1、職業薬屋店主兼医官の戦える17才男性(自営業)
いつのまにか白いワンピースを着た少女に手を引かれて、石畳の道を自分の意思ではなく歩かされていることにアイザックは気づいた。
ああ、いつもの夢か、と薬屋店主兼医官をしているアイザック・ロベックは思った。
というのもこの夢を見始めたのはちょっと前に気の知れた友人と作った物が原因だろうと予想されている。その友人も同じような夢を見ているからだ。
ところがだ、この日はいつものようにいかなかった。終わる合図である鐘が鳴り響いても終わらなかった。それどころかまだ、続いた。続いていた。
鳴り響いたことに驚いたのか体は鐘楼の方へ向いた。
『にいさん?』
様子が変わった兄を心配するように振り返った少女は赤く染まった帽子と一緒にコマ送りにされたように地面に倒れ込んだ。その崩れ落ちた少女がどうにもアイザックには妹本人のように思えた。
「……い。……にぃ。…………おにい! 朝ごはんできたよー! 起きてきてー!」
悪夢を見たような気分だ。と、アイザックは起きて一番最初に思った。
内容は覚えていないが、嫌だった感覚は覚えている。今も心臓の鼓動がはっきりと耳元で聞こえる。
「おーにーいー? 起きてるー? ごーはーん! できたよー! 冷めちゃうよ! いいのー?」
「今起きた! すぐ行く!」
アイザックは慌ててベットから飛び上がり、長い癖毛の髪を括り、クローゼットの中からいつも着ている服に着替える。なんとか着替え終われば、バタバタと階段を慌てて降りる。
この声は早く降りてこい、という合図なのでなるべく早くしようとしたのが悪かったのか、アイザックは階段で足を滑らせ背中を壁で打つ羽目になった。なんとか受け身を取れたことにより怪我は無かった。が、打ったことには変わりないので痛いことは痛い。
いたたたた、とアイザックが打った背中をさすって床に座り込んでいると、エプロンを着たアイザックの妹、リペルが横に立ってアイザックを見下ろしていた。
「おはよう、おにい。ボタンかけ間違えてるよ」
「ああ、おはよう。今直す」
「背中、打ったの?」
「一時的な痛みだから大丈夫。しばらくしたら治る」
「そっか。今日回診の日だけど大丈夫?」
「…………多分」
アイザックは痛む背中を押さえながら立ち上がる。ボタンを直しながら足を動かし、台所に向かう。途中、他愛もない話を笑いながら話す。
こういうのんびりとした時間は何事も起きていない時限定の時間だ。何かが起きれば事務的なことを一言、二言だけ話し、食べる間も無く急いで向かわなければならない。
これは、なるべく避けるべきことだ。
少し歩いたのち、キッチンの前にあるすだれを開け、テーブルのある居間に着くとリペルは得意げに机に向かって手を広げる。
「じゃじゃーん! 今日の朝ごはんはいつもよりちょっぴり豪華にしてみましたー! どーお?」
「これはすごいな。昨日の残り物で頑張ったのか?」
「そうそう。それに一品足したりして頑張った!」
「すごいすごい」
「えへへー」
机の上には見る限り、トマトとツナのグラタン、焼きたてのバタートースト、ほうれん草のかき玉スープが二人分、とお弁当が入っているであろう袋が一つ置かれていた。
アイザックは得意げにしているリペルの頭を撫でた。
いつもは先に台所についた方がご飯を作る制度を入れているが、お互いに朝ごはんは一品、二品ほど二人分作って作業部屋に持っていくことが多い。それに比べたらちょっぴり豪華とも言える。それに台所でそろって食べるというのも久しぶりだ。
アイザックとリペルはそれぞれの席に座る。
「「いただきます」」
食事の挨拶をすればなるべく黙々と味わって食べ始める。
グラタンは少し焦げているがチーズがパリパリした食感になっている。トマトとツナの相性もいい。バタートーストをちぎってグラタンに浸して絡めて食べる。これがグラタンでは一番美味しいとアイザックは思っている。サクサクとしたバタートーストにグラタンが加わることでトロッとした食感になるのがおもしろい。
そんな事を考えながら食べているとリペルが口に手を当てながら、机の上にあった袋に指を向けた。
「あのね、そこのお弁当袋の中にお弁当も用意してあるからね。 レタスとハムチーズのサンドイッチと春雨サラダと卵焼きとコーンスープ。 コーンスープは試作品でもらった大きめのスープを入れる水筒に入れて一緒に入れてあるよ」
「ありがとう」
予想通り机の上に置いてあった袋の中身は弁当であった。袋の中から朝食とはまた別の美味しそうな匂いがする。おそらく春雨サラダの匂いがしている。
アイザックはそんなことを考えながらかき玉スープを飲む。あっさり風味のスープでこれも美味しい。
「今日の回診、何で行くの?」
「船かな。船のメンテナンスはしてある?」
「したよ。燃料も補給済み。船で行くなら買い物もしてきてくれない?」
「いいよ。メモにでも書いておいてくれたら嬉しいな」
「ちょっと待ってね」
席を立ち、リペルは箪笥の上にあったメモ帳と鉛筆を掴み席に戻る。アイザックの回診先は公爵家の領地である。王都にも近い。現在アイザックたちが住んでいる場所からは少しばかり遠いため、ついでとばかりに買い物をするのはいつものことである。
リペルは大体五つほどの品目をメモ帳に書き込んで書かれたページを切り取ってアイザックに渡す。
「ここに書かれているもの、買って来て欲しい」
「わかった」
「王都の方にしかない物もあるけど、時間的に大丈夫?」
「まあ、大丈夫だろ。遅くなりそうなら連絡させてもらうな」
「わかった。気をつけてね」
その後は特にコレといった会話も無く黙々と食べ続ける。
食卓には誰も座っていない椅子が二つある。アイザックにはその椅子がなぜ置いてあるのか忘れてしまっているが、捨てるに捨てきれず、結局置いたままになっている。
「ん、ご馳走様。じゃ、行ってくる」
「見送るよ、ちょっと待って」
最後にお皿に残ったグラタンをパンで拭って食べ終えるとアイザックは急ぎ足でかけてあった白衣を取り慌てて家から出ようとする。それをリペルが止める。アイザックが忘れかけていたお弁当を取りに戻り、アイザックに持たせる。
「これでよし!」
「じゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい!」
にっこり笑ったリペルに手を振られながら、アイザックは船に乗り、回診に向かった。
長編、頑張って書いてみてます。




