12、事情説明会
リペルが誘拐された翌日、よく見ていた悪夢は見ることがなく夢すら見ずに起きた。
いつの間にか帰ってきていたソウが居間で荷物をまとめていた。アイザックは見つけると近づき、数歩分離れた場所で立ち止まった。
「ソウさん」
「どうした?」
先日の夕方に帰って来てから漂う絶望の淵に落とされたような雰囲気を少しでも良くしようとソウは明るく返事をする。それだけでは少しも明るくならない。それどころか暗くなる。
「これからアウトルック家に行きます」
「それでどうしたんだ?」
ソウからは長い癖毛の髪に隠されてアイザックの表情は見えない。
「公爵から廊下で立ってろと伝言があります」
「そっか」
バカ、と言われていた。そんなことを言うには相当仲が良くなければできない事だ。
「………………あなた、公爵と知り合いだったんですね」
「うん。旅の途中で会ってね。その時に意気投合したりしてたんだよ。それに、屋敷に姉がいるんだよね」
姉が屋敷にいると確かにセドリックが言っていた。姉を頼るつもりであったなら初めから頼っていたはずだ。
「そうなんですか」
「そうなんだよね」
ならばなぜアイザックの家にいるのか。
別にそっちを頼ればよかったはずだ。門番の元で預かりにならずにアウトルック家に仕えている者の家族といえばすぐに済むことだ。
だからアイザックは騙された気分になった。
「ごめんね。言うのが遅くて」
「………………しばらく」
アイザックが顔を上げる。ようやく見えた顔は泣きそうな子供のような顔をしていた。
「しばらくの間、許しませんから」
「それでいいよ」
ソウは頭を撫でて落ち着かせようかとアイザックに手を伸ばす。が、結局何もできずに手を下ろした。
アイザックは少し後ろで歩くソウと何も話さず、アウトルック邸に向かって歩く。ソウはアイザックから後ろで付かず離れずの距離を維持している。アイザックは一度も振り返らず歩く。
「アイザック」
右上半分が消し飛んだ正門の前で話しかけられる。
「なんだ。セドリックか」
「なんだとはなんだよ」
むー、とした雰囲気を感じる。
「姉上から話だってさ」
「らしいな」
セドリックは何も教えてくれなかった事に拗ねている。
「……絶対黙ってたことだよな」
「部屋に着くまでにその膨れっ面なおしとけよ」
「………………わかってるよ」
セドリックが深く深呼吸をして部屋の扉を叩く。
「失礼します姉上! アイザックを連れて参りました!」
「入れ!」
セドリックが扉を開ける。
「ソウさんはここで」
「わかってますよー」
ソウは扉の前で立ち止まり、アイザック達が中に入るのを見送った。
「昨日はごめんね」
「いえいえ、それでリペルは、」
アイザックは堅苦しい前置きを飛ばしてリペルの安否をリサに訊ねる。
「リペルちゃんは私の伝手で友人のところに居るよ。大丈夫。安全な場所だ。そこからある程度の自衛方法を学んでからオリビアのところに行くらしい」
「そうですか」
リペルらしい考えだ。
「で、主犯から何か言われてない?」
「えーっと」
色々と言われていた気がするがリペルのことで頭がいっぱいだったのだろう。詳しい部分は覚えていないがきになたことはあった。
「管理人だとか、オリビア先生のところに預けておくだとかって何ですか?」
「うーん、だいぶ話されたか」
襲撃者は関係者ではないと言っていたがこんな奴ら知らないの意だったのではないだろうか。
「どっちが一番気になる?」
「オリビア先生って生きてたんですか」
あーと言うばかりにリサは額に手を当てる。
「そっちかー」
「話していいんですっけ?」
「まー、そろそろ限界だったんじゃないかな」
まるで管理人の方を聞いて欲しかったような口ぶりである。
こそこそ話は済んだようだ。
「オリビアは生きてるよ。いろんな人を介して情報が入ってくるしね」
「なんで、何も情報を渡してくれなかったんですか?」
「いやー」
リサは目を逸らした。
「あの時はすぐ帰らないといけなかったし、元々すぐに戻ってくる予定だったんだけど戻れる状況じゃ無くなってね本人からの希望もあって何も伝えて無かったね。ごめん!」
「ごめんで済んだら警備隊は要らないんですよ! 姉上!」
セドリックがアイザックよりも怒っているのでアイザックは冷静になった。自分よりも感情的になっている人が隣にいると冷静になる現象である。
「って事はクリスも共犯か!」
「申し訳ございません、坊ちゃん」
素直に認めて頭を下げる。
「できれば伝えないで、お菓子をあげるから、と言われまして」
「お菓子で釣られるなよ! それでも執事か!?」
「ごめんなさい」
その時ですら成人であったはずだ。アウトルック家の執事が、お菓子で釣られるという事態は他家に知られるとかなり危ない。
「それで、どこに居るんです?」
「その辺りは管理人と絡むかな」
リサは長い髪をいじる。
「この世界には六つぐらい異世界があるのは知ってるよね。通称でいけば、ここの海だらけ、乾いた、機械魔法、異なる、魔術に現代もしくは科学だったかな」
「まあ、昔話とかのうっすらとしか知りませんけれど」
三人の神様が、という話であったはずだ。
「その間にある境界線を通っちゃって稀に世界移動してしまう人がいるから、その人たちを保護するのが管理人の仕事なのよ。世界移動している人の事を言う呼び名は色々あるけれど、うちだと「稀人」だとか「世渡り」だとか「渡り人」だとか言われているね」
「そうなんですか」
「そうなんだよ」
稀人なら建国記だったか、独立記にアウトルック家初代がそうであったと書かれていたはずだ。
「たまに空間にヒビが入って、崩壊した部分をたまたま見つけた人が巻き込まれたりして危ないからね。塞いで巻き込まれた人がいれば、保護して希望があれば帰したりするのが仕事かな」
「へー。よく居なくなるのはそういう事だったんですね」
「まあね」
リサにとってそれは旅をするきっかけの一つで主な目的では無く副題的なものなのだろう。
「で、保護した後は証明書とカードを発行してカードを持っていて貰ってるんだよ」
「そうなんですかー」
アイザックはどうでもいいこと、と認識して出された紅茶を飲む。
「あれ? 聞いてない?」
「何がですか?」
紅茶の味が口の中に広がる。
「アイザック君はすでに発行されてるよ。なんならリペルちゃんも」
「初耳ですけれども?」
アイザックは驚きのあまり紅茶を吹き出しかけ、飲み込んだ。
しばらく部屋の中に驚きと困惑による沈黙が漂っていた。ただ一人、扉の前で激しく笑っているソウを除いて。




