薬と『蜜柑』と『お姫様抱っこ』と
「ただでさえ嫌な薬物投与も下手な看護師がやれば何度も針が腕に刺さる」
腕に開いた穴と目の前の注射器を交互に見つめながらぼやく。
「何で俺がこんな仕打ちを受けないとならないんですか?」
「『検査』のためだよ」
そう言いながら不良看護師の田口さんが四回目の投与を試みていた。
「〜!」
「…あっ」
「何ですかその声?」
「ゴメン、またミスった」
正確にいえば田口さんは看護師ではない。元よりここも『病院』と呼ばれているが体制が似ているだけで外来の診察や重傷者などの受け入れは全くしていない。
ここは肉体的、または精神的に何やらの異常性―日常生活に支障をきたした人間を保護、そして観察するために造られた実験施設だ。
「そろそろチェンジお願いしたいんですが」
「待て!次こそ成功させてみせる」
そう言いながら注射器を掲げる田口さんはどうしても信用出来なかった。
「田口ちゃん、リラックスリラックス」
「いいですよね。志村さんは自分でやれて」
「『何で』出来るか分からんけど『どうすれば』出来るかは分かるからな」
全く…この人の収容前は何をしていたのか。
そう考えてると不意に腕に痛みを感じた。
「おっ、よし、やった」
田口さんの声からして本日四回目の挑戦でやっと成功したのだろう。
「これでやっと次の仕事に移れるよ」
さいですか。
「まぁいつも言ってるけど副作用がきつかったらちゃんとボタン押せよ」
わかってますよと返すと満足したか鼻歌まじりで台車を押して次の部屋に向かっていった。
「…さて、遊びにいきますか」
「待て、俺が検査に行ってからにしろ」
「なんでですか?」
「それまで心細い」
「……」
子供ですか。まぁある意味では志村さんの相手は面白いから文句はないが。
「何時からですか?」
「10:00からだ」
備え付けの時計で現在時刻を確認すれば短針は9を、長身は4と5の間をさしてる。
「…そうですね、じゃあポーカーでもしますか」
「二人だけじゃつまらんだろ」
「大丈夫です、ちょっと外します。すぐに戻ります」そう言いながら立ち上がり部屋を出る。そしてすぐ隣の個室のドアをノックして中から返事がしたのを確認してからドアを開けた。
「おはよう、蜜柑」
「おはようございます」
いつも通り、ベッドの上でハードカバーの本を広げていた嘉島蜜柑は入室者が俺であることを確認すると本を閉じ、礼儀正しい口調で挨拶をしてくれた。
「悪い、途中だったか?」
本を読んでいたのを邪魔しては流石に不味いだろうと思って言うが蜜柑は「いえ」と言いながら手を顔の前で軽く振った。
「丁度、章が変わったところだったので気にしないでください」
まぁ本人が言うなら気にしないでいいんだろう。
「それで今日はどんな用事ですか?」
「蜜柑と遊ぼうとしたら志村さんが検査の時間までいてくれって言うから―」
「私に同席してほしいんですね」
話が早くて助かる。
「その通りだ」と言うと蜜柑は微笑みで返してきた。
「まるで子供みたいですね」
「全くだよ。自分が寂しいからって俺の邪魔をするなんて」
言い終わると同時に蜜柑が軽く笑いだした。何かツボに入ったのか?
「二人ともですよ」
その言葉の意味が分からず首を軽く傾げると蜜柑は笑いながら言った。
「『名無し』さんも私と遊びたいから誘ったんですよね」
…確かにそういうことになるな。そこまで意識してなかったから、蜜柑の言葉に照れてしまう。
「と、とりあえず行くか」
照れ隠しのように少しどもりながら掛布団を退かす。そしてそのまま蜜柑が抱きつけるようにベッドに腰をかけた。いつものように首に手を回し、しっかりと捕まる蜜柑の体を支えた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
勘違いされないために言っておくが蜜柑には足がない。先天的なものではなく、自ら足を切り落としたらしい。詳しいことは知らないが、それ以上はプライバシーに関わることなので聞かないことにしている。




