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受付嬢本編・クライケン視点「覚えていない話」

ナナリーが目覚める二日前のお話。

サイン会用書き下ろしss。

 神殿を訪れる人間には、様々な目的がある。献金、懺悔、祓い、願い、祈り。


 しかし近頃はみな一様に目的が揃っていた。

 今日の平和をありがたむ人々。

 明日の平和、遥か先の未来の平穏を願う人々。

 明らかに信者ではなさそうなならず者や流浪者さえ両手を合わせ首を垂れる。


 こうして普段より神殿へやってくる人数が多いのは、魔物の襲撃と、魔物の始祖たる生物が蘇り世界を支配されかけたからである。

 死が間近にやってくる感覚は、魔物が蔓延る時代や戦争を経験していない年代が増えてきたせいもあるのか、鈍っていたように思う。

 神頼みをしたことのない者さえ、これは女神が救ってくれたのだと、感涙し背中を丸くしていた。




「元気か?」


 神殿の塀のそばに立っている男に声を掛ける。

 前回彼がここへ来たのは、俺の友人でもあるナナリー・ヘルが、意識不明で王城に運び込まれてから暫くしてのことだった。

 神殿の聖水が必要なのだと、切迫した表情で神官長へ頼み込んでいたのは記憶に新しい。この国最強の魔法使いに若干の恐れをなしたのか、上司のジジィはすぐに汲ませていた。さすがである。

 アルウェスに今日は何用かと聞いたら、あの日の聖水の礼に献金に来たのだと、金が入っているであろう袋をジャラジャラさせた。

 従者も連れないでわざわざお前が出向かなくてもいいんじゃないかと言ったが、クライケンに会いに来たのだとからかうように笑われる。

 ほうほう、うむ、悪い気はしない。


 彼は周りに人がいないのを確認してから、また静かに口を開いた。


「髪の色が戻ったんだ」

「……ヘルのか?」


 本当か⁉︎ と叫びたいのを何とか我慢し、俺は目をかっぴらいて何度も頷く。誰の何がと聞かなくても分かった。

 そうか、そうか…!

 ヘルの状態が良くなく、生命活動の著しい低下状態だというのは伝え聞いていた。だから世間もまだ祝いの雰囲気ではなかった。


「お前のことだから、傍にいたんだろ」


 城へ出仕している彼が、彼女のもとへ行かないわけがない。以前であればそんな行動はしなかっただろうが、ヘルがああなってしまった以上、周りの目を気にしている場合ではなくなった筈だ。


「傍というより、薬を飲ませるためにね」


 公爵夫人の作った回復薬を、二日に一度手ずから飲ませていたそうだ。飲ませるというよりは、口を開けて頬の内側に薬を塗り、徐々に体内へ染み込ませるという地道な作業らしい。夫人には治癒や医療の心得があるのか、薬には血の巡りをよくする効能があるのだと教えてくれる。


「ああだからか。酷い顔してるぞ」


 時間を作って通うのもいいが、自分の身体をもっと労わったほうが良い。ひとまず髪色が戻ったことに安心しているのか、顔つきは穏やかだが、滲む疲労は隠せていない。こんな顔を見たら、あのヘルだってさぞかしビックリするだろうに。


「そうかな」

「お姫様に元気な姿をみせてやれよ」

「……あとは医師に任せるよ。城の爺さま方もうるさいし」


 じゃあ行くね、と向けられた背中に、気休めにいつでもきていいと声を掛けたが、特に反応は返ってこなかった。

 ヘルが海の国の姫だなんて、いったい誰が予想できただろうか。

 女神と崇められてしまう彼女は、きっとこの先自由に動くことはできないだろう。ヘルの性分的にそれを思うと、ずっと眠りについたまま幸せな夢を見てくれていたほうがいいのかもしれないと、酷いこと考えてしまう。権力の前にはアルウェスも敵わないのだ。


 彼の献身が実らなければ、俺は神を信じるのはやめようと思う。



 …………待った、やっぱりそれは言い過ぎかもな。

 神よ、とりあえず彼のために彼の女神を返してやってください。

 そしたら二本柱の掃除サボらずに毎日丁寧にやるんで。

 あ、お菓子も供えます。

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