも残しておこうと手続きだけはする。
「ロベック医師ですか」
「ああ。王都に買い物をしてきてと言われてきたものでな」
「妹君のお願いですか?」
「そうだ」
「なるほど」
定期的に会っているのはリペルも同じだ。頻度ではアイザックに劣るがそれでも顔を見て通れる程には会っている。
「確認致しました。お通りください」
「いつもありがとう」
「いえいえ、仕事ですから。では」
今は一般開放されていない時期だから門は開かないが付属の塔の中を通って抜けることはできる。まあ、通る為には身元確認が必要だとけれども。
そこを通れば、結界で保護され海中に沈んだ都市へとつながる。ここが王都と言われる場所だ。今、アイザックが出て来た場所は主要な太いY字路の端にある門のうち、正面に城が見える通りにつながる門だ。
通りには昼時である為、屋台が並んでいた。お昼を食べに来た労働者や文官、武官がたくさんいるのが遠目からでもわかる。
そこから少し離れて歩いて目的の店についた。
アイザックは少し息を整えてドアを開ける。チリンチリンとドアに繋がっていたベルが鳴って来店を知らせた。
「てんちょー! ランプってあるー? リペルに頼まれてさー!」
「おお、ロベックさんとこの坊ちゃんか。ちょっと待ってな」
雑貨屋の店長をしているおばちゃんにランプを頼む。王都で売っているランプ一個の値段は上で買うよりも安く、現在のアイザックの手持ち金でも買えるような値段だ。
「新品でいいかい?」
「うん。ありがとう。これ、お金」
「ひい、ふう、みい、っと。丁度だね。毎度あり」
「じゃあ、また用があったらくるよ」
「気をつけてな、おや、セドリック様、いらっしゃいませ。本日はお買い物で?」
セドリック様、と聞いてアイザックは驚いて振り返った。と同時に嫌な予感が当たったとも思った。
店の出入り口に立っていたのは正真正銘セドリック本人であったからだ。
「いや、アイザックを探していたんだ。用事があればまた後で使用人に買ってもらうさ」
「おや、そうですか。では、今後もどうぞご贔屓に」
「またね、」
「ああ、気をつけて帰んな」
セドリックに首根っこを掴まれながら、バイバイ、とアイザックは手を振って店を出た。




