それはまるで拘束された
慈しむのも哀れむのも己が自由
しかし人生を預けることなかれ
預けたが最後あなたの歩み道は
冥府の門に続いていくのだから
肌に暖かさを感じた。耳に風の音と木がパチパチと割れる音が聞こえてくる。
水の中から引き上げられるように意識が徐々にハッキリしていく。
目を開けると目の前には暗い夜空に星々が広がっていた。
星に目を奪われる直前で、真横に明るさと暖かさを感じ、そちらを見ると焚き火が燃えていた。
周りは木々や草に囲まれており、虫と動物の声が耳を澄ますと聞こえてきた。
そしてその焚き火を見つめるリーフがいた。
リーフの手からは血が出ており、頬の皮がなく溶かされたのか、むしりとられたのかはわからないが皮膚の下の筋繊維が剥き出しになっていた。
見ただけでわかる。
リーフは俺を庇ってラミアメイルと戦って逃げてきたのだ。
それも手傷を負ってでも俺を庇って。
「リーフ・・・大丈夫か」
「大丈夫です。ザインガル様こそ、ご気分はいかがでございますか?」
「あぁ俺は大丈夫。ところでラミアメイルは?」
「ラミアメイルは逃しました・・・」
リーフは膝を抱えて座りながら、焚き火を見つめていた。
まるで悪いことをした子供のように、叱られるのを恐れているように見えた。
「ごめん・・・リーフ。俺がラミアメイルに束縛の呪いをかけられたばかりに」
「いえ・・・私も獲物を仕留められませんでしたから」
リーフは膝を抱えたまま、目を焚き火から離そうとしない。
リーフは悪くないのに、励ます言葉が出てこない。
寝ていただけの自分が情けなかった。
夢で見た何も力がなかった頃の自分が脳裏に浮かんでくる。
威勢だけで、誰も救えない無知な自分が。
「ザインガル様・・・サイレース様とは誰ですか?」
リーフの言葉を聴いて目を丸くした。何故リーフがサイレースの名を知っているのか疑問が頭の中を埋め尽くす。
「寝ている時に譫言のように名前を口にしておりました」
頭の中の疑問が晴れた。
どうやら夢に出てきたことを口に出していたようだ。
「・・・サイレースは昔の友達。王国にいる時戦場で死んでしまったんだ」
サイレースの最後の姿が頭の中に浮かんできた。
さっき見た夢のせいか、それともサイレースと同じ赤い瞳をこちらに向けてくるリーフを見て思い出したのかはわからない。
「俺はサイレースもそうだが、戦場で死んでしまった同志のためにも生きなきゃいけない。そのためにも俺は何かに縛られて生きたくないんだ」
何故自分でこんなことをリーフに言っているのかわからなかった。
だけど言葉が自然に出ていた。自分の生きる理由、生きる目的、そして――
「俺は生きられなかった人の分まで人生を謳歌する。そしてあの世で伝えるのさ。お前らの死は無駄じゃなかったぞってな」
生き抜いた果てに去っていった者達に伝えたいことを口に出していた。
「ザインガル様・・・それは本当に自由と言えるのでしょうか?」
「・・・え?」
リーフの言葉が心に小さな波紋を起こした。
「ザインガル様は死人に縛られているのではないでしょうか。それは本当の自由とは言えないのではないでしょうか?」
「だが・・・死んだ者の気持ちは誰が受け継ぐんだ」
「それはザインガル様の役目でしょうか? 死んだ者もそれを望んではいないと思いますよ」
リーフは真っ直ぐにこちらを見つめる。赤い瞳の奥には怒りや疑問などの感情を感じない。
向けられた視線からは哀れみのような物を感じた。
まるで聖女が懺悔を聴くように純粋で濁りない眼差しをこちらに向けていた。
「それではまるで・・・人生を拘束された奴隷のようです」
リーフの言葉を聴いてようやく気がついた。
俺は死んだ人間を都合のいい言い訳に使っていただけだった。
自由になりたい、誰かに縛られたくないという子供の言い訳のようなことを正当化するために何かに責任を押し付けたかった。
自由からは程遠い、不自由な人生を歩んでいたことに。
「ハハッ・・・そうだなリーフ。お前の言うとおりだよ」
自分の心を見透かされたようだった。
出会って日も浅く、年が下の少女に自分が辿り着かなかった答えを導き出されるとは思わなかった。
武人と暗殺者の違いなのか、戦争を知る者と戦争を知らない者の違いなのかはわからない。
「リーフありがとうな・・・お前のおかげで前に進めそうだよ」
リーフはこちらに笑みを浮かべて見せた。
その姿は年端のいかない少女そのものの笑顔だった。
「・・・いえ」
嬉しそうに笑顔を見せるリーフの顔を何故か直視できず、途中で顔を逸らした。
何故かはわからない。ただリーフの顔を見ていると急に心の中にある何かが溢れ出しそうだった。
「その頬の傷大丈夫なのか?手の傷も」
「止血はすでに済んでいます。時期治ります」
「・・・そうか。一旦村に帰って出直すか?」
「いいえ・・・明日の朝に仕留めましょう。奴も手負いですし、今叩かねば逃してしまいます」
暗殺者による経験なのか、それとも獲物を仕留める狩人としての考えなのかはわからないが、その言葉には確固たる自信があるようだった。
東の空には明けの明星が登り始めていた。
夜明けまであと数時間もないだろう。
俺は拳を握りしめた。
リーフが守ってくれなければ俺は死んでいた。
心の弱さも自身の慢心もここで捨てていこう。
彼女と共に戦って必ず一緒にラミアメイルに勝つ。
そう心の中で強く誓った。




