1、ゲートを抜けるとそこは異世界でした!
クラクラと体の中が掻き回されるような感覚と体の皮の感覚ははっきりとする。次第に上下すら分からなくなっていく。その感覚が薄くなり、目を開けていられるような風の流れが弱まった頃、アイザックとセドリックはゲートから弾き出された。
砂の小さい丘の上を転がり、初めての砂漠を味わった。全身砂だらけになりながらどうにか止まったことで星の輝く夜空を見上げる。
「すごいな」
「そうだね」
元いた海だらけの世界ではここまで乾燥することが稀である。砂丘と呼ばれる物ですらアイザックは見たことが無い。セドリックは写真でなら見たことがある。数年前に姉が送りつけてきた物だ。
実際に体験することでしか得られない物もあるとつねづね言っていた。砂に塗れて空を見る、というのも今までの人生において稀であろうことだ。リペルがいないことが残念だが、良かったような気もする。
そんなことを考えていると、ぬっ、と影が現れた。
「こんにちは。あなた達がリサの言っていた弟とその友人ですか?」
「うわっ!」
突然、頭上から声をかけられた。
反射的に飛び起きる。振り返るとそこに居たのはフードを被った背が高い褐色の青年とメガネをかけた茶髪の男性が立っていた。
少し驚きで心拍が激しくなっているが、少し深呼吸をすれば治ってきた。
「びっくりさせましたかね」
「びっくりさせただろ、これは」
急に現れて声をかけられて、びっくりしないわけが無いと思う。
アイザックとセドリックは一度体制を立て直すように立ち上がる。それから体についた砂を払う。
立ち上がったのを確認して話を進める。
「私は元デザイナーのデーヴィッド。こっちは元モデルのブライアン」
「…………ども」
メガネをかけた男性がデーヴィッド、隣のフードを被った青年の方がブライアンだと名乗った。ブライアンは無愛想に返事をしただけだ。
「分かりました。リサの弟のセドリックと」
「アイザックです」
二人は丁寧に挨拶する。
「確か、妹さんを探しに来てるそうですね」
「そうです」
「どこにいるか、知っていますか?」
デーヴィッドがアイザックの心の底まで覗き込むように訊く。その目が、本心を見透かしているようで目を逸らしたくても、その奥が知れない美しさで目が離せない。
「姉上の知り合いのところにいて、オリビア先生のところで合流するとだけ聞いています」
「………………それだけでこんなところに来たんですか?」
全く考えもしなかったらしい。
「リサは何を考えているんだ」
「さあ」
ブライアンは眉間に皺をよせた。それだけで世界を移動することを許可したことが理解できなかったようだ。どれほど危険かを知っている上で送り出したことに
「姉上はかなりの自由人ですよ」
「それは分かるが。両親はどうした。弟の方は両親も亡くなっていると聞いているが、そいつは居るだろう?」
セドリックの母親はセドリックを産んだことで亡くなっている。保護者となっているのは姉のリサだ。
「こいつの父親は数年前遠くの場所で亡くなったと連絡が来てました。母親は、分からない」
「分からない?」
ブライアンやデーヴィッドは小さい頃からこの家がどんな家系なのか、宗派はどこか、出身地の歴史などを飽きるほど繰り返し教えられてきた。
「どうしてだ。亡くなっていたのなら父親から聞いている物だろう?」
「さあ、アイザックは移住民で、父親に産まれて間もない妹と共に移住してきました。母親の記憶は無いですし」
ただ、これはセドリック主観での話ある。アイザックの母が父に離婚届を突き出した事もその真意もいつから居るのかもあまり国の外に出ることがなかったセドリックは知らない。
この会話の合間にもアイザックは頭痛が酷くなってきて話を聞いている場合では無い。
「それは、何とも」
ブライアンは心の繊細な部分を触ってしまったような気になって質問を終わらせた。
「無事に帰れればいいな」
「…………ありがとうございます」
セドリックからブライアンの顔は見えなかったが薄っすらと事情を察して心配してくれたことは分かった。
セドリックの腕の裾をアイザックが握る。どうやら痛みが酷くなってきたようだ。
「痛いか?」
「すこしだけ」
全く少しと言えるような痛さでは無い。それでもセドリックの前だから何とか意地を張っている。
「ぼくに、ははおやっていたのか?」
「……………………少なくとも俺は知らない」
虚な目でセドリックに訊くアイザックは迷子になった子供のようにも、何もかも無くしてしまった生ける屍のようにも見える。
以前、こうなったアイザックをセドリックは見たことがある。リペルが両親について問いただした時だ。
「落ち着け。リペルちゃんと合流して聞いたらいいんだ」
「そう、だな」
セドリックがアイザックの腕を肩に回して歩行の援助をする。
少しずつ頭の痛みが治ってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「そう。じゃあ、説明に入ってもいいかな?」
「ええ。構いません」
何とか自力で動けるようになった。
「この世界は通称乾いた世界。魔法を使った古代文明が崩壊した後の世界です。基本的に魔法とか使えない人が九割九分ってところですかね。稀に私みたいな人間が出たりする感じの」
「私みたいな?」
アイザックのインコ返しではっと、言わなくて良いことを言ってしまったことに気づいた。
「おっと、失礼。これは失言でした」
「?」
「……………………」
どこが失言なのか二人には分からなかったが、ブライアンはどこが失言か分かった。
「まあ、魔法は使わない方がいい世界です。たまにマジックアイテムと呼ばれるものが発掘されたりして使われていないことはない、ですけど、まあ、数が少ないから変な目で見られますよ。それに下手すれば捕まって利用されるだけです」
「それは困るな」
「でしょう?」
捕まってしまえば合流に時間がかかってしまう。それだけは拒否したい。
「主に覚えておいた方がいい都市は今向かっているカデラル、後は星読みの塔とかですね」
「「かでらる?」」
「カデラルとは、火山湖だった部分に築かれた都市だ。今でも古代文明が色濃く残っている。お前たちのような人間が山ほどいる所だ」
「要するにここが一番身バレしにくいから安全だ、と言いたいんですよ」
「訳すな!」
先導をしていたブライアンが後ろに振り向いて大声で叫ぶ。
「ここの砂漠を抜けるとカデラルに繋がるトンネルに辿り着く」
「結構近い」
「油断すれば足を取られるぞ」
「慣れないことはするな、足元気をつけろ、だそうです」
「だから! 訳すなと言っているだろ!」
そろそろブライアンの不器用さにも慣れてきた。この掛け合いも照れ隠しであることも分かってきた。
「この砂漠でも様々な生き物が居ますよ。熱を発散する為に皮膚を伸ばして熱発散効率を上げるものが多いですね」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
比較的寒かった場所から来ているので冷え込む夜の寒さに耐性がある。ただ、昼の暑さには耐性がない。
「ついたか」
「つきましたか」
「いっ、だ」
「大丈夫か?」
「大丈夫」
急に立ち止まったことでアイザックはブライアンの背中で鼻を打った。
「着いたんですか?」
「いえ、入り口に、です」
あそこです。と指を差された先をアイザックとセドリックは見る。
その先には奥が見えず、光の全く無い、巨大なトンネルが広がっていた。
定期的になるよう頑張りますが不定期になりそうです。すみません。




