喪失の彼方
夢を見ている。
そう自覚しているが、自分ではどうすることもできない。
眠る前は何をしていたのかすら考える思考は夢の中にはなかった。
起きようと思っても思考は夢の中へと、引き込まれていく。
まるで無意識の裏側へ引きずり込まれるように。
光すら見えない海の底に沈んでいくように。
自分の手や身体を見てみると、銀色の鎧に身を包んでいた。手の甲には盾の後ろ剣を交差させ、獣がひっかえたような傷が刻まれたエンブレム。
そうだ、これはグランド王国の甲冑だ。
今は敵国との戦争中だった。
周りを見渡すと、焚き火に囲まれて甲冑を着た騎士たちが休んでいた。
まるで昔の記憶を体験させられているようだ。
そう確かこの時は父上の部隊に、加えられて初めて戦争に駆り出された。
そして、この戦争で――
「どうしたんだ?ザインガル」
声を聞いて、後ろを振り返ると同じく銀色の甲冑に身を包んだ男が立っていた。
茶髪の髪をした赤目の青年、サイレース・アルベスター。
俺とルインと同じ頃に騎士団に入隊した友達だ。
何故かは忘れたが懐かしい思いが溢れてくる。それと同時に悲しさが心に満ちていく。
先ほどまでその理由を知っていた気がするが、それすらも考えられない。
まるで誰かに操作されているような、まるで誰かに本のページをめくられ物語を進められているような、変な感覚だ。
「大丈夫か?さすがに初めての戦場で疲れたか?」
「あぁ・・・いや大丈夫。ちょっとボーッとしてただけだ」
「無理するな、昼間の戦闘は激戦だったしな」
「あぁそうだな」
「しかし、初の戦場で敵国の騎士団長を討ち取るとは、見事だな。アルス卿も鼻が高いだろう」
「そんなことないよ・・・父上は勝つことしか考えてないさ」
「そう言うなよ。息子が初めて武功を挙げたのに喜ばない親なんていないって」
この時の俺はアルス卿の息子と言われるのが嫌だった。
アルス卿の息子ではなく、個人として見て欲しかった。
武功を挙げても、父上の名前を出されるとまるで自分の手柄じゃないような気がした。
自身の考えてとった行動ですらまるで父上に手の平で踊らされているような気がしたからだ。
「何話してるんだよぉ〜」
突然肩に体重がかかり、身体が前方に軽く倒れる。隣にいるサイレースも同じように前方に会釈するように身体を前に倒した。
「なんだルイン。お前も来たのか」
「あぁ、そういえば戦場で大活躍だって聞いたぞザインガル〜」
「寄せ、まぐれだ」
「まぐれでも、武功は武功だ。もっと喜べ〜」
ルインは酒臭そうな息を吹きかけながら、真っ赤になった顔を向けてきた。
「そういえば聴いたか。明日は部隊を二つに分けて、敵を挟み討ちするらしい」
「挟み討ち?」
「あぁ俺とザインガルは同じ部隊だった」
「なんだよ。俺は仲間ハズレかよ」
「サイレースだって強いし大丈夫だろう」
「まぁそうだけどさ」
命を懸けた戦いだというのに本当にこの二人は軽口を叩き合っている。
そうこの時まではこうやって戦場で軽口を言い合っていた。
現実から目を背けたいからか、それとも自分が戦場にいるということを誤魔化したいからか。
俺はルインとサイレースの肩を掴み、抱き寄せた。
「おっしゃ! 明日も勝って、祝勝をあげようぜ」
「乗り気だなザインガル! よし明日も頑張るか」
「あぁそうだな二人とも、次会ったら俺も武功上げてるからな」
その日は疲れて眠るまで三人で盛り上がった。
昔の思い出の話、自身の夢、国に帰ったら何をするか。
正直、人を殺す戦いに参加している者がするような話じゃなかったことは覚えてる。
だけどその時間だけは、心地よかった。
辛いことや悩んでいることを忘れられたからだ。
次の日夜。敵を挟み討ちにし敵を殲滅することができた。
敵の将は今回も俺が討ち取った。
しかし、敵も挟み討ちにすることはわかっていたらしく、敵を正面突破しようとかなり暴れたらしい。
その部隊はかなりの死傷者を出した。
そしてその死傷者が目の前に運ばれてきた。
肌が雪のように白くなり、体温が感じられないことが見ただけでわかった。
胸から腹にかけて、剣で斬ったような傷口が身体の中の物を露わにしていた。
茶髪の髪がボサボサに乱れ、閉じられた瞼から赤い瞳はもう見えない。
昨日まで話していたサイレースの死体が目の前にあった。
俺は死体を見てもその事実を受け入れることができなかった。
脳が現実を理解するのを拒んでいるようだった。
頭では理解できないのに、心の中は悲しみで満たされていく。
まるで今まであったパズルのピースが欠けてしまったような、人生で当たり前のようにあった物が急になくなってしまったような喪失感に襲われた。
俺がサイレースの死体の前に立ち尽くしていると、肩をポンと叩かれた。
振り向かなくてもわかっている。ルインだ。
「ザインガル・・・アルス卿が呼んでる」
ルインの声からは覇気を感じられなかった。悲しみを堪えているのが肩に置かれた手から伝わってくる。
野営地に設営されたテントの中に入ると、銀色の鎧に身を包み、髭を生やした男が太々しく座っていた。
頭に兜を被り、間合いに入った者を誰でも切り裂くと言いたそうな表情を息子である俺にも向けていた。
「ご苦労だったな、ザインガル。明日には国に帰還する」
それだけ言うと、父上は黙り込んだ。言いたいことは言ったから早く出ていけと言うのだろうか。
「・・・父上は何故敵を挟み討ちにしようと策を出したのですか?」
「何が言いたい?」
父上は目を細くして、俺を睨みつけてくる。
「何故父上は分けた部隊に参加されなかったのですか?」
これ以上は口にしてはいけない。そう頭ではわかっているが、言葉を収めるだけの隙間が心の中にはなかった。
「貴方が参加すれば死傷者少なく抑えられたのではないですか!」
気がつけば声を荒げていた。
しかし、父上は眉一つ動かさない。まるで聞き分けのない子供に呆れ返るように、冷たい眼差しを向けた。
「・・・貴様は頭を潰された生き物が、生き続けられると本気で思っているのか?」
父上の声は一定のトーンを保っていた。昔からこの人の声のトーンが変わったことはない。
嬉しさも悲しさも感じない、怒りに満ちているように低い声のトーンだ。
「お前も上に立つならそのことを理解して行動しろ。失うのが戦争だ! 嫌ならこの場に出てくるな!」
「上等だクソ親父! あんたとは違う道を歩んでやる。あんたみたいな薄情な人間にならないようにな!」
踵を返すと逃げるように、テントから出ていった。
その時から心に誓った。死んだサイレースの分まで人生を生きようと。
死んでしまった者達の分までこの世にしがみつこうと。
そしてこんなクソみたいな国も騎士道も捨てて、自由に生きようと。




