9、アウトルック邸襲撃事件
セドリックが家に帰って五日経った。
現在、リペルは買い物に王都に出ており、ソウは観光と称して王都に行っているため、家の中にはアイザックしかいない。
誰もいない家で一人薬の調合をする。
薬研に木の皮とラベンダーの類似種の草を入れて細かくすり潰して混ぜる。これは売り出し中の消耗品であるポーション(仮)の中身だ。あまり使用頻度は高くないが研究中の怪我や大怪我の対応として使われている。
今回の納品用の十五本が出来上がって満足していると、ドンドンドンドン、と扉を激しく叩く音がアイザックの家の中に響く。
あまりのけたたましさにアイザックは出ざるおえなかった。
「アイザック坊! いるか!?」
「居ますよ。何ですかリョウさん」
気だるげにアイザックが扉を開けると慌てた様子のリョウが立っていた。汗をかいて息を切らしている。よっぽど慌てているようだ。
「王都の方で上から見ても目立つぐらい明るくなってるんだ! リペルちゃんは王都に行っていただろ! それにセドリック様も無事か分からんぞ!」
明るくなっていた、というのは平常時であれば絶対にありえないことだ。あそこは一種の隠れ里のような場所だ。なのに、自ら場所を教えるようなことはしない。ならば、それは異常事態だ。
「リョウさん」
「なんだ?」
「ちょっと王都に行ってきます。あとは頼みました」
「あ、ちょっ、……………………行っちまったな」
ちょうど玄関の棚にあった腰袋と手袋のセットを持ってリョウの隣を走り抜け、ドボンッ!! と大きな音を立ててアイザックは海に飛び込んだ。
その方が一番早く到着できるのである。
「店じまいでもしていたらいいのか?」
リョウはぽつんと一人、アイザックの家に残された。
アイザックは急いで海に潜る。
手首から生える重し代わりの身の詰まった巨大なかぼちゃを頼りに深く潜り込む。その際に人工魔石の加工品で自分を薄い膜で包み水圧を防ぐことも忘れずに。
そうしてたどり着いたのは王都の外であった。灯りの元は位置的にアウトルック邸だ。
外から見る限り、アウトルック邸全体に灯りの魔法がかかっており、邸の一部が燃えているようだ。
(火事か、排熱機能とスプリンクラーは作動しているようだが)
その機能が書かれている結界の一部の文字列が僅かながら発光している。他にも隔離用のものも発光している。発光しているのは発動した証のようなものだ。
そして結界に書かれているそれらの効果の文字式が光っているということからわかるのはただ一つ。
(襲撃か)
外から洞窟や門を通じて出入りできることから絶対にないということはありえない。が、可能性は低いはずであった。その低確率を引き当てたようだ。
このままでは海上から発見されてしまう。そのことを避ける為、覆い隠す必要があるのだが、それがされていないのはそんなことをしている余裕がないだ。
ならば外部であるアイザックがやっておくべきであろう。
靴の底から木の根を生やし、海底を歩けるように少し改造して結界の周りに海藻を深く張り巡らせる。それによって光が弱まったことを確認すると東門から王都へ入った。少し膜の効果が弱まったのかもしれない。アイザックの体は海水で少し濡れていた。上着を脱いで海水を絞り出す。髪も濡れてしまったので絞る。
腕に上着をかけて入ると門番がアイザックに気付き、駆け寄ってきた。
「ロベック医官殿!? どうして東門から?」
「上から見て明かりが見えていたから急ぎ隠蔽用の海藻を生やした。一日しか持たないから気をつけてくれ」
「承知致しました」
門番の表情が少し硬くなった。それだけ異常であったのだ。それだけ危険であったのだ。
アイザックは湿って重たくなった服と髪を絞りながら門番に訊く。
「他に異変は?」
「アウトルック邸への襲撃とそれに伴う火事ぐらいです」
「襲撃者は?」
「不明です」
「分かった。連絡を入れておいてくれ」
「承知致しました」
一通りの連絡、報告を終えるとアイザックはアウトルック邸へと急いだ。
道中でスられかけるなどしていたが隔離によって人が少なくなった道を走り、アウトルック邸の正門へ辿り着いた。
正門から見るだけならアウトルック邸は半壊して庭の一部が燃えている。門を通り壊れた屋敷の左側を超えて火の上がる裏庭に向かう。
そこではセドリックや戦闘可能な人が襲撃者達の相手をしていた。見る限り襲撃者の方が劣勢である。
「セドリック!!!!」
「アイザック!?!? おま! な!?」
訳するとアイザック!? お前! なぜ来た!? である。
「リョウさんから王都の方がが明るいって聞いて!」
「はあ!?」
セドリックからしてみればアイザックが来ることは無いと高を括っていたのだろう。アイザックが来ていた理由に驚いていた。その中でも攻撃を交わすのはさすがと言うものである。
「大人しく家にいたら良いものを!」
「海の上からここの明るさが見えるのが異常事態だろ! 大体ここは隠れ里みたいな場所だからバレるような事態になるのがおかしいだろ!」
「それもそうか!」
セドリックが両手剣で剣を弾く。そして剣をしまい後ろを向く。手で水を掬い上げるような動きをする事で水を空中に出現させ、庭に広がる炎を消した。後ろから襲い掛かろうとした相手をアイザックが剣を手で弾き、頭を掴み地面に押さえ込む。
「対策は?」
「一旦、海藻で覆っておいた。ある程度は、見つけられにくくはなっていると思う」
「助かる」
少し離れた場所でリサとクリスが見える。彼方の方が数が多いのだが手慣れている分平気そうだ。
「で、こいつらは?」
「姉上の関係者じゃないか?」
「クリスさん、めちゃくちゃ首を振ってますけど?」
「なら違うか」
リサとほとんど同行しているクリスが知らないと主張しているならば関係者では無いだろう。
「アイザック」
「なんだ?」
「こいつらに見覚えは?」
アイザックは動きや体さばきを見た後に顔を確認する。確かまれに来る危険人物と同じ顔だが動きや仕草が全くの別である。
「顔ならあるが、動きは無いな」
「となれば変装か」
「もしくは顔の形を変えられる方法があるのか」
犯人どもは姿を変えて知人や友人に成り変わり、動いていたのだ。なんら不思議では無い。
「首謀者を捕らえればいいか?」
「密通者もいれば捕まえてくれ。肉体的にも精神的にも生け取りで頼むよ」
「了解」
確保したとしても死んでしまっていたり、錯乱していては意味がないのだ。
「くれぐれも捕えるだけにしてくれよ?」
「分かってるよ」
「頼むからな?」
「だから分かってるって」
「いつも通りはダメだぞ」
「はーい」
いつも通りは精神的に心が折れるまでボコボコにするか、肉体的にボコボコにするかである。身を守るのにはいい方法であるが、現在の状況では口を割らせたいからあまり使いたくない方法だ。
「屋敷の人は?」
「避難させた。誰も居ないぞ」
けれども、その言葉にはアイザックからすると“味方は”誰も居ないという意味が見えていた。セドリックは話しながら屋敷を見ている。敵がいるのかもしれない。
「念のため、屋敷の中を見て回ったらいい?」
「頼む」
「分かった」
その言葉でアイザックは半壊のアウトルック邸へただ一人、走った。




