10、俺はお前を許さない
普段とは違い静まり返った屋敷の中をアイザックは走る。
これだけ静まり返ることは先代の葬式の時以来だ。その時もアイザックはお手伝いに走って人の気配すら無い廊下を走っていた。
通りがかった時にふと、気になって覗いた部屋があった。
覗いて、のぞいて、どうだったのだろうか。誰かが主人のいなくなった部屋で昔を思い出して感傷に浸っていたのは覚えている。それが誰であったのだろうか。
同じように人の気配がする部屋があった。
ソロッと気配を消して背後に回り込み、声をかける。
「おい」
「ひゃっ、あいてっ」
声をかけると相手は猫のように飛び上がった。そして机の下の部分で頭を打った。いたたたた、と打った部分をさする。
くすんだの茶色の髪とピンクの目。外見は、間違いない。
「チャイブか」
「は、はい」
チャイブはおずおずとアイザックの問いに答える。
チャイブとは、アイザックが十になった頃に拾ってきたアイザックからして二つ下の子供だ。アイザックの家で共に暮らしながら生活していたが、リョウの家に引き取られ、今ではセドリックの家で住み込みで働いている。
「逃げ遅れか?」
「そうです!」
アイザックが差し出した手を取った。取ってしまった。
「案内しようか?」
「お、お願いします!」
自らの墓穴を掘ったとも知らずに頼み込んだ。
先導をするアイザックと少し離れたところにチャイブがついて歩く。
アイザックが未確認であった部屋を軽くドアを開けたりして確認作業を手早く済ませながら他愛無いような話をする。
「お前が来て3ヶ月ほど経ったか。今の生活には慣れたか?」
「ええ、まあ、多少は」
「多少は、か」
「ええ。多少は、です」
まるで新生活に少し慣れてきたことを親に報告する新人のようなことを言う。
「当主様は自由な人でどこかに行ったりしてますし、代理の弟君は生活の中心が書類仕事で一日に一回仕事部屋以外で見たらいい方で、たまに実験と称して屋敷の敷地内で爆発したり、壁とか床が抜けたりしますけど、」
それは昔からのアウトルック家のよくある日常だ。セドリックが生まれてから日常茶飯となったと聞いたことがあるが、アイザックからしてみればいつもの事である。
「それでもここの人達に良くしてもらってますから。それに仕送りもしないと」
「うん、頑張れよ」
ふんす、といったように両手を握って体の前で脇を締める。意気込み十分とでも言いたげだ。
リョウの家から来ているので仕送りをするのはそうだろう。
「最近体の調子はどうだ? 特に左腕」
チャイブには左腕が無かった時期がある。その左腕の義手を作り上げてつなげたのはアイザックで、神経や見た目をこだわったのはセドリックだ。そして定期的に検査しているが検査的に問題はないが気に入らないから変えてくれるか? とでも言っている。ここで流そうとすれば偽物である。
「左腕ですか? 別に平気ですけど」
「うん、そうか、そうか」
その返答で確信したアイザックは足を止め、振り返り、チャイブへと近づく。よく分かっていないチャイブはその行動に疑問を感じる。
自らの持つナイフの間合いに達した時、チャイブの首へとナイフの刃先を向け低い声で言う。
「お前が密通者か」
「ひっ」
偽チャイブの首から血がたらりと垂れた。
味方につけたと思っていた相手に刃物を向けられる事態に偽チャイブは慌て両手を挙げる。
「おっと、そんなに怯えないでくれよ。お前が襲撃できるタイミングを教えたんだろう?」
「言いがかりもほどほどにしてくださいよ!」
「いいや、」
アイザックの低い声と鋭い目つきに偽チャイブは言葉を詰まらせる。
「今の掛け合いの中で本人でなければ答えられない質問を入れた。それをお前は間違えた」
「んなっ、」
「チャイブは僕が拾った脱走兵だ。チャイブという名前も僕がつけた。それに、左腕はどうだ? と聞けば大抵、まだ動かしにくいので付けなおしてもらっても? と返してくるからな」
「脱走、兵、だと」
ここまで取り繕っていた口調が完全に離れた。自分の集めた情報不足で取り繕えないほどに正体がバレたとこを気づいたにだ。もはや無駄である。
「その様子じゃ知らなかったか。なら、アウトルック家に出入りしていて、まだ日数の少ない者を入れ替わり用として狙ったか。そして、お前男か」
「……………………は?」
偽チャイブは挙げていた両手をゆっくり下ろした。悔しげに下唇を噛んでいる。少しナイフが首に刺さった。
「その反応は当たりだな」
「っ! クソッ」
偽チャイブがアイザックから逃げるように走り出した。そんなに走っても逃げられる訳がないのにどうにかして逃げなければ危険だ、という本能だけで走る。
「おーい、逃げないでくれよ。生け取りじゃないといけないんだ」
「いやだ! 捕まりたくない!」
偽チャイブは走る。アイザックゆっくり歩きながら追いかける。
アイザックがツタで先を覆い隠し、立ち止まった偽チャイブの足を払い、倒してから起き上がれないように手を掴んで下敷きにする。
「いだっ」
「よし、確保」
なんとか逃げようともがいている。このまま暴れているといくらツタでクッションを作っているとはいえ、床に散らばる瓦礫の破片で
怪我しかねない。
「うーん、暴れるから眠らせるか」
「やっ、やめ、」
セドリック用に仕込んでいた睡眠剤を口に含ませ鼻と口を塞ぐことで反射的に嚥下させる。これだけ手慣れたのは一重にセドリックの極度とも言える仕事癖からである。
「これでよし」
全身から抵抗する力が抜けたことを確認すると偽チャイブを俵担ぎにした。見た目の割には重く、相当鍛えているのだろう。もしくは暗器があったか。
「セドリックと合流するか」
そうしてアイザックは壊れかけの屋敷から歩き出した。
アイザックが長い廊下から抜けるとセドリックと残りの残党が睨み合いをしていた。
アイザックはそれを確認すると地中から木の根を伸ばし、足を掴む。それを察したセドリックが手に持っていた鞘で昏倒させた。
「アイザック!」
「密告者いたから捕まえて来た。そっちは?」
「首謀者らしき者が居たから試行錯誤中、のところだったんだが、」
「あー」
先ほど足を拘束した相手は首謀者であったらしい。
「わるい? な?」
「いや、助かった」
よくわからずに謝るアイザックに拾った鞘に剣を入れながらセドリックは言う。
「どうする?」
「口を割らせられればいいんだけど、こう言う相手が口が硬いからな」
セドリックがめんどくさそうに話す。
「こっ、こっちには人質も居るんだ!」
「いつ、人質をとったのかな?」
なんとか首謀者は二人から距離をとり、迷彩の布によって隠されていた箱の中に隠していた少女を手元に戻す。
「こっ、こいつが、傷つけられたく無ければ、俺達を逃がせ!」
「リペル!!」
「リペルちゃん!!」
そこに居たのは買い物に行っていたはずのリペルであった。




